蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.31 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.31
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。
今回のテーマは、ロシアW杯で話題になったVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)。VARがサッカー界に与えるインパクトを考察しました。連載一覧はこちら>>
倉敷 今日はワールドカップロシア大会、いくつかの切り口から大会の特徴について話してみようと思います。中山淳さん、データマンの小林君、そして、小澤一郎さんとお送りします。
中山 よろしくお願いします。
倉敷 中山さん、まず今回のロシア大会、成功であったか否か、どのように評価されますか?
中山 ロシア大会そのものは、運営やオーガナイズなど、いろんな部分で成功だったと思います。すごく特徴的だったのが、前回大会まではゼップ・ブラッター会長でしたが、FIFAゲートがあって、その後ジャンニ・インファンティーノ会長が自分の色をすごく出して、「これからワールドカップはこうなるんだよ」という新しいものをいろんな箇所に提示していた印象がありました。
そのひとつは、たとえば選手入場時に使う曲で、今までは『FIFAアンセム』だったのが、『セヴン・ネイション・アーミー』になりました。その曲はインファンティーノがUEFAで働いている時、彼がユーロの担当だったので、2008年のユーロの入場曲に使ったテーマソングですね。
倉敷 ワールドカップが、チャンピオンズリーグっぽくなりましたよね。
中山 そうですね。よりヨーロッパ的な。あとは、「フェアプレーフラッグ」もなくなりましたし、いろんなところで自分の色を出した。もうひとつ大きいのがテクノロジーの導入。VARとかタブレットの導入もそうですね。そこは感じられましたね。
倉敷 小澤さんは今回のロシア大会、総じてどんな印象か聞かせてください。
小澤 僕は現地には行ってないので、あくまで日本からの大会を追ったかたちですけど、ロシアのインフラ、ホスピタリティーのよさは、現地に取材に行かれたジャーナリスト、記者の方から伝わってきましたし、日本だけではなくて、スペインのメディアからもそういう報道は出てきていました。
「本当にロシアはすばらしい国だ」というような記者の感想は、日本以外のジャーナリストからも発信されていましたので、そういう意味でFIFAが「成功だった」と自分たちで総括していましたけれども、そういったコメントに対しては同意できます。
あとは、競技面で、後でサッカーの話は突っ込んでいきたいんですけれども、フランスが優勝したように、タレントだけではなくてチームワークがより重要になって、今回タブレットやVARといういろいろなテクノロジーの導入によって、それにうまく適応した国が勝ち上がった印象があります。
大会の盛り上がりという点では、ホスト国のロシアがベスト16のみならず、そこでスペインに勝ってひとつ上に上がったということも含めて、そういう意味では成功に映った大会に見えます。
倉敷 僕はロシアに行けばよかったかな、とちょっと後悔しているんです。今回のワールドカップの次の大会がカタールですよね。カタールという非常に小さな土地で開催される。小さなところで集中してやるよさもある。2020年の東京オリンピックもそもそもそういうことを目指したわけです。
でも、そうすると、いろんなところを旅するということはほぼない。さらに、その次のワールドカップになってしまうと48カ国も出て、ちょっとまた違った大会になってしまう。だから、ワールドカップらしい大会は、実は今回が最後だったかもしれないという点で、行けばよかったなと思ったんです。
中山 ヨーロッパでやったということもありますけれども、次のカタール大会も、もしかしたら48カ国に拡大される可能性もありますよね。
倉敷 可能性があるんですか。
中山 ええ。まだ残されているんです。先ほど触れましたけど、インファンティーノのワールドカップというのはそういう方向性、つまり、より広い人たちに参加してもらうワールドカップというところを目指している。その裏にはお金があるんですけれども。そういうことから言うと、今までの「サッカーの世界一を決める大会」という流れからすると、お祭り的な要素が強くなる可能性はあります。
倉敷 確かに。小澤さん、VARにしても結局その場ですぐにゴールかどうか喜べなくなってしまった。ワールドカップはこれからますますテクノロジーの進歩であったり、ルールの変更であったり、今までとは変わったものになっていく傾向が強いのではありませんか?
小澤 間違いなくそうなるでしょうね。VAR自体がまだヨーロッパのトップリーグでもすべて導入されてないなかで、今回のワールドカップに初めて導入されましたので、やはり強豪国中心に、まだまだ選手であったり監督、それから一番大きいのはスタジアムに詰め掛けているファン、サポーターの方が慣れてないなという部分が、とくに大会序盤は見えました。
それが自分たちの国、われわれであればJリーグであったり、普段見ているヨーロッパのリーグで導入されて、そういう運用が当たり前になってくれば、これもまたそれほどトラブルだったりタイムロスには見えない運用になっていくのではないかと思います。
倉敷 では、しばらくはVARの話を中心に進めようと思います。『レキップ』というフランスの新聞の評価を紹介します。
「VARにフランスは助けられたことが多々ある。オーストラリア戦とクロアチア戦ではVARがなければPKはもらえなかった。VARはFIFAが語ったような革命でもなく、危惧していたような混乱も起こらなかった。まだ完全に使いこなしているわけではなく、新たな不公平感は生み出している。スタジアムの観客を置き去りにする行為であり、明快さを示すというよりは、人間の解釈の問題だと認識された。たびたび中断されることが新たなドラマを生み出すことになったが、ゴールが入ったかどうかの喜びや絶望は過去のものになった。今後は選手もVARに応じたプレーをしていかなければならないだろう」
というふうに、『レキップ』はVARに関しては評価しているわけです。中山さんは、VARに関してどんな印象ですか?
中山 8割方好意的というか、VARそのものについては、これは一回この世界に足を踏み出したら、ここを追求していくしかないと思うんです。
倉敷 これはもう戻れないですよね。
中山 戻れないと思います。ただ、運用方法という部分については、さっき小澤さんも触れましたけれども、まだみんなが慣れてないということ。見る人もそうですけど、あとは、VAR担当、それからレフェリー、それから選手、監督、この辺がまだそこに慣れてないというか、実際初めて運用してみて「エッ、こういうことがあるの?」「こういうことがあったの?」という初めてわかったこともいくつかあったので、その運用でいうと、『レキップ』も触れていますが、最終的に人間の解釈によって、VARをそこで採用するのか採用しないのかが決まってくる。
倉敷 たとえば、決勝戦で、アルゼンチン人レフェリーが何度もVARを確認して、結局PKを取りましたよね。あそこの解釈というのは、是非が分かれるところだと思うんです。みんなが同じものを見ていて、これはPKか、否か、最終的に人間が判断するのであれば、同じVTRを見ていたとしても、異なる解釈についてまた議論にはなる。どうなんでしょうね。操作もある程度可能になるし、このワールドカップにはVARを使うシーンと使わないシーンが混在したじゃないですか。ここは今後に向けてはっきりさせておくべきですね。
中山 当然VARがなければあのハンドはなかったと思いますし、レフェリーも見えていなかった。ただ、そこでマッシミリアーノ・イラッティ、イタリア人のVAR担当が、「今のはハンドかもしれない」という提案が、無線で入ったと思うんです。でも、その時点でレフェリーが「いや、大丈夫だ」と。
もしレフェリーが判断するという当初のルールがそのまま採用されていればそう言えばよかったんですが、「じゃあ確認します」となったところでモニターを見たら、人間の視覚の問題、それから心理の問題からすると、明らかに手に当たっていると。それが、たとえば動きからしてこれはハンドに値するかどうか。主審が、あそこでこれは値しないと判断するのは難しいと思うんです。何億人の人がもう見てしまったとしたら、ここはハンドとしておかないと、これは明らかに目で見えていたので、という判断になってしまう。
倉敷 なるほど。小澤さんにも伺おうと思います。小澤さん、VARに関してはいかがでしょうか。
小澤 僕自身も中山さんと同じような意見ですけれども、VAR自体の導入は前提としては賛成です。これだけのテクノロジーがあって、主審が見きれないプレー、それから、サッカー自体がスピーディーになっていますし、とくにオフサイドギリギリのプレーなどはなかなか見きれないと思います。そういう意味では、主審、レフェリーをサポートするテクノロジーの導入には賛成です。
今回明らかになったのは、最終的には主審がVARのジャッジをやるかどうかを自分が決めるというところで、主審にイニシアチブを持たせている部分が少し疑問を呼ぶような判定が結局は起こりました。
テニスやバレーボールでやっているような、両チームに、前後半なのか1試合なのかわかりませんけれども、チャレンジ権というようなかたちで、チームとして「きちんとこれは見てくれ」という権利を与えて、そういうかたちでの運用をしたほうがいいのかなと、今大会を通じて僕は見ていました。
倉敷 なるほど。中山さん、今回、VARの使い方がドメスティックなリーグで使っているものと、今回のロシアワールドカップ大会は違いましたね。
中山 そうですね。そこがこれからこのルールが突き詰められていくところになると思います。たとえば、スペイン対ポルトガル戦で、ジエゴ・コスタ(スペイン)が同点ゴールを決めたシーンの前で、ペペ(ポルトガル)がジエゴ・コスタの腕にはじかれて、ファウルではないかという時に、あれがVAR判定第1号だったと思うんですけれども、主審が無線でVARとやり取りはしているんですよね。
ただ、モニターを見ないでそのままゴールを認めたところで、VARが適用される時は主審がモニターを見て最終判断を下すというところが覆ってしまった。その2人のやり取りは僕らにはまったくわからないですし、選手にも監督にも見ている人にもわからない。
ということは、どちらが判断しているのかがわからなくなってしまう。ここの問題をまずクリアしないと、最終的にピッチ上に誰も出てこないVAR、モスクワにいる別ルームの人が最終決定権を持っているとしたら、そこには抗議もできない。だから、そこはすごく運用の問題として残りましたね。
倉敷 そうですね。今回は得点、あるいは退場など、かなり限定したケースでのみVARを使うということになっていたんですが、データマンの小林君、これはイタリアだと、要するに、そもそもここのファウルがなければゴールにはつながらなかったというダイレクトプレーを、3つも4つもさかのぼってVARを使ってノーゴールにするケースがありますよね。
小林 はい。今回そういう画作りだったのかわからないですけど、そういうのがちょっとうかがい知れないなという部分もあり、トータルで450回以上のチェックを行ったみたいですけど、ゴールシーン以外でも、汚いプレーとかを…
倉敷 結局20回しか選ばなかったという。
小林 はい。クロアチアメディアを見ていて話題になっていたのが、マスチェラーノ(アルゼンチン)がマンジュキッチ(クロアチア)のお腹にパンチしたり、足で踏んづけたりというのがテレビで放映されて、メディアではすごく話題になっていて、あれは一発レッドだと思うんですけど、そういうのは見て見ぬふりをすることもあったというのは、もうちょっと明確な基準があっていいのかなと思います。
倉敷 確かに。最終的にどこのシーンまで使うか。小澤さん、VARですけれども、結局どこまでさかのぼるかということも含めて、使い方ということに関しては、これから突き詰めていかなければいけない部分がいくつかありますよね。
小澤 そうですね。ここは統一してルールを決めて運用するしかないんですけど、個人的にはテクノロジーの発展についていくという流れは致し方ないのかなと思う部分があります。今大会を見ていると、レフェリーが試合の流れを止めたくないと思うあまり、試合をストップしてVARを見に行くという行為を避ける傾向は見えました。
たとえばレフェリーが、スマホのような端末を持って、その場ですぐに映像確認できるような時代にすでになっていると思うので、今後そういうものが開発されてくれば、今のようなタイムロスもなく、スムーズにどんどん映像をチェックできるのではないかなと思います。そういうことが今後各リーグで運用されて、新しいものを取り入れていくのではないかなと思います。
倉敷 もうひとつ、VARが与える影響ということについて、要するに、ペナルティーエリアの中でのファウルというものが、オフェンス側のファウルだけではなくてディフェンス側のファウルがかなり厳しく取られるようになってしまったことが、VARの特徴のひとつだと思うんですが、これはディフェンスの仕方に影響を与えますか。
小澤 間違いなく、今大会を見ていると、グループリーグ、グループステージと、ラウンド16からでは、各チームのボックス内での守備の対応は変わっていました。やはり、守備、ディフェンスラインの選手がボックスに入った時には、とにかく少しでも自分自身がファウルになりそうなプレーというのは自重しているように見えました。
実際にそれによってPKも吹かれていましたから、そういう意味では守備陣にとっては少し手痛いというか、厳しいVARの導入になっていますので、守り方自体がやはり変わってきている。プラス、チームの戦術としても、いかにボックス内に入っていくかというところが、より重要度を増したのが今大会、特にラウンド16以降の戦いだったのではないかなと見ています。
倉敷 なるほど。ボールのポゼッション、それがどういうかたちでエリアの中に入っていくかということがこれからの変化になると思います。次回の「蹴球最前線」、その辺についても触れてみたいと思います。