「もう2試合くらいは、こなしたかった……」 そのような悔いを残した、シンシナティ・マスターズ2回戦の敗戦から、10日間の時が過ぎた。全米オープン開幕の4日前に現地入りし、会場で連日、試合形式の練習に汗を流した錦織…

「もう2試合くらいは、こなしたかった……」

 そのような悔いを残した、シンシナティ・マスターズ2回戦の敗戦から、10日間の時が過ぎた。全米オープン開幕の4日前に現地入りし、会場で連日、試合形式の練習に汗を流した錦織は、「いい練習ができて、感覚も戻りつつある」と、日焼けの赤みが差す頬に笑みを刻んだ。



錦織圭は全米オープンでどこまで勝ち進めるか

 ニューヨークは錦織に、いい思い出と、心地よい興奮を運んでくれる町だという。10年前には3回戦で第4シードのダビド・フェレール(スペイン)をフルセットの死闘の末に破り、「ひとつの大きなステップ」をこの地から踏み出した。

 世界1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)を破り、グランドスラム決勝へと躍進したのも、このニューヨーク。喧騒の町で開催される全米オープンでは、経験豊富な選手たちですら「大会に集中するのが難しい」とこぼすが、錦織は「僕は大丈夫ですね」と柔らかな笑みを浮かべる。

「ニューヨークの町は好きです、この賑やかな感じも」と明かす彼は、オフには買い物に出かけるなど、むしろリラックスした時間を過ごせるのだと言った。

 全米オープン前の北米ハードコートシリーズを3勝3敗で終えたとき、錦織は「ショットの感覚がよくない」との不安を抱えていた。「直さなくてはいけないところは増えてきている。しっかり練習したい」との言葉を残し、彼は練習拠点である、フロリダの IMGアカデミーへと向かった。

 そのフロリダの練習では、球出しなどの基礎的な内容に、多くの時間を割いたという。繰り返しボールを打つことで、再構築した自らのテニスの基礎。

 そうして会場入りしてからは、試合形式の練習が中心になる。

「もう一度、自分のなかで、いい形を作り上げたかった」と言う彼は、強い選手たちと実戦さながらの打ち合いを繰り広げるなかで、「いい感覚が戻ってきていると思う」と手応えを掴み始めた。

 なかでも特に充実していたのが、世界13位のディエゴ・シュワルツマン(アルゼンチン)との練習だ。シュワルツマンは3回戦で対戦の可能性もある選手だが、ドローの先々を見ることのない錦織には、そんなことは無関係。錦織がシュワルツマンとの練習を「好き」だと言うその訳は、安定したストロークをミスなく打ち続けるツアーきってのファイターと戦うことで、「自然といい感覚を得られる」からだ。

 実際に今回の練習後にも、「やるべきことがコート上でいい形で出てきた。フォアを使って攻めたり、バックでも前に入って攻めたり……いい形で練習はできていました」と言う。

「もう少し調整して、ベストな状態で初戦に臨めるようにしたいです」

 明るく響くその言葉には、心技体が「噛み合うタイミング」が近づきつつあることへの、予感と期待がにじんでいた。

 初戦で対戦するマクシミリアン・マーテラー(ドイツ)は、過去の対戦や練習経験もない選手。「ビッグサーバーでレフティ。ビッグショットも持っている」と警戒する錦織だが、同時に「若いので粗さもあるだろう」と、勝利へのイメージは描けている様子だ。「基本的に攻めるのが自分のスタイル。相手のミス待ちにならず、自分から仕掛けるテニスができれば」と、標榜するテニスの実践を心に期した。

 昨年は痛めた手首をギプスで硬め、「寂しい思い」を抱えたまま過ぎた夏。それから1年後……ふたたび戻ってきた思い出の大会で、錦織は「今は思い切ってやりたいです」と率直な思いを口にした。

「この場所に居られることも、いろんな人に感謝して。自分の調子にもよりますが、楽しんでやるのが一番だと思うので」

 具体的な目標は、今はあえて設けてない。

「1試合ずつ戦って。特にどこまでというのはないけれど、行けるところまで」

 持てる力を出し切り、可能な限り遠いところへ――。それが今大会での、彼が目指す地点だ。