2019年に向けて上位チームのドライバーたちが続々と残留を決め、今年の「プールリーグ」はほとんど動きもないだろうと思われていた。しかし、ダニエル・リカルドの意外な決断によって激震が走り、夏休みのF1界は大いに揺れた。 トップチームのレ…

 2019年に向けて上位チームのドライバーたちが続々と残留を決め、今年の「プールリーグ」はほとんど動きもないだろうと思われていた。しかし、ダニエル・リカルドの意外な決断によって激震が走り、夏休みのF1界は大いに揺れた。

 トップチームのレッドブルから、まだ中団グループのトップを争う存在でしかないルノーへの移籍を決めたのだ。



1ヵ月の夏休み期間に急転直下でダニエル・リカルドのルノー移籍が決まった

「夏休みまでに決めたい」と言っていたリカルド自身、前半戦最後のGPの週末でさえ、まだはっきりとした答えは見つけられていなかったという。

「正直言って、ハンガリーGPの週末の段階でもまだ自分がどうすべきなのか、はっきりとした答えは出ていなかった。火曜日にテストで走って、それから48時間、じっくりと時間をかけて考えてみた。自分自身にとって最良の結論は何なのかと、眠れないほど考えた夜も何度もあった。そして辿り着いたのが、この決断だったんだ」

 一部では、来季からレッドブルが組むホンダの性能や信頼性に不安を感じたためだという推測記事や、上位チームでは比較的安いレッドブルのサラリーから大幅増の金額を提示されたためだという記事もあった。

 それらは半分事実で、半分間違いだとリカルドは言う。

「物事にはさまざまな未知数があるし、僕がどこに行くかも未知数だった。ホンダがまだ上位で戦える実力を証明しなければならないのも事実だけど、正直言って何かこれと言うたったひとつの理由で離脱を決めたわけではない。最大の理由は、新たな環境に身を置きたかったということだ。パワーユニットでも金銭的なことでもなく、最大の理由は僕自身なんだ」

 レッドブル育成ドライバーとして2011年にHRTからF1デビューを果たし、トロロッソで経験を積んで2014年からレッドブルへ昇格。4年連続王者セバスチャン・ベッテルを上回る速さを見せた。レッドブルで5年になるリカルドが新しい環境で新しい挑戦を欲したのは事実だろう。

 しかし、もっと大きかったのは、マックス・フェルスタッペンの存在だ。

 昨年後半から予選でフェルスタッペンの後塵を拝することが多くなったリカルドは、純粋な速さではフェルスタッペンに敵わないからこそ、決勝重視のセットアップに振るなどフェルスタッペンとは違ったアプローチでレース週末に臨んだ。

 その結果、今季前半はフェルスタッペンの1勝に対してリカルドは2勝を挙げて、ポイントランキングでは上回ってみせた。レッドブルだけが、2台のマシンで前後ウイングが大幅に異なっていることが多いのはそのためだ。しかしそれは、いかにも苦しい戦いだった。

 レッドブルはチームのためにチームオーダーは出しても、マシンや戦略の取扱いに関しては完全にイコールコンディションだ。だからこそ、純粋な速さでフェルスタッペンに勝てない現状は、リカルドには極めて厳しいものだった。2015年にレッドブルを去り、フェラーリへと新天地を求めたベッテルと同じように、リカルドはルノーに可能性を見出すことで、レッドブルでのフェルスタッペンとの直接対決を避けたのだ。

「現実的にいえば、来年ルノーでチャンピオンになるという可能性は極めて低いだろう。今年だって何勝かしたとはいえ、実力ではメルセデスAMGやフェラーリと優勝争いをすることはできなかったんだからね。

 でも、彼らの中長期的な計画を聞き、この2年間での進捗を知り、ファクトリーでの開発や設備投資を知れば非常に勇気づけられる。彼らは来年のメルボルンで勝とうと思っているなんて言わなかった。だけど、彼らの説明を聞けば、物事は急速に前に進んでいっているといえるだろうね」

 現状のレッドブルとルノーを比べれば、同じパワーユニットを積んでいるからこそ、車体だけで1秒近い差があることは明らかだ。いくら急速に進歩しているとはいっても、すぐにレッドブルのレベルに追いつけるようにはならない。

 傍目から見れば、勝てるチームから勝てないチームへ移籍するのは馬鹿げたことのように見えるだろう。

 しかし、勝てるチームかどうかよりも、チームメイトに勝てるかどうかのほうが、レーシングドライバーにとっては重要なことだ。たとえ勝てるチームのシートを得ても、チームメイトのほうが速ければ自分は勝つことはできない。そしてなにより、レーシングドライバーとしての評価は地に落ちてしまう。

 そのリスクを背負ってでも勝てるチームにとどまるか、勝てないチームではあっても移籍し、その強力なライバルとの直接対決を避けるか。リカルドが決断を迫られていたのは、そういう困難な選択だった。

 一旦はレッドブルに契約延長の意向を伝えていたリカルドだったが、そんな背景もあり、最後の熟考で急転直下のルノー移籍を決めた。

 これで、2019年に向けたプールリーグは一気に動き出した。

 リカルド残留なら、カルロス・サインツ(ルノー)とピエール・ガスリー(トロロッソ)というレッドブル傘下の若手ふたりも、そのまま現チームにとどまることになったはずだ。だが、ルノーのシートを失ったサインツは個人スポンサーを持ち込むなど関係が深まっていたルイス・ガルシア・アバド(フェルナンド・アロンソのマネージャー)の後押しもあってマクラーレンとの話し合いを進め、時を同じくしてレッドブルは、サインツではなくガスリーをレッドブル・レーシングに昇格させることを決めた。

 これでサインツは、アロンソが引退することがわかっていたマクラーレンへの加入を選ぶことになった。

「ダニエルのルノー入りが発表されてからしばらくは、自分の行き先がわからない状態になっていた。だけど、僕もいくつかの選択肢は用意していたし、マクラーレンもそのなかのひとつだった。彼らとはもう1年以上にわたって関係を維持してきていたんだ。だからこそ、僕はとても冷静でいられた。

 しばらく待ち、最終的に自分でマクラーレン入りを決めた。正しい決断だったと思うし、マクラーレンは子どものころから憧れのチームのひとつ。そこに入ることができるというのに、ガッカリする理由はないよ」

 サインツはそう語るものの、レッドブルやルノーと同じパワーユニットを積みながら、ルノーよりさらに劣るマクラーレンをわざわざ選ぶ者はいない。フェルスタッペンとの関係性も考え、チームの混乱を避けるという意味でも、レッドブルはガスリーをフェルスタッペンと組ませるのが妥当と判断したのだろう。

「あっという間のことで本当にビックリだったけど、新たな挑戦にすごくワクワクしているよ。ダニエルの発表を聞いたときには驚いたけど、ヘルムート(・マルコ/レッドブルのモータースポーツアドバイザー)からは決断にしばらく時間がかかると言われたんだ。

 なんとか夏休みを楽しもうと思ったけど、忘れることなんてできないよね。ヘルムートから電話を受けて、レッドブルに乗せることを決めたと聞いたときは、本当にうれしかったよ。僕のキャリアにとって、ものすごく大きなステップだからね」

 今シーズンここまでのレースぶりを毎週末、毎日ずっと取材してきた印象からいえば、ガスリーは純粋な速さはあるものの、フェルスタッペンのような常識はずれで驚異的な速さというほどではなく、レース週末全体を見て組み立て上げる点はまだまだ未熟だ。レッドブルともなれば、レースに対する取り組み方はトロロッソの比ではないほど、細かくレベルが高い。

 まだレーシングドライバーとして未成熟なガスリーがレッドブルに加わり、フェルスタッペンと組んだとき、その驚異的な速さの前に潰されてしまうのではないか、という危惧がある。

 しかしガスリー自身も、そのことはよくわかっている。わかったうえで挑戦し、前に進もうとしている。

「マックスとはとてもいい関係だし、とても古くからよく知っている。カートでは一緒に走っていたしね。チームのためにいい仕事をする関係を築くことができると思う。マックスは最強ドライバーのひとりだし、僕は1年目で経験もまだまだ十分じゃない。だけど、これはすばらしいチャンスだと思う。

 最初はまだ学ばなければならないこともたくさんあると思う。だけど、将来的にはF1で最速のドライバーになることが目標だ。マックスは最強のうちのひとりだから、彼とともに走るというのはとてもいいチャンスだよ」

 レッドブルに加入してもそんな冷静さを忘れず、功を焦ることがなければ、ガスリーはやがてフェルスタッペンに戦いを挑むことができる存在になるかもしれない。

 こうしてリカルドの移籍劇に端を発したプールリーグは、ほぼ決着をみた。彼らの決断が正しかったのか否か、それを知るには、まず少なくとも2019年の開幕を待たねばならない。