今季のベルギーリーグは、多くの日本人選手がプレーすることで注目を集めている。そのうちのひとり、オイペンの豊川雄太が8月19日のゲント戦で今季初ゴールを決めた。ベルギーリーグで2年目のシーズンとなる23歳の豊川雄太 試合開始5分、オイペ…

 今季のベルギーリーグは、多くの日本人選手がプレーすることで注目を集めている。そのうちのひとり、オイペンの豊川雄太が8月19日のゲント戦で今季初ゴールを決めた。



ベルギーリーグで2年目のシーズンとなる23歳の豊川雄太

 試合開始5分、オイペンが敵陣に入ったところでFKを得ると、豊川がキッカーのルイス・ガルシアにアイコンタクトを送りながらペナルティエリア左側へフリーラン。そこに素早くルイス・ガルシアのFKが届くと、豊川は左足の切り返しでマーカーをかわし、右足でカーブをかけながら逆サイドネットにシュートを突き刺した。

「ルイス・ガルシアと試合前に、『目を合わせておいて、早めにリスタートしよう』と話していた。すると、相手が準備してないときにボールが来た。後はあんまり覚えてないですが、デッカイDFをかわして適当に打ったら、神様が(ゴールに)入れてくれました」

 193cmのウクライナ人センターバック、イゴール・プラストゥンの体重移動をよく見てかわし、2メートルを超すクロアチア人GKの届かぬところにしっかりと蹴って決めた。豊川のゴールシーンは極めて冷静に打ったたように見えたのだが、本人は無我夢中のプレーだったようだ。「シュートシーンは落ち着いていたね」と声をかけると、「マジですか。俺、落ち着きないのに」と言って大笑いした。

 戦術練習ではサイドに入っていた豊川だったが、試合当日になるとトップ下としてプレーするよう指示を受けた。

「意外とやれましたね。よかったです」

 ゴールシーン以外にも惜しいシュートを放ち、攻守に幅広いプレーを見せた豊川を、クロード・マケレレ監督は67分にベンチに下げる。すると、メインスタンドの観客からは大きな拍手が送られたのだが、ゴール裏のサポーターからは大ブーイングが起こった。サポーターの怒りは、場内アナウンサーが「豊川は負傷して交代したのです。だから、みなさんもそこをわかってください」と告げるまで鎮まらなかった。

「実は、マケレレ監督には自分から『代えてほしい』と言ったんです」と豊川。第2節のシャルルロワ戦で、豊川は足をつって交代を要求したのだが、結局、最後までピッチに残ってプレーした。その影響が残って筋肉が固まり、後半は違和感があったのだという。

 本人も試合前からフル出場は無理だと悟っており、「最初から飛ばして、いくところまでいく」と覚悟を決めてプレーしていた。そんな事情をサポーターは知らないだろうが、エネルギッシュに足を止めずに動き回るだけでなく、口も止めずにチームメイトを鼓舞し、さらにはチャンスにも絡む豊川を愛しているのは明白だ。

「うれしいですね」

 サポーターの反応に対し、豊川はこう語る。ただ、チームは2-3で負けたこともあって、「まだまだですね。点は獲りましたけれど、俺はやっぱり、勝たせる選手になりたいので。先は長いです」と言って気を引き締めていた。

 本来、トップ下を務めるダニイェル・ミリセビッチは、ゲント戦では右サイドハーフとしてプレーした。彼はゲント時代に鮮やかなパスワークやゲームメイク、セットプレーでファンを魅了して「将軍」と呼ばれ、2014-2015シーズンのゲント優勝に大きく貢献した選手だ。

 しかし、昨季はトップ下のポジションを久保裕也に奪われた時期もあり、ミリセビッチは出場機会を求めて冬の移籍市場で川島永嗣のいたメス(フランス)に期限付き移籍していった。そして、今季はオイペンの一員として豊川とチームメイトになった。

 今回のオイペンvs.ゲントは、ミリセビッチにとって愛する古巣との戦いだった。試合が終わり、両チームの選手はミリセビッチをのぞいてロッカールームに引き上げていった。ゴール裏のゲントサポーターは、ミリセビッチのチャントを延々と歌い続ける。それを感極まったミリセビッチが時おり手を振りながら、それを聞き続けていた。

 2週間前に豊川を取材したとき、「再来週、久保くんのいるゲントと試合をするんですよ」と、かなり楽しみにしている様子だった。久保本人も8月16日のヤギエロニア戦(ヨーロッパリーグ予選)後、「(豊川から)試合を楽しみにしている、というメッセージが来ました」と明かしていた。

 しかし、その久保はオイペン戦のメンバーに入らず、ニュルンベルク(ドイツ)のメディカルチェックに合格し、移籍を決めていた。

 今季のベルギーリーグは、7月27日のスタンダール・リエージュvs.ゲント戦で開幕。このころ、ゲントサポーターや番記者の久保に対する期待は大きかった。

 プレシーズンから絶好調で、7月26日付けの『ヘット・ラーツテ・ニーウス』紙には、「今季は久保のシーズンになるかもしれない」とまで書かれている。私が会ったゲントサポーターも、「久保はゲントですでに1年半プレーした。今季活躍すれば、我々も喜んで彼の移籍を祝福する」と期待に胸を膨らませていた。

 だが、開幕戦のスタンダール・リエージュ戦で決定機を外し、第2節のズルテ・ワレヘム戦ではPKを失敗。ともに60分あまりでベンチに下げられると、第3節のワースラント=ベフェレン戦では出場機会を失った。

「今はどこのポジションでも、僕は3番手みたいな感じなんです」

 それが、ヤギエロニア戦後の久保の言葉だった。ゲントの番記者が解説する。

「ストライカーは、アウォニティとダビッド。攻撃的MFはチャクベターゼとアンドリヤセビッチ。右ウイングはリンボンベとドンペ。確かに、どこのポジションでも久保は3番手になってしまった」

 開幕2戦のふたつの逸機が、チーム内における久保の立場を劇的に変え、一気に移籍へと加速していったのだ。

 久保のヤング・ボーイズ時代のプレーを分析したゲントのハイン・ファンハーゼブルック監督は、1トップ2シャドーシステムの「シャドー」として機能する選手として2017年1月末に獲得した。2016-2017シーズン、ゲントは3位に終わったが、ファンハーゼブルック監督は「もし裕也が最初からチームにいてくれたら、ゲントは間違いなく優勝していた」と私に力説した。

 そのファンハーゼブルック監督が2018-2019シーズン序盤に成績不振の責任を取って辞め、イヴ・ファンデルハーゲ新監督が就任すると、4-2-3-1もしくは4-3-3が採用され、久保にとって最適なポジション探しも始まった。だが、右ウイングは失敗し、トップ下で調子を取り戻したものの、今度は守備の要求が過多となってふたたび不安定となる。最後は「偽の9番」として一瞬、輝きかけた。

 久保とファンデルハーゲ監督とのマッチングは、ベストではなかったかもしれない。それでも、ファンデルハーゲ監督はいかにして久保を自身のシステムにはめ込むか、腐心していたのはわかる。しかしながら、ファンデルハーゲ監督は開幕から結果を残せなかった久保を「3番手の選手」にする判断を下した。そして久保も、プロフェッショナルとして決断をした。

 久保の姿がないスタジアムで、豊川は彼の移籍をこう言って祝福した。

「全然(久保との直接対決が)実現しませんね。でも、ステップアップ。いいですね」

 サッカーの世界は広く、狭い。ミリセビッチとゲントのサポーターがふたたび交わったように、彼らもまた、どこかで邂逅(かいこう)する日が来るだろう。