50ccのバイクで200km/h超え! 50ccといえば、日本のカテゴリーでいえば原動機付き自転車。いわゆる原付、原チャリだ。思わず「マジか?」と驚くスピードだが、実際にこの記録は樹立され、公認されている。 アメリカで100年以上続く…

 50ccのバイクで200km/h超え! 50ccといえば、日本のカテゴリーでいえば原動機付き自転車。いわゆる原付、原チャリだ。思わず「マジか?」と驚くスピードだが、実際にこの記録は樹立され、公認されている。

 アメリカで100年以上続くスピードの祭典、「ボンネビル・モーターサイクルスピードトライアルズ」。この競技会の50cc以下クラスで2008年、アプリリア製の2ストロークエンジンにターボチャージャーを付けて達成された233.3km/hという世界記録があり、これは10年経った今でも破られていない。

 そして今、この途方もない記録に挑もうという日本チームが現れた。

「絶対にホンダがやり返してくれるだろうと思っていたんですが、10年間スルーされていて、将来的には50ccエンジン自体の展望も明るくない。誰もやらないなら自分でやるしかないと思いました」

 そう語るのは、映画監督であり元プロライダーの近兼拓史(56歳)。彼はオートバイ、電気自動車などで前人未到のチャレンジを続けるレコードメーカーでもある。近兼はボンネビルで世界最速に挑むため、昨年10月に「SUPER MINIMUM CHALLENGE(スーパー・ミニマム・チャレンジ、以下SMC)」プロジェクトを立ち上げた。



SMCの2018年マシン、NSX-01。8月25日から1年目の挑戦が始まる

「このプロジェクトを思いついたきっかけは、昔ロードレースをやっていたときに感じた矛盾にあります。『レースで弱者が強者に勝つためには安全マージンを削るしかない』というリスクに悩んでいたときに行き着いた答えが、ミニマムチャレンジでした。これなら、純粋に自身の経験と技術力を武器に記録という勝負ができる。最も困難な状況から、自分たちの全知全能を駆使して戦うというテーマをいつかやりたいと思っていました。

 それから約20年の時を経ましたが、2017年に製造業の世界を描いた映画『切り子の詩』を制作したご縁で、日進工具さんをはじめ多くの日本のものづくり企業のご支援をいただけることになりました。製造業のみなさんを応援していたら、いつの間にか応援される立場になり、背中を押していただいた形です」

 近兼は、プロジェクトを立ち上げるにあたっての苦労をこう話す。

「普通に考えて、56歳のおっさんがランドスピードレーサーとして世界記録に挑戦すること自体が、もう奇跡としか言いようがない。アスリートとして通用するのか。誰もつくったことのないマシンをつくれるのか。本気で世界の頂点を狙うなら、業種を越えたオールジャパンの技術サポート体制でしか勝ち目はない。すべてが困難でしたが、こうして条件が揃い、スタートラインに立てたことに、感謝しかありません」

 プロジェクトは、「世界を席巻したスーパーカブの4ストロークカブ系エンジンをベースに、日本製造業の技術力を結集し、世界最速に挑む」というテーマを掲げており、これに賛同した中小企業や町工場を含む計30社の企業がサポートする。髪の毛に文字を掘ることも可能な世界最高の工作精度を持つ切削刃物。その超精密工具の性能を極限まで引き出す国産マザーマシン。驚異の摩擦低減技術など”日本最高のものづくりテクノロジー”が集結した。

 しかし、挑戦は時間との戦いでもあった。例えば、今年の競技会に参戦するマシンを製作した神戸の「キタガワモーターサイクルズ」。ここに近兼からマシンの製作依頼が来たのはなんと今年の4月。ベース車両とエンジンは用意されていたものの、ランドスピードレーサーはロードレーサーとはまったく異なるマシンだ。アメリカ行きの船に積み込むのが7月初旬と言われ、代表の北川泰之さんは「えっ? 今年のですか」と思わず聞き返してしまった。

 このムチャなスケジュールにもかかわらず、ボンネビル用マシンを製作した経験を持つシウン クラフトワークス代表・松村友章さんの3D解析によるカウリング製作、日本屈指の旋盤職人であるヒューテックの藤原多喜夫さんによる高精度チタンパーツ製作など、熟練した職人たちのサポートもあって、マシンは完成した。結局、時期は8月までずれ込み、船便ではなく高額な空輸となってしまったが、スペシャリストたちの昼夜を徹した作業がなければ、絶対に間に合わなかっただろう。



地元関西のラジオ局の取材を受ける近兼拓史。56歳のチャレンジは成功するか?

 SMCが挑もうとしているボンネビルの競技会は過酷な条件でも知られる。真夏の酷暑のなか、ボンネビルソルトフラッツと呼ばれる干上がった塩湖平原の直線コースでどれだけ速度を出せるかを競うシンプルな競技だが、そこには厳しいルールがある。

 まず、全長10マイル(約16km)の直線コースに設けられた複数の1マイル計測区間での平均速度が計測される。そして、1度目の走行で計測区間での世界最速記録を達成したマシンのみに新記録へのチャレンジ権が与えられる。つまり、1度だけ世界最速記録を超えても新記録認定とはならず、必ず2度目の走行で記録を再計測しなければならない。この2回にわたる計測の平均速度が既存の世界記録を超えていた場合にのみ、はじめて世界新記録として認定されるのだ。

 記録を達成しても賞金はなく、得られるのは名誉と自身のプライドだけ。それでも、モーターサイクルの歴史に名を残したい挑戦者はボンネビルのソルトレイクを夢見る。

 近兼率いるSMCのプロジェクトは2年がかりとなる。今年8月25日からのボンネビル・モーターサイクルスピードトライアルズは、マシンの準備が間に合った125ccクラスに挑戦し、200km/h域でのマシン挙動データを取る計画だ。そして、そのデータを元に1年間をかけて50ccのマシンを製作し、来年の同競技会で、いよいよ世界最速記録に挑むことになる。

「2ストロークと4ストロークの差や、エンジンタイプの違いがあるので非常に困難な目標ではありますが、もちろん50ccとしての絶対的な世界記録である233.3km/h超えが来年の目標です」

 仮に来年の新記録達成が果たせなくても、再来年以降もこの競技会に参加したいと意気込む近兼。果たして、日本のものづくり企業が培ってきた精密技術の素晴らしさを世界にアピールすることができるだろうか。