「もう2試合くらいこなしたかった」の言葉は、もどかしい胸のうちを、真っ直ぐ言い表したものだろう。 ウェスタン&サザンオープン(シンシナティ・マスターズ)2回戦でスタン・ワウリンカ(スイス)に喫した敗戦は、錦織圭の全米オープン前哨戦を3勝…

「もう2試合くらいこなしたかった」の言葉は、もどかしい胸のうちを、真っ直ぐ言い表したものだろう。

 ウェスタン&サザンオープン(シンシナティ・マスターズ)2回戦でスタン・ワウリンカ(スイス)に喫した敗戦は、錦織圭の全米オープン前哨戦を3勝3敗で幕引きする終止符だった。



ワウリンカに完敗し、がっくりとうなだれる錦織圭

 夏のハードコート開幕戦のシティ・オープンではベスト8に勝ち上がるも、続くロジャーカップ(カナダ・マスターズ)で初戦敗退を喫した錦織の、その主たる理由は、フォアハンドの感覚のズレにあったという。そこで敗戦後もカナダの会場にしばらく残り、コーチのマイケル・チャンやトレーナーのロバート・オオハシらとともに、フォアの修正に取り組んだ。

 その甲斐あってか、シンシナティ初戦のアンドレイ・ルブレフ(ロシア)戦では多少の波はありながらも、ラリー戦を制して7-5、6-3で勝利。「先週はよくなかったが、練習して徐々によくなってきた」と状態の上向きを実感し、「試合をこなせれば、自然と自信もついて、いいテニスができると思う」と自身への期待も募らせていた。

 さらなる実戦の上積みを期して挑んだ2回戦でも、錦織は「途中までは自分のしたいプレーがほぼ完璧にできていた」と、自画自賛の立ち上がりを見せる。だが、4-1とリードした時点から、試合を構築する種々の要素が、流れを反転させる向きで噛み合いだした。

「打つのをやめてしまった」

 それが、まずは錦織が自覚的に挙げた要因。実は、錦織はこの言葉を、先の全仏オープンのときにも「自分の悪い癖」だとして吐露していた。セットを奪った後、あるいは大きくリードしたときに、ふと陥る心のエアポケット。「癖」とは無意識下で起きる、感情や精神の指向である。その形なき内面に輪郭を与え、対峙しようという強い決意が、意識的に言葉にする姿勢に表れていた。

 話をワウリンカ戦に戻すと、錦織の「悪い癖」が顔を出したタイミングと、相手が反撃に出た機が合致し、ひとつの潮流に加速がつく。「打つのをやめてしまったのと、相手のプレーがよくなってきたのが合わさり、徐々に悪い流れになってしまった」とは本人の弁。その流れをせき止められなかった要因は、依然、フォアハンドにあったという。

「感覚の問題がありますし、まだまだ試合のなかで100点のテニスができていないのは事実」と認めた彼は、さらにこうも続けた。

「相手もよかったけど、自分の感覚がどんどん悪くなっていったので、そっちのほうが大きいと思います」

 シンシナティで敗れた後の錦織がもうひとつ、繰り返し口にした言葉に「練習」がある。

 実戦でしか得られぬ自信を求めた彼にとって、8月26日開幕の全米オープン前に6試合しかできなかった事実は、物足りなさと多少の不安を残しはした。だが、本人も最大の修正点として挙げるショットの感覚は、むしろ練習でこそ取り戻せるものだろう。

「直さなくてはいけないところは増えてきているので、しっかり練習したい」と本人も、全米までの1週間がいかに重要かを説いた。

 20歳前後の新世代が徐々に頭角を現す一方で、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)やワウリンカら、自身と同時期にケガで戦線離脱したベテランたちが完全復活の兆しを見せ始めたシーズン後半戦。だが錦織は周囲の動向ではなく、あくまで自分がすべきことのみに心を砕く。

「あんまり他の選手と比べる余裕はないので。なるべく早く、自分がいいテニスを戻せるようにしたいという気持ちだけです。ガムシャラにがんばってはいますが、なかなかプレーがまだ追いついてきてないので……」

 そう厳しい現状と向き合う彼は、「いつかどこかのタイミングで来ると思うので、それまで必死にやるしかないですね」と、進む先に必ずあるであろう、プレーと心の交錯点に目を向けた。

 敗戦の翌日には拠点のフロリダへと戻った錦織は、チャンコーチら「チーム圭」の面々が集結するなか、実戦のコートから持ち帰った課題の克服に取り組むのだろう。

 そうして進路を取る先は、今季最後のグランドスラムが待つニューヨーク。4年前にワウリンカやジョコビッチを破り、決勝の大舞台へと疾走した、喧騒と絢爛(けんらん)と、そして思い出の街である。