マイク・ブライアン(アメリカ)は全仏オープンの最中にアメリカの自宅で鳴った防犯アラームについての電話を受け取ったとき、ちょっとしたパニックに陥ったという。「まず最初に頭に浮かんだのは、『オリンピックの金メダルはどこにあったっけ?妻がそれ…

 マイク・ブライアン(アメリカ)は全仏オープンの最中にアメリカの自宅で鳴った防犯アラームについての電話を受け取ったとき、ちょっとしたパニックに陥ったという。

 「まず最初に頭に浮かんだのは、『オリンピックの金メダルはどこにあったっけ?妻がそれをソックスが入っている引き出しに隠しておいたとは思えない』ということだった」

 テニス界でもっとも成功を収めたダブルス・チームの一人は、笑いとともにそのときの様子を聞かせてくれた。

 「でもメダルは変わらず、そこにあったんだ。助かったよ。もし家が火事になったら、僕はいくつかの絵を救い出そうとするだろうが、それ以外では金メダルが僕が最初に救い出すものだ。あれは換えがきかないものだからね」。  グランドスラムで16度男子ダブルスを制し、100の大会で優勝し、435週にわたり世界ナンバーワンという、これらすべての記録をもってしても、ブライアンにとって彼と双子の兄弟ボブが2012年のロンドン五輪で獲得した金メダルほど大切なものはない。だからこそ彼は決してメダルを獲るチャンスを逃そうとはしないのだ。

 しかし、今年のリオデジャネイロ五輪に参加しないことを決めたATPシングルス・ランキングのトップ25のうちの6人は、ブライアンとは違う道を選んだ。  「それは国のためにプレーするということ、オリンピックの栄光のためにプレーするということだ」とブライアンは言う。「ビッグネームの何人かがオリンピックに出ないことにしたと聞いて、ちょっぴり驚いたよ」。  彼は、ジカ・ウイルスが心配だからリオには行きたくないと言ったゴルフのチャンピオン、ローリー・マキロイや、NBAのステファン・カリーのことを指して言っているのではない。彼らのレベルのスターは誰も、オリンピックのテニス競技を棄権しようとしてはいないが、欠場を決めた選手たちの数は増え始めている。

 その中に19歳のライジングスター、世界ランキング8位のドミニク・ティーム(オーストリア)も含まれる。彼は全仏オープンで自己初となるグランドスラムの準決勝に進出し、先週はグラスコートの上でロジャー・フェデラー(スイス)を倒したばかりだ。

 また、世界17位のジョン・イズナー(アメリカ)、オーストラリアのトップ2、18位のニック・キリオスと19位のバーナード・トミック、そして21位のフェリシアーノ・ロペス(スペイン)、24位のケビン・アンダーソン(南アフリカ)も五輪に出場しないことを決めた。  「おそらく70、80%の人々が、僕の決断について否定的な意見を示した。残りの20%は僕の気持ちをわかってくれたが」と、2012年のロンドン五輪には出場していたイズナーは言う。「愛国心がないと言われたよ」。  最終的なデータではないが、と前置きした上でWTAの責任者であるスティーブ・サイモン氏は、リオ・オリンピック欠場を決めた女子プレーヤーは今のところいないと言った。

 「今のところ聞いていない」と彼は言った。「正直に言って、何人からかそういう話がきてもおかしくないとは思うけれどね」。  イズナーは五輪に出ることで選手がランキング・ポイントを獲得できることを望んでいるが、4年前のロンドン五輪で提供されたポイントは十分ではないと考えている。ノバク・ジョコビッチ(セルビア)をはじめとするほかの選手たちも、それには同意している。

 しかし、過去4度の夏季五輪のときと違い、選手たちはリオ五輪で同時にほかの場所で行われている大会のようにポイントを稼いでランキングを上げることはできない。なぜなら今回の五輪では、ポイントは与えられないからだ。

 例えばイズナーは、アタランタの大会に出場する予定だという。  「プレーヤーは無所属の独立した契約者たちであり、彼らは自分の好むスケジュールを立てる自由を擁している」とATPの重役、クリス・カーモード氏は言う。「ランキング・ポイントは我々にとって価値ある貨幣のようなものなんだ。そしてオリンピックは、出場大会の予定を組んでいくという面で追加的な難しさを生み出している」。  カーモード氏は、ATPとテニスのオリンピック参加を監督しているITFはポイントを与えるべきかについて話し合いを行ったと言う。  「プレーヤーやATP大会からの全体的に見て一致した意見は、ポイントはなしでいいというものだった」とカーモード氏。「オリンピックの精神は国のためにプレーするというものだ。金メダルを目指して戦うということが重要なのだ」。  WTAのサイモン氏もこれに同調する。

 ITF会長のデビッド・ハガティ氏は、2020年の東京五輪ではポイントシステムに戻る心づもりはあると言った。  「私は両方の考え方に意味があると思うが」とハガティ氏。「しかしもっとも重要なことは、我々がオープンな考えを持ち、選手が何を望んでいるかに耳を傾けることだ」。  なぜリオ五輪をパスするかについてのテニス独特の説明には、ほかに次のようなものがある。

 ほかの大会に出場すれば賞金を手に入れるチャンスがあるということ。

 そして、世界1位のジョコビッチ、ロンドン五輪の金メダリスト、アンディ・マレー(イギリス)、17のメジャータイトルを持つフェデラー、もしも左手首の故障から回復すれば、北京五輪の金メダリスト、ラファエル・ナダル(スペイン)までが出場する中、メダルを獲るのは難しいと予想されるからだという。  もっとも、ある選手たちはこれらのことはまったく問題ではないようだ。オリンピックはオリンピックであり、そこに参加するチャンスをパスするなどとんでもないと彼らは言う。

 世界26位のジャック・ソック(アメリカ)は、「それは子供のときの『死ぬ前にやりたいことのリスト』の一項目みたいなものなんだ」という言葉で、それを表現した。(C)AP