1−0の白星スタートを切ったアジア大会のネパール戦翌日のトレーニングで、ひときわ目立つ金髪の選手がミドルシュートを豪快にサイドネットに突き刺していた。 前日、出番のなかったMF神谷優太である。U−23アジア選手権ではチームキャプテンを…

 1−0の白星スタートを切ったアジア大会のネパール戦翌日のトレーニングで、ひときわ目立つ金髪の選手がミドルシュートを豪快にサイドネットに突き刺していた。

 前日、出番のなかったMF神谷優太である。



U−23アジア選手権ではチームキャプテンを担った神谷優太

 所属するJ2愛媛FCの試合が8月12日にあったために合流が遅れ、ネパール戦はベンチからチームメイトの戦いを見つめたが、中1日の試合間隔で行なわれるパキスタン戦は間違いなくスタメンに名を連ねるはずだ。

 6バックで守りを固められ、攻めあぐんだネパール戦。その反省点のひとつが、ミドルシュートの少なさだった。遠目からシュートを狙えば、打たせまい、と相手も守備陣も前に出てくるはずだったが、日本の中盤にその積極性がなく、コンビネーションでの崩しに終始した。

 パキスタン戦では俺がミドルでこじ開けてやる――。

 GKオビ・パウエルオビンナ(流通経済大)が守るゴールをこじ開けた精度の高いキックは、まるでそう言わんばかりだった。

 森保一監督率いる東京五輪代表チームが立ち上げられた昨年12月のタイ遠征ではゲームキャプテンを務め、今年1月のU-23アジア選手権ではチームキャプテンを担った神谷だが、代表チームに合流するのはそのとき以来、7ヵ月ぶりとなる。

 3月のパラグアイ遠征の最中はJ2が開催されていたため、坂井大将(アルビレックス新潟)や前田大然(松本山雅)といった、これまで起用していないふたりを除き、J2のクラブに所属する選手は選ばれなかった。

 5月のトゥーロン国際大会のメンバーには選出されたが、直前にケガを負って辞退せざるを得なかった。

 昨年5月のU-20ワールドカップのメンバーから落選して以来、オリンピックに出場することに照準を合わせてきた神谷にとって、この辞退は痛恨だったはずだ。

「もちろんトゥーロンに行けなかったのは、悔しかったです」

 神谷はちょっぴり無念そうな表情を浮かべた。

「不運でしたね。でも、その不運をポジティブに捉えてやってきましたし、だから今、少しずつ結果も出てきているんだと思いますね」

 プロ3年目を迎える今シーズン、神谷は湘南ベルマーレから愛媛に期限付き移籍した。出場機会を得るため、そして、勝負の責任を負うため、だった。

 だから、クラブから背番号10番を打診されると、ためらうことなく「もちろんです」と即答し、エース番号を背負ってプレーしている。

 ところが、負傷者が続出したチームは開幕から低迷し、浮上のきっかけを掴めないまま、5月15日に間瀬秀一監督が退任。しかし、後任に下部組織を率いていた川井健太監督が就くと状況は少しずつ好転し、7月8日のFC岐阜戦からは4連勝を飾って、一時は最下位に沈んだ順位も18位まで浮上した。

 チーム復調の原動力となったのは、ケガから復帰した神谷だった。1トップやシャドーとして起用されると、ここ4試合で3ゴールをマークしたのだ。

 湘南に加入してからボランチにコンバートされて守備力に磨きをかけたが、青森山田高時代はインサイドハーフ、東京ヴェルディの下部組織に在籍していたころは2列目や1.5列目でプレーするアタッカーだった。その当時の感覚を蘇らせて、ゴール前に飛び込む鋭さを取り戻していったのだ。

「愛媛で自分がやらなければならないのは、得点を獲って結果を出すこと。前で起用されて、それがより明確になったと思います。声を出してチームを引っ張っていく選手は愛媛にもいますけど、プレーで引っ張る選手はいないので、そこに関しては自分がやらなければならないと思っています」

 代表のチームキャプテンは今回、年上の三好康児(北海道コンサドーレ札幌)が指名されたが、チームを勝利に導くために、ベスト8で散った1月のU−23アジア選手権の雪辱を晴らすために自身のすべきことが、神谷の頭のなかにはくっきりと描かれている。

「チームメイトひとりひとりの能力を引き出すのは僕の役割だと思っているし、優勝するためには、ひとりひとりが一番上に立ちたいという意欲がどれだけあるかだと思う。試合でぬるい選手がいたら、やっぱり厳しく言わなければいけないですし、自分が嫌われ者になってもいい、くらいの気持ちでやっていきたい」

 愛媛での半年間は、思い描いた結果が出ているわけではないが、それでも何を求めて武者修行の道を選んだのか、忘れたことはない。

「間違いなく愛媛ではエースだと思われているし、それをより一層意識しながらやってきました。そのエースが結果を残さないと、みんなのテンションだったり、試合中の温度が変わってくることにも気づけたし、それが責任感だということも改めて勉強になった」

 さらに神谷は、力を込めて言った。

「この半年で全体的に成長したと思いますけど、責任感の部分がより強くなったというところを示したいと思います」

 これまでどおりオーガナイザーとしてボランチに入るのか、あるいは、より決定的なチャンスに絡むことを求められて2シャドーでプレーするのかわからない。だが、2列目だろうが、3列目だろうが、チームメイトを鼓舞し、身体を張ってボールを奪い、泥臭くプレーし、ゴール前まで飛び出していくことに変わりはない。

「ポジションがどこでも責任感は変わらない。そういう部分を出していけたらいい」

 闘志あふれる頼れる男が、U-21日本代表に帰ってきた。