「(フェルナンド・)トーレスは徐々に馴染んできているが、日本(サッカー)で簡単ではない状況にいる。戦術は大きく異なり、プレーの距離感も違う。そのようななかで、チームが抱えている課題を解決し、救うというのはなかなか難しい」 川崎フロンター…
「(フェルナンド・)トーレスは徐々に馴染んできているが、日本(サッカー)で簡単ではない状況にいる。戦術は大きく異なり、プレーの距離感も違う。そのようななかで、チームが抱えている課題を解決し、救うというのはなかなか難しい」
川崎フロンターレ戦後、サガン鳥栖のマッシモ・フィッカデンティ監督は語っている。昨季王者を相手に0-0で引き分け、勝ち点1。悪くない結果といえるだろう。直近の2試合はセレッソ大阪、浦和レッズに連勝しており、これで3試合無敗だ。
しかし、トーレスの加入が大きな話題になる一方、今もチームは降格の危険水域を抜け出しておらず、プレー内容が好転したわけではない。90分間で、シュートはわずか2本。川崎に25本のシュートを浴び、引き分けは僥倖(ぎょうこう)だった。
「今日はチャンスを作れなかったが、大事なのは引き分けたこと」
試合後、トーレスは冷静に語ったように、勝ち点を積み重ねたことがなによりの収穫だろう。
川崎フロンターレ戦にフル出場したが、シュート0に終わったフェルナンド・トーレス
それにしても、トーレスの使い方はこれで正しいのだろうか?
8月15日、等々力陸上競技場。鳥栖は川崎の本拠地に乗り込んでいる。ボールを持たれることは承知していたのだろう。
「トーレスに向けて蹴る」
鳥栖は川崎戦で、それをひとつの戦術軸に挑んだ。バックラインでボールを回しながら、川崎のプレスを回避。サイドから角度をつけて、トーレスの頭に放り込む。それをフリックし、一気にチャンスにする戦い方だ。
この戦術はほとんど機能していなかった。しかし、鳥栖がボールを持てる時間が想像以上に少なかったことで、トーレスに蹴り込む形は自然と増えている。4-4-2でサイドに起点を作ろうとしたが、密度の高い中盤で後手に回ってしまい、苦し紛れに蹴るしかなかった。打つ手が限られたことによって、「トーレス・シフト」が作られた。
実際、トーレスはかなりの確率で、空中戦で競り勝っている。頭ではなく、胸で落とすような場面もあった。前半には、GK権田修一が蹴ったロングキックを、トーレスがバックヘッドで流し、それを受けた金崎夢生が倒され、ゴール前でFKを獲得している。
「(トーレスは)ヘディングは強いですね。練習から、(センターバックが挑んでも)ほとんど勝てませんから。少々(パスが)ずれたな、と思っても、首が強いから当てて飛ばしちゃう」(鳥栖・DF小林祐三)
トーレスは体格も大きく、跳躍力も高い。なにより準備動作で勝っている。相手を畏怖させる空気もまとい、しばしば混乱を誘う。その高さがひとつのアドバンテージになっているのは間違いない。
とはいえ、チームとしてトーレスに放り込む戦いをベースにするのが最善か、というジレンマはある。
トーレスの特長は本来、スペースに駆け出し、パスを受け、それを蹴り込む、という電光石火の一撃にある。しかし、Jリーグではそこまで高いラインを取るチームは少なく、スペースは限られている。
また、カウンターサッカーが根付いていないため、縦に速いパスを入れられる選手が少ないという事情もある。クロスをねじ込むゴールも得意とするが、プレミアリーグやリーガ・エスパニョーラのようなクロッサーも見当たらない。
結局、自らドリブルで強引に切り込むしかないのが現状だ。
「トーレスはキープができるし、ボールを持つと取られない。ただ本当は、彼がシュートを決めるようなパスを合わせたいんですけど……。なかなかボールが来ないのもあって、難しいですね」(鳥栖・FW小野裕二)
現状ではトーレスが前線でボールをキープし、パサーにならざるを得ない。川崎戦も、何度か前線のプレーメーカーの役を担っていた。たとえば、ダイレクトボレーで左サイドへ展開したパスは白眉だった。しかし、リターンを受けにエリア内に走り込んだものの、パスは戻ってこなかった。
結局、トーレスは2試合続けてシュート数0に終わっている。かつてアトレティコ・マドリードで5年連続で2桁得点を記録し、プレミアリーグではクリスティアーノ・ロナウドと得点王を争い、EUROで得点王となったゴールゲッターとは思えない。
もっとも、トーレス自身は泰然としたものだ。リターンがミスに終わったにもかかわらず、その意図を汲み、拍手でチームメイトを讃えている。歴戦の勇者だけに、焦りは少しも見えない。
「(降格圏という)厳しい状況を抜け出すには、チームのために働く、というチームスピリットが大事。その点、トーレスはその犠牲精神で戦ってくれている」(フィッカデンティ監督)
直近3試合で2勝1分けと、成績だけでいえば、文句がつけられない。トーレス効果で順位を上げた、ともいえる。トーレスは後半途中から目に見えて運動量が落ちるが、その実力は傑出している。
欧州シーズンは8月下旬開幕で、これからコンディションが上がるところだ。真価を発揮したトーレスは、こんなものではない。