今から2年前、F1を目指す女子高生がいたのを覚えているだろうか? 彼女の名は小山美姫(こやま・みき)。カートで速さを見せ、ホンダ『S660』のCMで制服姿のままドライビングの腕前を披露して注目を集め、今やFIA F2に参戦している牧野…

 今から2年前、F1を目指す女子高生がいたのを覚えているだろうか?

 彼女の名は小山美姫(こやま・みき)。カートで速さを見せ、ホンダ『S660』のCMで制服姿のままドライビングの腕前を披露して注目を集め、今やFIA F2に参戦している牧野任祐(まきの・ただすけ)や福住仁嶺(ふくずみ・にれい)らと同じフィールドでレースをしていた。

 20歳になった彼女は、今、どうしているのだろうか?



20歳になった小山美姫は現在、女性ドライバー最速のひとり

 彼女は、今年もFIA F4で戦っていた。

 5月の第3戦・富士スピードウェイでは、7位フィニッシュで初ポイント獲得を果たした。そして8月4日・5日に行なわれた第7戦と第8戦でも2戦連続で9位入賞を果たし、予選・決勝ともに着実にトップ10で戦う力を身に着けてきていることを見せつけた。

「第7戦ではベストタイムがトップ5に入る速さがありましたが、予選のタイムを見てわかるとおり、ものすごく僅差なのでオーバーテイクするのが非常に難しく、ポジションを上げることができませんでした。6位にはなれたレースだったと思います。激しいバトルが繰り広げられるなかで、粘り強さはあったけど、攻める強さが足りなかったのが敗因だと思います」

 その反省を生かして、第8戦では攻めの走りができたという。結果は同じ9位だったが、長いストレートのある富士スピードウェイで抜かれても、抜き返す強さを見せた。

 間違いなく、小山は女性ドライバーとしてではなく、周りの上位勢と同じレーシングドライバーとして同じフィールドで戦っていた。

「レース展開を一番に考えながら、駆け引きでは一度も引かずに攻めました。自分のなかで駆け引きの迷いがなかったので、終わってからの後悔もありませんでした」

 30台以上が参戦する激戦区の2018年FIA F4選手権で、入賞圏で戦うのは決して容易なことではない。7位入賞は日本のFIA F4選手権はもちろん、世界中のF4でも女性ドライバーとしては過去最上位だ。

 女性ドライバーとジェントルマンドライバーを対象にした『インデペンデントカップ』に登録していれば、毎戦優勝者として表彰台に上がることになったはずだ。だが、それをよしとしないのは、彼女の目標が「女性として戦うこと」ではなく、純粋に「レーシングドライバーとして戦うこと」だからなのだろう。

 日本人初のルマン24時間ウィナーであり、トヨタの育成プログラムを統括する立場でもある関谷正徳が主催した女性ドライバーのためのレース『競争女子選手権KYOJO-CUP』が昨年に創設され、小山はライバルたちに圧倒的な差をつけて初代チャンピオンに輝いた。今年も引き続き参戦し、6月に行なわれた開幕戦ではフォーミュラ・ルノー3.5とGP3の参戦経験もあるオランダ人ベイスク・フィッセールにも大差をつけて優勝を飾っている。

 元F1ドライバー野田英樹の娘Juju(野田樹潤)がメディアに採り上げられ、女性ドライバーにも注目が集まりつつある。だが、Jujuはまだ12歳であるため、日本のライセンス制度のなかで本格的なレースに参戦することができず、3、4年の歳月を待たなければならない。

 今の女性ドライバーのなかでは、小山が最速のひとりであることは間違いない。

 彼女自身、マシンやドライビング、そしてレース界のさまざまなことに対する理解が深まり、それが成長につながったと語る。

「(FIA F4の)第3戦のときはレース後半のペースが遅くて、前走車に着いていくどころか後続を抑えるのでいっぱいいっぱいでした。でも、今回は自分のなかで理解が深まり、確信を持ってドライブできたことで、レース週末を通していい状態をキープできたんです。

 何度もデータロガーや車載映像を確認してイメージを作り上げ、路面変化の予測もできるようになり、これまで想定外なことだらけだったレースが、自分のイメージとマッチして、想定内なものにできるようになってきました。それが、今の速さや強さにつながっているんだと思います」

 実は今年、彼女はSRS-F(鈴鹿レーシングスクール・フォーミュラ)に入校していた。鈴鹿サーキットのスクールではあるが、実質的にホンダが育成ドライバーを選定するための場としての意味合いが強く、ここでスカラシップを獲得すれば、翌年はホンダの育成枠に入ってホンダ系チームからFIA F4に参戦できる。その先はホンダのドライバーとして、F3やスーパーフォーミュラ、スーパーGTなどで活躍する道が開ける。

 日本からF1に参戦し、育成ドライバーをヨーロッパの下位カテゴリーに送り込んでいるのがホンダしかない現状では、莫大な資金や特別なコネクションを持たない一般人が日本からF1を目指すには、「SRS-Fからホンダの育成枠へ」というのが最短ルートということになる。

 ホンダ関係者からの推薦もあって、小山は今年SRS-Fに入校した。彼女にとって、それはF1を目指すうえで大きな賭けであり、これが最後ともいえる希望だった。

 しかし、結果は落選。計16日間にわたって行なわれたスクールの選考はかなりの僅差だったようだが、小山は最後のスカラシップ選考会に残ることができなかった。仮にスカラシップを獲得しても、さらにもう1年FIA F4に参戦させるわけにもいかない、という大人の事情もあったようだ。

「しばらくは抜け殻状態でした。スクールに落ち、FIA F4のほうも参戦資金が厳しくて、本当に心がズタボロで真っ暗になってしまいました。ただ、それでも応援してくれる人が周りにたくさんいてくれて、もっともっと成長しなければならないと思いました。なにより、『全員抜いて見返してやりたい』と心の底から思ったというのが正直なところです。(スクール落選で味わった)計り知れない悔しさが、最大のモチベーションに変わりました」

 小山は、参戦資金の枯渇にも苦しんでいた。

 2016年、かつて彼女を走らせていたチームが外的要因から撤退を余儀なくされて以来、彼女は資金不足で思うようにFIA F4を走ることができなくなってしまった。そのため、昨年は成績が低迷し、学習の年と割り切って経験値を積み上げることに専念するしかなかった。



小山美姫は今年もFIA F4で経験を積み、さらなる高みを目指している

 FIA F4で上位で戦うためには、きちんとした体制のチームで臨むことが最低条件になる。そのためには、最低でも年間1500万円もの資金が必要になるのだ。今年は実力のあるチームのシートを得ることができたが、1年を通しての資金全額が集まっているわけではなく、次のレースに向けて支援者を探している状況である。

 もちろん、自身が生活していくことも必要で、仕事をしながらその合間に参戦資金集めとトレーニングに追われる日々だ。『めざましテレビ』や『林先生が驚く初耳学!』で、その奮闘ぶりが注目されたりもした。今年4月には、ホンダの社内雑誌『ポールポジション』で八郷隆弘社長と佐藤琢磨とともに鼎談をする機会にも恵まれたが、華やかな暮らしを送っているわけではなく、むしろ真逆のストイックで努力の毎日だ。

「生活もしていかなくてはならないので、普段は脳神経外科クリニックで8時~17時まで働いています。理解がある会社さんなので、スポンサーさんと会う際は早く上がらせていただいたり、勤務が終わってからお話ししに行ったりしています。

 ほぼ毎日トレーニングはしていて、毎日早朝5時半からランニングをしていますし、仕事が終わってから何も予定がない日は18時~20時半までジムでトレーニングをしたり、仕事帰りに電車を早めに降りて1時間くらい歩いてジムまで向かったりしています。帰宅してからは、レースのレポート作りや協賛していただくための資料作りなどもやっています」

 そんなふうに挫折と努力を積み重ねながら、小山は着実に成長している。

「ドライビングもパーソナリティも、まだまだ未熟で日々たくさんの方々から学ばせていただいている最中です。目標を達成するためには、もっともっと成長していかなければならないと思うので、自分が変わったと思えるほどの成長はありません」

 彼女自身はそう言うが、2年前に会った彼女は、性格は真っ直ぐで、言葉ではその強い思いを口にしていても、ステアリングを握れば自信と不安の狭間で怯えながら走っているところがあった。思いどおりにいかず、涙を流すこともあった。

 しかし、この2年間で彼女は変わった。

 自分では気づいていないかもしれないが、周りの人々を信頼することで学び、自分自身にも自信が持てるようになった。だから、「自分はまだまだだ」と認めることができる。

 挫折し、それを乗り越えてまた成長し、新たな結果を出した。

 F1という目標はあまりにも遠すぎるが、それでもその思いはさらに強くなった。漠然とした目標ではなく、一歩ずつ自分の成長が見えてきたからだ。

「やはり、F1に乗りたいという思いは変わりません。昨年に続き今年も競争女子やN-ONEオーナーズカップ、スーパー耐久などさまざまなクルマに乗る機会をいただき、いろいろな魅力に触れてもっといろんなクルマに乗ってみたいし、GTなどハコ車にも関心が広がってきました。

 それでも乗っていて一番楽しいのは、やはりフォーミュラです。フォーミュラでステップアップしていきたい。それが私の意志であり、願望です。そして記録はもちろん、記憶にも残るドライバーになりたい。魅力ある走りと抜群の速さで、どんなレースでもひと際輝く存在になりたいと思います」

 輝くような力強さで回り始めた小山美姫の歯車は、これからどのような光を見せてくれるのか。

 次のFIA F4菅生ラウンドは9月14日~16日に行なわれる。