近年、湘南ベルマーレが「いいサッカー」をしていることは、もはやJリーグの常識と言ってもいいだろう。 いいサッカーをもう少しかみ砕いて表現するなら、スプリントを繰り返すことができる走力と、速い攻守の切り替えで相手を圧倒する、スピーディー…

 近年、湘南ベルマーレが「いいサッカー」をしていることは、もはやJリーグの常識と言ってもいいだろう。

 いいサッカーをもう少しかみ砕いて表現するなら、スプリントを繰り返すことができる走力と、速い攻守の切り替えで相手を圧倒する、スピーディーなサッカーとでも言おうか。

 2012年からチームを指揮する曺貴裁(チョウ・キジェ)監督は、今季で7シーズン目となるが、その間、3度のJ1昇格を果たす一方で、2度のJ2降格も経験している。なかなかJ1に定着することができずにいるが、そこに悪い印象がないのは、湘南がいいサッカーをしているからに他ならない。

 とはいえ、当事者にとってみれば、いつまでもいいサッカーをしていることだけに満足はできない。

 曺監督にしても、「湘南スタイル」という言葉だけがひとり歩きし、結果が出ていないにもかかわらず、「いいサッカーをしている」と評価されることに、むしろ悔しさや苛立ちを感じているようにさえ見受けられた。「負けてほめられるのは、もうたくさん」とでも言うように。

 もちろん、指揮官にしても、湘南の特長を失ってはいけないことはわかっている。しかし、ただ「縦に速い」とか、「勢いで一気に攻め切る」とか、そうしたことだけでは勝てないことも、過去のJ1経験で思い知らされてきた。

 だからこそ、湘南は自分たちのサッカーのスタイルをまったく変えてしまうのではなく、曺監督の言葉を借りれば、「スタイルの幅を広げる」ことに取り組んできた。

 高い位置でボールを奪い、次々と選手が湧き出るように飛び出し、一気に攻め切るという従来の特長は残しつつも、自らボールを保持して、パスをつなぎながらでもチャンスを作る。そんな変化は、すでに昨季J2での戦いのなかでも、はっきりと見て取れた。

 そして今季、湘南の新たな挑戦は、J1でも確実に成果を挙げている。

 8月11日に行なわれたJ1第21節、ホームでの横浜F・マリノス戦。結果から言えば、湘南は0-1で敗れた。

 試合序盤、湘南はハイプレスからのショートカウンターが効果的に決まり、何度も決定機をつかんだ。

 ところが、湘南が数々のチャンスを生かせずにいると、試合の流れは次第に横浜FMへ。後半48分、横浜FMは湘南のプレスをいなすように、1本のロングパスでDFラインの裏に抜け出したMF天野純がゴール前へクロスを入れると、これをFWウーゴ・ヴィエイラが頭で押し込み、先制。横浜FMが、このまま逃げ切った。

 攻勢の時間帯で、湘南が先に1点でも取っていれば、ワンサイドゲームになっていたかもしれない。そんな内容の試合だったが、結局、湘南はいいサッカーをしながら、勝つことができなかった。その意味で言えば、もはや見慣れた試合である。

 しかし、同じ「いいサッカー」でも、そのレベルは間違いなく変わってきている。曺監督はこんな表現で、湘南の確かな進歩を語る。

「(普段の)練習では、守備の練習はほとんどせず、9割攻撃の練習をしているが、こういうことができればいいなということに対して、今までは0.5歩進んで2歩下がるという感じだったのが、ここ最近は試合ごとに2歩、3歩と進んでいる」



F・マリノスに敗れたものの、

「とてもいいサッカー」を見せていたベルマーレ

 試合終盤、1点リードの横浜FMは、湘南のプレスをいなすようにパスをつなぎ、何が何でも追加点を取るというより、”試合を殺して”時間を費やそうとした。結果的に、湘南が高い位置でボールを奪って速攻を仕掛ける場面もほとんどなくなった。

 だが、それでも湘南が反撃の術を失うことはなかった。湘南は遅攻からでも相手を押し込み、ワンタッチ、ツータッチでテンポよくパスをつないで、チャンスを作ることができたからだ。

「美しい形でシュートまでいった場面がたくさんあった」

 曺監督はそう話し、自身が指揮を執る直前の2011年シーズンでは、J2で14位だったチームの成長を称えるように、こう続けた。

「このチームで(監督を務めて)長いので、J1(のチームを)相手に、こういう(美しい)形を作れないときのチームも知っている。それを、やれるようになったんだなと思って見ていた」

 ピッチ上の選手も、手応えは同じだ。湘南5年目のMF菊地俊介が語る。

「前からプレッシングにいって(ボールを奪い)、シンプルにゴールへ向かう攻撃を何回か出せたし、それだけでなく、ワンタッチでボールがつながるシーンもあった。自分たちの土俵で試合ができた」

 湘南は現在、勝ち点26で12位につける。チームごとに消化試合数に差があるため、順位は暫定ながら、J1参入プレーオフに回る16位(V・ファーレン長崎)とは勝ち点5差、自動降格圏の17位(ガンバ大阪)とは勝ち点6差。湘南はJ1残留の安全圏にいるとは言い難い。実際、横浜FM戦にしても多くのチャンスを作りながら、結局はノーゴールに終わり、勝ち点1すら手にできなかったのだ。

 それでも曺監督は、「最後の仕上げが課題だが、そこ(チャンスを作るところ)までいったことは評価したい」と語り、成長を続ける選手たちの未来に期待を寄せる。

「ああいう形を当たり前のように作れるようになれば、ゴール前の落ち着きが出るとか、GKの逆を取ってシュートを打つとかもできるようになる」

 湘南にとっては、もったいない敗戦だった。前節まで続いていた、今季最長の5試合連続無敗(3勝2分け)もストップした。

 だが、湘南は相変わらず、いいサッカーをしている。いや、とてもいいサッカーをしている。内容ばかりを褒められるチームから、勝てるチームに変わり始めている。