スタンドの記者席に座っているだけで、じっとりと湿った空気が重く体にのしかかってくる。常にうちわであおいで、顔の前の空気を撹拌(かくはん)させていなければ、息苦しささえ感じるほどだった。 J1第20節、FC東京vsヴィッセル神戸が行なわ…

 スタンドの記者席に座っているだけで、じっとりと湿った空気が重く体にのしかかってくる。常にうちわであおいで、顔の前の空気を撹拌(かくはん)させていなければ、息苦しささえ感じるほどだった。

 J1第20節、FC東京vsヴィッセル神戸が行なわれた味の素スタジアムは、「危険な暑さ」と称される高温に加え、多湿にも見舞われていた。風もなく、熱がこもったその空間は、とてもサッカーに適した環境とは言えなかった。

 案の定、試合はこう着状態に陥った。

 ボールを追い越して攻め上がっていくようなハツラツとした動きは、両チームともに見られない。互いに攻め合ってはいるものの、シュートチャンスを作る以前にボールを失ってしまうことが多かった。

 結局、終盤は両チームが気力を振り絞っての消耗戦。「カウンターの打ち合いになり、間延びした」(FC東京・長谷川健太監督)なかで、途中出場のFWリンスが試合終了目前の90分に値千金の決勝ゴールを決め、FC東京が1-0で勝利した。


ヴィッセル神戸との

「消耗戦」を制したFC東京

「みんながバテている状況のなかで、ボールを回され、時間を使われた。体力的に消耗してこういう結果になった」

 神戸の吉田孝行監督は、暑さによる消耗を敗因に挙げながらも、そうなった理由については、「前半から賢く攻撃ができなかった」。「守備も機能せず、それによって攻撃も機能しなかった」ことで消耗を招いたと自省した。

 対照的に、してやったりはFC東京の長谷川監督だ。「前半から厳しい戦いになった」とはいえ、「慌てず、相手のスキを突くことができた。交代選手が決めてくれて、チーム全体の力で勝利を収めたことは大きい」と、満足げな様子だった。

 FC東京のMF米本拓司も「正直、メチャクチャ暑かった」と振り返り、こう語った。

「でも、だからこそ、相手より1歩でも2歩でも前に出られれば勝つことができるし、意識してスプリントもしなければいけないと思っていた。それが、ウチの生命線だから」

 米本と2ボランチを形成したMF高萩洋次郎も、「暑いのは相手も一緒。ウチは走れる選手がそろっているし、後半は相手のほうが(運動量が)落ちた」と語り、酷暑のなかでの打ち合いも望むところと言わんばかりだった。

 しかも、同時刻に行なわれた試合で、首位のサンフレッチェ広島が試合終了間際のオウンゴールにより、湘南ベルマーレと2-2で引き分けていた。この結果、2位のFC東京と広島との勝ち点差は5に縮まった。ギリギリのところで、勝ち点1を勝ち点3に変えた見返りは大きかった。

 さて、FC東京が貴重な勝ち点3を手にしたこの試合。過酷な環境下で行なわれたことはすでに記したとおりだが、この日の暑さ、いや”熱さ”は必ずしも気象条件によるものだけではなかっただろう。

 この試合で味スタに集まった観衆は、実に4万4801人。チケットは前売り段階で完売し、試合後には報道陣に大入り袋まで配られた。ワールドカップの閉幕とともにJ1が再開されて以降、味スタでの最多観客数だった第17節、横浜F・マリノス戦の3万4126人と比べても、1万人以上も増えたことになる。

 もちろん、観客増の理由のひとつにはFC東京の好調もあるだろう。だが、言うまでもなく、最大の要因は別にある。今夏、神戸に新加入したMFアンドレス・イニエスタだ。

 実際、この日の味スタでは、FCバルセロナのユニフォームを身に着けたファンを何人も見かけた。イニエスタ見たさにチケットを購入したファンは多かったはずだ。

 ちなみに昨年8月、この試合と同じ日曜の夜に行なわれた、FWルーカス・ポドルスキの”味スタ初見参”となった試合(2017年8月13日/J1第22節、FC東京vs神戸)の観衆は3万642人である。イニエスタ人気がいかに高いかがうかがえる。

 ところが、ワールドカップ直後に神戸に合流し、すでにJリーグデビューも果たしたイニエスタは、2試合に出場したところで、まさかの一時帰国。前節に続き、FC東京戦にも出場しなかった。イニエスタ目当てでやってきたファンは、さぞがっかりしたに違いない。

 それでも、すでにチケットは売り切れ。しかも、”主役”の欠場は事前に広く知られていたにもかかわらず、チケット購入者のほとんどが会場に足を運んでくれたのだから、試合を運営するFC東京はホクホクだ。

 この様子なら、おそらく”イニエスタ景気”はまだまだ続く。神戸はもちろん、アウェーで特需の恩恵を受けるクラブが出てくるだろう。この先、神戸のアウェーゲームは、札幌ドーム、埼玉スタジアム、豊田スタジアムといった”大箱”でも予定されているだけに、どれだけの観客が集まるのか楽しみだ。

 とはいえ、イニエスタ景気の恩恵にあずかるクラブは、相応の代償も払う必要がある。「攻撃にものすごく変化をつけられるし、パスの流れもスムーズになる。まだ合流したばかりなのに、いるといないとではまったく違う」(神戸・DF那須大亮)という世界的プレーメイカーを擁する難敵と、対戦しなければならないからだ。今後、イニエスタがチームにフィットしてくれば、なおのこと、痛しかゆしというところだろう。

 それを考えれば、FC東京はまさに”おいしいとこ取り”だった。

 高萩は「どのくらいのレベルなのか、肌で感じてみたかった」と、イニエスタの欠場を残念がる一方で、そっけないほど淡々と「個人的にはいてほしかったと思うが、チームとしては(勝つためには)いなくてよかった」。

 また、もしイニエスタが出場していれば、直接マッチアップする機会も多かったはずの米本にしても、「削ったらブーイングされただろう」と笑いを誘いつつ、「やってみたいというのはあるが、いないほうが勝てる確率は高くなる。やはりチームが勝つことが一番だから」と、冷静に語っていた。

 満員札止めの大観衆のなかで、勝ち点3はきっちり確保。FC東京は、イニエスタ景気のメリットだけを最大限に享受して、首位・広島の背中を視界にとらえた。