【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】W杯後の移籍市場(後編)前編を読む>> 最近の移籍市場では、ワールドカップのような大会でたまたま活躍した選手に、クラブがすぐさま飛びつくことは少なくなった。ただし、メジャーな大会で活躍した…

【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】W杯後の移籍市場(後編)

前編を読む>>

 最近の移籍市場では、ワールドカップのような大会でたまたま活躍した選手に、クラブがすぐさま飛びつくことは少なくなった。ただし、メジャーな大会で活躍した選手を獲得したことが、長い期間にわたるパフォーマンスを見て正しい判断だったとわかることもある。



バイエルン入りが噂されているフランス代表ベンジャマン・パバール photo by JMPA

 4年前のワールドカップ・ブラジル大会で、コスタリカのGKケイロル・ナバスは、大会に出場したGKのうち最高のセーブ率をあげた。だが、おそらくそれより重要なのは、スペインの小さなクラブであるレバンテでプレーしていたナバスのセーブ率が、ワールドカップ直前のシーズンに欧州5大リーグのGKのなかで3位だったことだ。

 ブラジル大会後にナバスを獲得したレアル・マドリードが、前年のリーグでのセーブ率に注目していたかどうかは疑わしい。しかし、いずれにせよナバスの獲得は大当たりし、彼はレアル・マドリードのチャンピオンズリーグ3連覇にも貢献した。

 個々の選手だけでなく、特定の国籍が注目されることもある。コスタリカはブラジル大会で、PK戦に勝てば準決勝進出というところまで進んだ。この躍進によって大会後の移籍市場では、コスタリカのパスポートを持つあらゆる選手が人気者になったようだ。

 FIFAで国際的な移籍を監督しているトランスファー・マッチング・システム(TMS)のリポートによれば、2014年のブラジル大会終了後にコスタリカ人選手にからんで動いた移籍金の合計額は、前年の同時期の約10倍に達している。

 しかしメジャーな大会後の移籍市場で最も賢いのは、他のクラブの逆をいくことだ。大会後に価格が下がった選手を買うのだ。

 ブラジル大会の後にバルセロナは、かみつき癖があることを世界に思い出させて4カ月間の活動停止処分を受けたルイス・スアレスを、6500万ポンド(当時のレートで約111億円)という「安値」でリバプールから獲得した。バルセロナは、世界的な投資家ウォーレン・バフェットの教えを守っている。

「他人が貪欲なときには慎重に、他人が慎重なときには貪欲になれ」

 だが今年のワールドカップは、移籍市場にほとんど影響を及ぼしていない。

 もちろん、ロシア大会で注目を集めた選手はいる。ビッグクラブが目をつけている選手を3人あげるなら、ベンジャマン・パバール(フランス)、アレクサンドル・ゴロビン(ロシア)、イルビング・ロサーノ(メキシコ)といったあたりだ。しかし彼らはワールドカップがなかったとしても、同じように注目されていただろう。

 バイエルンはパバールに目をつけている。それはワールドカップで活躍したからではなく、彼がブンデスリーガのシュツットガルトですばらしいシーズンを送ったからだ。

 ドイツのフットボール誌『キッカー』は、昨シーズンの最終戦でシュツットガルトがバイエルンを4-1で破った後、両クラブの間ではパバールの移籍について「すべて合意に達している」と報じた。

 パバールのバイエルン入りは来年になりそうだとの観測もある。いずれにしても移籍が実現すれば、フランス代表で務めた右サイドバックではなく、これまでクラブでやってきたディフェンスの中央でプレーすることになるだろう。

 メジャーな大会後の移籍が減ってきたのは、ビッグクラブのスカウティングチームの活動がどんどん緻密になっているためだ。クラブは3流のリーグの試合にも専門のスカウトを送り、選手たちのデータを日々ソフトウェアに解析させている。

 アルゼンチン人のエージェント、オラシオ・パタニアンに言わせれば、今やクラブは「選手の能力も技術も弱点も、市場価値も契約上の地位も、すべて知り尽くしている」。

 失敗する移籍はまだあるが、そのリスクは実に小さくなった。クラブはある大会でたまたま活躍した選手に飛びつかなくなったし、対戦相手にいい選手を見つけたからといって契約することもなくなった。

 だが、時代についていけない人もいる。下部リーグに属するクラブの20代のオーナーが、先日のワールドカップをVIP席で見ていた。彼はある選手を指さして、「あの選手がほしい!」と言った。

「だめです」と、スタッフが言った。「彼はユベントスと交渉しています」

 ワールドカップでいい選手を見つけても、もう遅いのだ。ゆっくりとだが、フットボール界も賢くなっている。