フットボール・オーナーズファイル (2)グレイザー・ファミリー/マンチェスター・ユナイテッド() 2005年、マンチェスター・ユナイテッドがアメリカ人ビリオネアに買収された。プレミアリーグでもっとも成功に彩られてきたクラブが欧州以外の人…
フットボール・オーナーズファイル (2)
グレイザー・ファミリー/マンチェスター・ユナイテッド
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2005年、マンチェスター・ユナイテッドがアメリカ人ビリオネアに買収された。プレミアリーグでもっとも成功に彩られてきたクラブが欧州以外の人物の手に渡ったことは、驚きをもって伝えられた。その後、彼らの買収の手法が明るみになると、さらに大きな物議を醸すことになる。
2017年、ヨーロッパリーグを制したマンUのモウリーニョ監督
photo by Press Association/AFLO
マルコム・グレイザー――アメリカのビジネス界でのし上がり、一大帝国を築き上げた一家の家長である。当時、チェルシーのロマン・アブラモビッチを追うように、世界中の富豪たちがイングランドのフットボールクラブに食指を伸ばしていたが、イギリス国内に彼の名を知る者は少なかった。
ニューヨークの貧しいリトアニア系ユダヤ人一家に生まれた彼は、15歳のときに父が他界したことによって家業を継いだ。飛び込みの営業で腕時計を売って回り、のちに時計製造業と不動産業で財を成した。彼の不動産会社は現在、全米に何百万フィートもの敷地を所有し、多くのショッピングモールに貸与しているという。同時に、メディアや老人ホーム、鮮魚加工などのビジネスも展開している。
彼は倹約家だった。2005年に英『ガーディアン』紙のアレン・セントジョン記者がマルコムにインタビューした際、こう言われたという。
「君の履いているパンツはヒューゴ・ボスのもので、200ドルはくだらない。それに対して、私のものはJCペニー(アメリカに本社を置く大手百貨店チェーン)のセールで19.95ドル。それでも私の方が自分のズボンに愛着を持っている。なぜなら、私には自分のズボンに20ドルも払えなかった過去があり、それをよく覚えているからだ」
ただしグレイザー家は、ビジネスにおいては搾り取れるだけ搾り取った。有名なところでは、トレーラーパーク(トレーラー向けの大型駐車場。住居として利用する人もいる)の賃料を、ペット1匹あたり5ドル、子供ひとりにつき3ドル引き上げたことがある。これにより、グレイザーは「悪徳家主」と呼ばれることになった。
アメリカ本国で大きな注目を集めるようになったのは、1995年にスポーツ界に進出してからだ。アメリカンフットボールをまったく知らなかったにもかかわらず、タンパベイ・バッカニアーズを1億9200万ドル(当時のレートで約192億9000万円)で買収。当時のNFLフランチャイズ権獲得における最高額で落札し、経営は3人の息子であるジョエル、ブライアン、エドワードに託した。
当時のバックス(バッカニアーズの愛称)は成績が低迷しており、この買収はあまり”おいしいビジネス”とは思われていなかったが、グレイザー家はすぐにいいアイディアを思いつく。
経営的に、バックスには新しいスタジアムが必要だったが、その莫大なコストは負担したくない。そこで市の行政にかけあい、建設費の半分はグレイザー家が払い、残りは税金で賄うように依頼した。さもなければ、「バックスの本拠地を別の場所に移さなければならない」とつけ加えて。
市からの妥協案が却下されたあと、ひとりの”政治屋”が斬新なアイディアを持ち寄ってきた。それは「コミュニティー投資税」と呼ばれるもので、向こう30年間にわたって消費税のうちの0.5%を教育や法曹機関に加え、公共施設事業の返済に充てようとするものである。
これにより、30年間で計上されるおよそ27億ドル(約3021億円)の市税から、新スタジアムの建設費をまかなえるようになった。そのスタジアムで計上される売り上げは、すべてオーナーが懐に収めるというのに。
巧妙な手口で、オーナーのためにスタジアム建設費を払わせられる可能性を知った貧しい市民たちや活動家、政治家たちは憤慨した。ところが、住民投票では53%の賛成票を得て、1998年にレイモンド・ジェームス・スタジアムは完成(建設費は約1億6800万ドル=当時のレートで約222億5000万円)。のちに長さ約31メートル、重さ43トンの海賊船が設置され、得点が入るたびに盛大な花火を打ち上げるようになった。
最終的にグレイザー家は、私財をほとんど投じることなくスタジアムを手にした。米『フォーブス』誌によると、現在のバックスの資産価値は9億8100万ドル(約1097億2000万円)と見積もられている。グレイザーがチームを買った額のおよそ5倍だ。
バックスで成功を収めたことより、グレイザー家はマンチェスター・ユナイテッドを「現実的に買収できるもの」と考えるようになった。ジョエルとアブラムは大のサッカーファンであり、このクラブの世界的な名声はどのスポーツクラブよりも高いと確信していた。そして、その価値は実質よりも低く見積もられている、とも。
実は、オーストラリア人の”メディア王”ルパート・マードックも同じような考えを持っていた。1999年にユナイテッドの買収を試み、6億2340万ポンド(当時のレートで約1160億円)で合意に至りかけたが、英国政府の独占および合併委員会が却下。マードックが携わるフットボールの放映ビジネスとの利害関係が、適切でないと判断されたのである。
それに対し、グレイザー家はユナイテッドの株を密かに買い集めていたが、彼らを買収に導いたのは一頭の馬に関する”いざこざ”だった。
ユナイテッドの株を約29%所有していたジョン・マグナーとJ・P・マクマナスは、当時の同クラブを率いていたアレックス・ファーガソンと共同で、名馬ロック・オブ・ジブラルタルを保有していた。ところが、ファーガソンが種牡馬の権利についてほかの共同オーナーたちと揉めたことで、2人のユナイテッドのフロント内での立ち位置もゆらぎ、株を売りに出すことになる。そこで手を挙げたのが、グレイザー家だったのである。
過半数の株を手にしたグレイザーは『レッド・フットボール株式会社』を立ち上げ、クラブの運営に着手──ただし彼らはこの買収に際しても、ほとんど自分たちの懐を痛めていない。
その手法はレバレッジド・バイアウト(LBO)と呼ばれるもので、買収先を担保に資金を借り入れるというものだ(買収額は7億9000万ポンド=当時のレートで約1580億円)。つまり、ユナイテッドそのものに借金を背負わせ、それをユナイテッドの利益によって返済していくのである。これを知った地元のメディアやサポーターは強い不満を示し、グレイザー家の経営に反対するサポーターの有志でFCユナイテッド・オブ・マンチェスター(現プレミアリーグ6部)というクラブを設立する事態にまで発展した。
それまでの75年間、一度も負債を抱えたことがなかったクラブは莫大な赤字を計上するようになった。それでもグレイザー家とユナイテッドは、クラブの継続的な成功と商業的価値の最大限の利用、テレビ放映権の高騰などにより、借金を返済し続けた(返済額が年間6000万ポンドに上る年も)。グレイザー家が実権を握り始めてから、ファーガソン率いるユナイテッドは、5度のプレミアリーグ、3度のリーグカップ、クラブワールドカップ、チャンピオンズリーグを制している。
2016年には、イングランドのクラブとして初めて年間5億ポンド(当時のレートで約724億円)の収益を記録し、利益は過去最高の6800万ポンド(約98億5000万円)に達した。イギリスの『デイリー・テレグラフ』紙の記事(2017年9月)によれば、8億ポンド近くあったクラブの負債は2億1310万ポンド(約309億5000万円)まで減少。グレイザー家はビジネスの手腕をいかんなく発揮し、公式ワインパートナー、公式タイヤパートナー、公式塗料パートナーなど、これまでになかった大型スポンサーを獲得して、収益を倍増させたのである。
家長のマルコムは2014年に他界したが、2人の息子、ジョエルとアブラムが後を引き継ぎ、そのほか4人の兄弟がディレクターに収まっている。”赤い悪魔”の頂点には、グレイザー家の王朝があるのだ。
彼らが成したことをどう評価すればいいのか。ビジネス面に関しては、その功績は大きい。彼らの買収とそれに続くクラブの価値の飛躍的な上昇、商業価値を最大限に生かした運営は、経営面にとてつもない恩恵をもたらしたといえる。
『フォーブス』誌によると、現在のユナイテッドの資産価値は36億8900万ドルで、レアル・マドリードを抜いて世界一になった。チームはファーガソン退任後に苦しんだが、現監督のジョゼ・モウリーニョを招聘してからはチャンピオンズリーグの出場権を獲得し続けている。
しかし、多くのサポーターの見方は違う。買収から10年後の2015年、『マンチェスター・ユナイテッド・サポーターズ・トラスト』と称するファン団体は、次のようなリリースを発表し、クラブがグレイザー家にどれだけ搾取されたのかを世間に知らせた。
「私財を一銭も投ずることのない買収は、ほとんどのクラブでは『所有権の犯罪』と考えられる。しかも彼ら(グレイザー家)はそれだけでは飽き足らず、マンチェスター・ユナイテッドから多額のカネを貪っているのだ。
レバレッジド・バイアウトによる借金の返済にとどまらず、株主である自らへの報酬や、いまだにクラブが抱える借金を考慮すれば、その額はゆうに10億ポンドを超える。その額は今も増え続けている。古今東西のフットボール史において、これほどまでにクラブからカネをむしり取ったオーナーはいない」
■著者プロフィール■
ジェームス・モンターギュ
1979年生まれ。フットボール、政治、文化について精力的に取材と執筆を続けるイギリス人ジャーナリスト。米『ニューヨーク・タイムズ』紙、英『ワールドサッカー』誌、米『ブリーチャー・リポート』などに寄稿する。2015年に上梓した2冊目の著作『Thirty One Nil: On the Road With Football’s Outsiders』は、同年のクロス・ブリティッシュ・スポーツブックイヤーで最優秀フットボールブック賞に選ばれた。そして2017年8月に『The Billionaires Club: The Unstoppable Rise of Football’s Super-Rich Owners』を出版。日本語版(『億万長者サッカークラブ サッカー界を支配する狂気のマネーゲーム』田邊雅之訳 カンゼン)は今年4月にリリースされた。
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