第12戦・ハンガリーGPを前にした木曜の朝、トロロッソ・ホンダに衝撃が走った。テクニカルディレクターのジェームス・キーがマクラーレンに電撃移籍したのだ。トロロッソ・ホンダは今後の開発をどのように進めるのか 報道を受けたかたちでマクラー…

 第12戦・ハンガリーGPを前にした木曜の朝、トロロッソ・ホンダに衝撃が走った。テクニカルディレクターのジェームス・キーがマクラーレンに電撃移籍したのだ。



トロロッソ・ホンダは今後の開発をどのように進めるのか

 報道を受けたかたちでマクラーレンは公式にこれを認めたが、トロロッソとしては完全に寝耳に水の事態だった。というのも、3週間前のイギリスGPの際にはシルバーストンのパドックに設えられたレッドブルのモーターホームで、レッドブルのテクニカルディレクターであるピエール・ヴァッシェ、ホンダのテクニカルディレクターである田辺豊治とともにミーティングを行なっており、来季に向けたマシン開発についてレッドブル、トロロッソ、ホンダの3者による話し合いの主要人物だったはずだからだ。

 この事態に対してトロロッソは、フランツ・トスト代表が「ジェームス・キーはトロロッソとの間に有効な長期的契約を結んでいる。ただし、契約の内容は部外秘であるため、その詳細について我々はコメントしない」という短いコメントを発表しただけで沈黙を貫いた。

 トロロッソはキーとの間に有効な契約を保持しており、まだキーはその契約下にあり、トロロッソもキーが離脱するとは思っていなかった。

 キーがマクラーレンでテクニカルディレクターとしての職務をスタートすることはできるのかと、トロロッソの広報に尋ねるとこう語った。

「我々には長期契約がある。それが今の状況だということです。そこから先がどうなるかはわかりませんし、現時点で言えるのはこれだけです」

 通常、どのチームもエンジニアとの契約には6ヵ月間の「ガーデニング休暇」と呼ばれる条項を含んでいる。他チームに移籍する場合には、契約期間の最後の6ヵ月間は職務から離れ、他チームに自分たちの最新情報が渡らないようにするというものだ。メルセデスAMGのように、これを1年に引き延ばして情報流出を阻止するケースもある。そのくらいF1界において、情報は大きな武器になるということだ。

 現時点でもまだキーがトロロッソの契約下にあるということは、ガーデニング休暇を挟まねばならず、今すぐにマクラーレンで来季型マシンの開発に携わることはできないということだ。

 マクラーレンが情報をリークしてイギリスメディアに書かせ、それを追認するというかたちを採ったのは明らかだが、そうしたのは、このガーデニング休暇の期間を短くして1日でも早くキーの職務をスタートさせるためだったと見られている。実際にマクラーレンは、2014年に当時技術責任者を務めていたパディ・ロウのガーデニング休暇を免除してメルセデスAMGに引き渡す代わりに、ホンダとタッグを組むためにメルセデスAMGとのパワーユニット契約の早期解除を認めさせるという交換条件を成功させている。

 今回の場合も、自分たちで守秘義務違反を犯すことなく、メディアの報道というかたちで既成事実化し、キーとの契約をトロロッソへ通達して条件交渉を開始しようというわけだ。

 これに対し、トロロッソ関係者の口は重いが、その口ぶりからすればキーとの関係を継続する意志はなく、キーとの間に残る契約をタテにマクラーレンから少しでも有利な条件を引き出そうという構えだ。だからこそ、契約違反になりそうな発言は極力控えているというわけだ。

「僕からコメントすることはないよ。状況がまだクリアじゃないし、マクラーレンは今朝になってそう言っているみたいだけど、トロロッソ側はそれを受けて契約があると言っているし、状況はまだはっきりとしていないよね。もちろん、ジェームスはチームのなかで重要な要素だったし、パフォーマンスをもたらす重要な人物だったわけだから、チームの中から”キー”パーソンを失うのは残念だよ」(ピエール・ガスリー)

 一部では、ブレンドン・ハートレイの代役として、一時レッドブル側から問い合わせがあったランド・ノリスの貸し出しを交換条件として挙げていると報じられているが、これらも前述のとおりマクラーレン側からのリークで、ザック・ブラウン代表がマネージメントしているノリスの価値を上げるためのものでしかない。

 一方では、キーの離脱とは関係なく、以前から水面下でマクラーレンとホンダの間でストフェル・バンドーンの処遇についての話し合いが行なわれていると言われており、彼の存在がクローズアップされてくる可能性もある。

 いずれにしても、トロロッソ側もキーを引き留められるとは思っておらず、マクラーレンとタフネゴシエーションを行なうつもりでいるというわけだ。

 テクニカルディレクターという技術部門を統括する存在を失ったトロロッソのダメージは小さくない。しかしキーがいなくなったからといって、すぐにチームが機能しなくなるわけではない。

 ハートレイはこう語る。

「正直言ってそれが本当かどうかも知らないし、彼の離脱がどんな影響を及ぼすのかは僕がコメントすべきことではないと思う。僕はクルマをドライブすることに集中すべきだろう。僕からは何も言うことはないし、記事の見出しになるようなことを言うつもりはないよ。

 ジェームスは何年このチームにいたんだっけ? 5年? 僕がここに来る前からいて、このチームのなかで大きな存在ではあったけど、チームというのは大勢の人間によって構成されている組織であって、ひとりの人間が抜けたからといってすぐに機能不全に陥るようなものではないよ」

 キーの後任を据えるのか、もしくは統括役のテクニカルディレクターを据えるのではなく、技術各部門(空力、メカニカル、パワーユニットなど)のトップが合議制で進めるかたちで乗り切るのか――。トロロッソ側の対応策はまだ決まっていない。

 しかし、今週末のハンガリーGPについてはキー離脱の影響はない。レース運営の責任者はチーフレースエンジニアのジョナサン・エドルスであり、どちらかといえば、開発部門を統括する技術責任者であるキーは現場に来るときもあればそうでないときもあり、レース運営に直接携わっていたわけではないからだ。

 ホンダの田辺テクニカルディレクターはこう語る。

「ホンダ側としては、メインのコンタクト先はテクニカルディレクターであるジェームスでしたが、レース週末に関してはジョナサンが基本的なオペレーションの責任を負っていますし、彼とコンタクトするというのが通常の手順でした。そのときの現場にジェームスや彼の代理の人間がいれば、彼らも一緒にというかたちでした。

 ですから、今週末のオペレーションに関しては特に影響はないんです。来年のクルマの開発などに関しては、この先(チーム側の体制が)どうなるかによりますね。チーム側の動きに関して、我々はまだ何も情報は持っていませんし、どうなるかわかりません」

 ハンガロリンクは全開率が低くパワー感度が低いため、トロロッソにとっては第6戦・モナコGPに次いで得意なサーキットだ。ここでしっかりとポイントを獲ってシーズン前半戦を終え、夏休みに突入したいところだが、その直前に巻き起こったキーパーソン離脱の騒動をどう乗り越えるのか。

 冷静に戦いさえすれば、今週末に関しては影響はないはずだ。まずはここをしっかりと乗り切り、今後の開発に向けた対策は改めてしっかりと検討し、打開策を打ち出すこと。それが今のトロロッソ・ホンダに求められていることだ。