フランスの優勝で幕を閉じたロシアW杯。クロアチアやベルギーといったフレッシュな顔ぶれが上位に進出する一方、いわゆるメジャー国、強豪国の早期敗退が目につく大会でもあった。そのうちのひとつスペインは、開催国ロシアの前に決勝トーナメント1回…
フランスの優勝で幕を閉じたロシアW杯。クロアチアやベルギーといったフレッシュな顔ぶれが上位に進出する一方、いわゆるメジャー国、強豪国の早期敗退が目につく大会でもあった。そのうちのひとつスペインは、開催国ロシアの前に決勝トーナメント1回戦で敗れ去った。サッカー大国スペインに何が起きたのか。
日本サッカー協会とJリーグによる育成年代の強化を目的とした協働プログラム(JJP)により、1年間にわたるレアル・ソシエダの育成組織でのコーチ研修を終えたばかりの東京ヴェルディ前監督・冨樫剛一氏に聞いた。
決勝トーナメント1回戦でロシアに敗れたスペイン代表
――スペインがベスト16で敗退するとは、期待はずれだったのではないですか。
「やはり、監督というのはチームに与える影響が大きいんだなと、あらためて思いました。僕は今回のW杯を、何試合かはスペインで見ていたんです。代表監督が代わると、期待のされ方がこう変わるものなんだと、肌で実感しました。『勝てないでしょ』と言ってる人も多かったんです。
フレン・ロペテギ前監督が解任されて、後任がフェルナンド・イエロになると決まると、ソシエダの人たちはみんな興味を失いました。イエロも監督経験はあるけれど、その期間は短く、ちょっと経験不足のところがあります。ロペテギは代表の育成の監督をずっとやっていたので、今の中心選手はロペテギから仕込まれているんです。そういう意味でも監督交代は大きかった。
ソシエダ的にいうと、下部組織出身で、現在はレアル・マドリードのアルバロ・オドリオソラに期待をしていたんです。大会前の親善試合スイス戦では、右SBのダニエル・カルバハルがケガをしていたこともあって、先発して得点も決めていた。だから、本番でも先発があるかと期待されていたんです。
ところが、監督がイエロになると、起用したのは守備的なナチョだった。そうなると、ソシエダ的には関心の的はスペイン代表ではなくて、下部組織出身のアントワーヌ・グリーズマン(フランス代表)に変わっちゃいました(笑)。あとは悪口です。『代表なんてしょせんレアルの金で成り立っているんだろう』って(笑)」
――初戦はポルトガル相手に引き分け発進でした。
「ポルトガル戦はクリスティアーノ(・ロナウド)という特別な人間が単純にすごかったと思います。ただ、その3点目、あそこで簡単にファウルをしてリスタートを取られるということは、たぶんロペテギだったらないんですよ。前監督の影響がそんなに急に消えることはないと思いますけど、たとえば試合前のミーティングなどで選手にどういうふうに伝えるかは、やはりその人のオリジナリティが出るところです。(東京ヴェルディのミゲル・アンヘル・)ロティーナ監督なら、試合前に”どこそこではファウルするな”と言います。やらなきゃいけないことをどこまでミーティングで整理できるかは、監督の手腕です。
たとえば、日本代表を見ても、西野(朗)さんがグループの結束を促すことができたのはすごいことだと思います。昔のヴェルディもそういうところがあった。ハーフタイム、松木(安太郎)さんはうろちょろするだけなんです。『お腹、痛いヤツはいないか?』なんて言っている。ラモスさんや(柱谷)哲さんがいろいろな話をしていて、笛が鳴ると、松木さんが『準備できたか』と言うんです。
僕が監督のときのハーフタイムも、選手が帰ってきて、15分のうちこっちを向かせるのは5分だけ。そのうちの3分で、攻撃のこと、守備のこと、チームのことという3つのテーマでしゃべるんです。たぶん日本代表は今回、長谷部(誠)、乾(貴士)、(吉田)麻也あたりがいろいろと話していたのかなと想像しています」
――ソシエダに近いエイバルに所属していた乾選手は大活躍でしたね。
「乾君は心身ともに充実していたんだろうなと思います。あと、選手と選手の間には、独特の距離感であったり、無性にパスを出せる関係性、たとえマークがついていようが預けてリターンをもらう関係性というのがあるんですよ。スペインだと、シャビとアンドレス・イニエスタの間にあるような関係。それが、乾と香川(真司)の間にありましたよね。5メートルのなかで時間をつくったり、日本にとってはすごくいいラインができていたと思います」
――スペインの話に戻ると、モロッコ戦、イラン戦も苦戦しました。
「守備がルーズだなと、初戦で思いました。もともとそんなにガチッとしているわけではないですが、あまりにもルーズで、負けなくてよかったです。あと、今大会はVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の影響がありましたよね。モロッコ戦は負けておかしくないところが、VARのおかげで勝てた。あれがなかったら予選敗退です。
やはりリーダー(監督)の存在は強く影響するんだなと思いました。強烈なリーダーシップがあるボスみたいなタイプもいるだろうし、西野さんみたいにみんなでやれる雰囲気をつくる人もいる。でも、今回のスペインのように、W杯開幕の2日前に新監督になって大会に入るというのは本当に難しい。優勝候補がここまでなり下がっちゃうんですから。だから世界では、監督に金をかけるんだなと思います。日本代表も、ベスト16の壁を越えるためには、監督に金をかける時代にならないといけないのかもしれません」
――そして、スペインの決勝トーナメント1回戦の相手はロシアでした。
「ロシア戦は、あれだけ守備ブロックをつくられたら、崩すのは難しいですよね。それに対して、スペインはあまりにも無秩序な状態でボールを持っていた。狙いがわかりづらかったです。イスコはフリーに動いているけど、効果的かというと、そうでもなかった。なんのためのフリーマンかよくわからず、周囲もその即興性を狙っているだけで、偶発性に賭けた攻撃になってしまっていました。パスなどの関係性での崩しは、練習を積んで仕込んだ形があるからこそ、即興性が生きる。そう考えると、スペインがやっていることはあまりにも場当たり的でした。
選手交代も、4試合通して課題はほぼ同じでした。自分が監督だったら、まずは選手を代えないで、配置を変えるのがベストだと考えます。で、その次に人を代えて、相手に与える脅威を出していくという考え方です。イエロは監督の経験があまりないので、選手交代も怖かったんだと思います。スペインの早期敗退の要因は、監督の経験がなかったことに尽きると思います」
――番狂わせを演じたロシアはいかがでしたか。
「ロシアの監督はカッコよかったですよね。ガッツポーズをしてスタジアムを煽ったり。何を味方につけたらいいかというのが、すごくわかっていた。
感じたのは、W杯は4年に1度の国と国が激突するシビアな大会ですけど、彼らヨーロッパ人には余裕がありますよね。監督にも選手にもエンターテイメントの部分があって、それがその国のアイデンティティになっていたりする。余裕があるか、楽しめているか、幸せかどうか。それがすごく見えた気がします。スペイン人だって、一番大事なのは幸せかどうかですからね。幸せだからこそフットボールも楽しめる、ということです。
ロシアは満員の観衆のなかでスペインと戦えて、スペインは悪役のデストロイヤー的な役回りでしたよね。そのなかでしっかりと勝利することができた。スペインは余裕ぶっていたけど、それ以上のものはなかった。スタメンのチョイスを含めて、90分で勝つプランニングという点で、選手に依存する形が大きかったと思います」
――最後まで監督交代悪影響を払拭できなかったのですかね?
「リーダー不在で無秩序になったときに、バラバラになりましたよね。逆に日本人だったら、無秩序になってもなんとかしたと思います。
スペインで、なぜ練習のときにルールや制限をつけるかというと、それがないと勝手にやって勝手にゴールを狙っちゃうからなんです。だから、これはどういう場面でのどういう作業だよと、選手たちに理解させてトレーニグしないとダメなんです。だからこそ、今回はバラバラになったんだと思います。
イエロという、元スペイン代表主将の有名人がいきなり監督としてきたときに、コーチは喧嘩ができるのか。それはスペイン人でも難しいと思いますし、たとえ意見を言えたとしても、それを受け取って考えるに至る人間性がイエロにあるのかという問題もあります。
今回は、スペインのことや日本のこと、いろいろなものが見えて、自分にとっては研修の1年間を振り返ることのできる、とても面白い大会でした」