チームがグループリーグを突破してベスト16へ進出したばかりか、自身も全4試合に出場して2ゴール。先ごろのワールドカップをあらためて振り返ってみても、日本代表の躍進において、乾貴士の充実ぶりは見逃せない。ロシアW杯で日本代表の攻撃をけん…

 チームがグループリーグを突破してベスト16へ進出したばかりか、自身も全4試合に出場して2ゴール。先ごろのワールドカップをあらためて振り返ってみても、日本代表の躍進において、乾貴士の充実ぶりは見逃せない。



ロシアW杯で日本代表の攻撃をけん引した乾貴士

 同じベスト16進出でも、今大会が2010年南アフリカ大会以上に価値が高いのは、専守防衛に徹した8年前とは違い、日本代表が自らボールを保持する時間を長くし、より主体的に試合を進めたことで手にした結果だったからだ。

 そんななか、ともすればショートパス頼みになって手詰まりになりかねない日本代表の攻撃に、アクセントをつけていたのが乾だった。

 ゴールラインギリギリまで深くえぐるドリブルや、相手を抜き切らずにコースを見つけて放つシュートなど、ラ・リーガで磨きをかけた技術は、日本代表の大きな武器となっていた。今大会の日本代表はサイドチェンジの長いパスを多用していたが、それが効果的だったのも、乾の存在があったからだろう。

 自らのもとに届けられたサイドチェンジのパスを、惚れ惚れするような柔らかなトラップで止めて、縦に仕掛ける。小柄な背番号14が大きなDFを翻弄する様は実に痛快だった。

 とはいえ、ロシアで際立つ活躍を見せた乾も、それまでの日本代表では、主力でもなければ、常連でもなかった。

 さらに時計の針を巻き戻しても、横浜F・マリノス、セレッソ大阪を経て、2011年にヨーロッパへと戦いの舞台を移した乾だが、Jリーグでプレーしていたときでさえ、同じセレッソから海を渡った香川真司や清武弘嗣とは違い、本当の意味でJリーグのトップ・オブ・トップの選手ではなかったのだ。

 そんな乾が、今ではラ・リーガで最も大きな成功を収めた日本人選手となり、ワールドカップでも世界を驚かせるプレーを見せたのである。日本でくすぶっていた才能が、海の向こうの”別の価値観を持つ国”で開花したといってもいいのかもしれない。

 日本ではパス重視の傾向が強まった結果、若い選手に個性がなくなったといわれる昨今、日本で完全には評価されていなかった才能が、スペインを経て、ワールドカップの舞台で開花したというサクセスストーリーは、非常に魅力的に聞こえる。今回、乾がクローズアップされたことで、「やはり自分で仕掛けられる選手が日本にも必要。乾のようなドリブラーを育てなければならない」といった声は、確実に高まるだろう。

 しかし、そもそも乾に才能があったのは事実だとしても、日本にいた当時の彼に足りないものがあったことも確かだ。

 例えば、ドリブルで縦に仕掛けるにしても、かつての乾は”やりっぱなし”。やりたいことをやるだけで、ボールを奪われても守備への切り替えは遅く、下手をすれば逆襲を喰うのがオチだった。守備のときにしても、何となくプレーしている印象が強かった。

 ところが、今の乾は違う。

 日本では前線の選手の守備というと、高い位置から猛烈なプレスをかけたり、あるいは、自陣のペナルティーエリア内まで戻って相手のシュートをブロックしたり、という目立つプレーが取り上げられがちだが、大事なのは必ずしもそういうことではない。

 それ以上に重要なのは、危ないスペースを先に埋め、ピンチを未然に防げるかどうか。その点において、乾はスペインへ渡り、守備のためのポジション取りが非常にうまくなっている。

 例えば、攻めている日本が敵陣の(日本の攻撃方向から見て)右サイドでボールを失ったとする。このとき、逆サイドにいる乾は、まずは自分がマークすべき選手(対面の右サイドバックや右サイドハーフ)についていくのが基本だ。

 しかし、目的は失点しないことであって、自分の役目を果たすことではない。当然、自分の対面以上に危ない場所があれば、そこを先に消さなければならない。

 そんなとき――例えば、センターサークル付近に大きなスペースがあり、そこで相手のボランチがボールを受けてしまうと、前線へパスを通されてしまう、というようなとき、すぐに中央へ絞ってきて、危ないスペースを埋めてしまう。乾はそういうことがスムーズにできるようになっている。

 自分がポジションを変えるだけではない。自分が動くことでマークを外してしまうことになる相手選手がいれば、周りの選手に声をかけ、自分と連動してもらってマークを受け渡すといったことも積極的に行なっていた。今回のワールドカップでは、乾と香川を中心にチーム全体へと連係が広がっていった印象があるが、それは乾がこうした働きかけをしていたからだろう。

 もちろん、乾のような選手――ときに独善的とも思われかねないドリブラーは、もっと評価されるべきであり、日本代表にももっと出てきてほしい選手ではある。チームワークを重んじる日本の風土が、彼のようなタイプの選手が出てくることにフタをしている側面がないわけではない。

 だが、ドリブラーがドリブラーとしての才能を開花させるためには、身につけなければいけないことがある。そのことも理解されなければならない。

 乾は日本にいた頃と何も変わっていないのに、突如ブレイクしたのか。それとも、海を渡り、何かが変わったからブレイクできたのか。

 そこを理解することなく、日本から”第二の乾”は出てこない。