【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】W杯で優勝したフランスの現在(後編)前編を読む>> フランス代表の19歳の天才キリアン・ムバッペは、パリに近いボンディという「バンリュー(郊外)」で育った。このバンリューに住む若者たちも、…
【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】W杯で優勝したフランスの現在(後編)
前編を読む>>
フランス代表の19歳の天才キリアン・ムバッペは、パリに近いボンディという「バンリュー(郊外)」で育った。このバンリューに住む若者たちも、多くのアイデンティティーを持っている。ボンディではさまざまな人種の若者たちが、大スクリーンの前に集まって試合を見ていた。彼らにはフランス人だという自覚があるが、別の日には別の国を応援するかもしれない。
たとえばムバッペは、父がカメルーン人、母がアルジェリア人と、バンリューでは典型的な「ミックス」だ。しかし、ほとんどのバンリューには白人もたくさん住んでいる。アメリカと違って、フランスには黒人だけが住む地区はない。
選手たちがフランス人だという自覚を持つ理由のひとつは、フランスに育てられたことだ。6歳になると、彼らは地元の自治体が助成金を出しているアマチュアクラブに加入する。資格を持ったコーチがいて、きれいなピッチがある。
僕は以前、ポール・ポグバが育ったバンリューを訪れ、彼を指導した監督のサンブー・タティに会った。小さかったときのポグバはとにかくドリブルが大好きで、我慢させるのが大変だったと、タティは言った。
優勝報告会でのディディエ・デシャン監督(左)とエマニュエル・マクロン大統領 photo by AFP/AFLO
フットボールシーズンの週末になると、僕は早起きをして、息子たち(9歳の双子だ)をバンリューのどこかで行なわれる試合に連れていく。フットボールはフランス社会の一部になっており、住民の統合が最もうまく進んでいる領域だと思う。僕の息子たちのチームも対戦相手も、どちらも多人種混合だ。一度対戦した少年チームのコーチはイスラム教徒の女性で、トラックスーツを着てベールをかぶっていた。
バンリューではイギリスの貧しい地域よりも、国の存在が強く感じられる。息子たちをグラウンドまで車で送った後、僕はたいてい試合前にコーヒーを飲む店を探すのだが、バンリューの目抜き通りでは「地下鉄駅建設予定地」という看板を目にすることが多い。
完成予定日はたいてい2025年前後になっている。ヨーロッパ最大の公共交通網となる「グラン・パリ・エクスプレス」が、このころ開通する予定なのだ。今まで貧しいバンリューとパリの中心部の間には「見えない壁」があると言われてきたが、このプロジェクトでバンリューは一気にパリ首都圏に組み込まれる。
フランスは立ち直りつつある。ワールドカップ決勝の後に国中の通りで繰り広げられたパーティーは、2015~16年に頻繁に事件を起こしたテロリストたちから、フランスが公共の場を取り戻したことを示している。
ずいぶん長い間、フランス人は「悲観主義」の世界チャンピオンだった。新年に世論調査を行なえば、「今年は昨年より悪い年になる」と答える人の割合が群を抜いて高そうだった。しかし2016年の後半あたりから、そんな空気にも変化が見えてきた。
今では、フランスと自分との両方に好感を持たせるよう振る舞える指導者までいる。エマニュエル・マクロン大統領は、幸運をもたらしそうな男だ。前任のフランソワ・オランドがまだ大統領の座にいたら、フランスはワールドカップを獲得できなかったのではないかとさえ思えてくる。
それでも、今のムードは永遠には続かない。またテロ事件が起こり、景気後退があり、南アフリカ大会のときのように態度の悪いフットボール選手も出てくるだろう。
しかし、フランスが「元気」を必要とするときには、海峡の向こうに目を向ければいい。イングランドは今大会でクロアチアに敗れている。フランスは昨年の選挙で内向きのポピュリズムが勢力を広げるのを食い止めたが、イギリスの有権者はその罠(わな)にはまってしまった。
さて、パリで旅の洗濯をすませたら、ひと足早く休暇先に出かけている家族に合流するとしよう。すでに僕はiPhoneのFaceTime(ビデオ通話)を通じて息子たちの様子を知っているが、自分の応援するチームがワールドカップを獲得した9歳の子どもほど幸せな存在は、世界にいない。
わが家の子どもたちはポグバと同じく、何の疑いも持たずに自分をフランス人だと思っている。
ロシアW杯関連記事一覧はこちら>>
◇クリンスマンが驚いた日本のプレー。「組織は見事で、フィジカルが強い」