ドイツGP9連勝である。9年連続のポールポジションからの優勝――つまり毎年、予選最速タイムでポールポジションを獲得し、翌日の決勝レースで競争相手全員を押さえつけてトップでチェッカーを受けることを9年間も続けている、ということだ。マルク…

 ドイツGP9連勝である。9年連続のポールポジションからの優勝――つまり毎年、予選最速タイムでポールポジションを獲得し、翌日の決勝レースで競争相手全員を押さえつけてトップでチェッカーを受けることを9年間も続けている、ということだ。



マルク・マルケス(中央)は2010年からドイツで負けたことがない

 マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)がこの9年間に、ドイツ・ザクセンリンク・サーキットのレースで行なってきたことは、己の速さと強さのレベルを高め続けてきただけではできない。気象や路面状況に左右されるコンディション面、年年歳歳変化するライバル勢の戦闘力と彼らとの相対的な力関係で刻々と変化する戦術・戦略面への対応など、自分たちには制御不能な不確定要素も、勝利を収めるための安全マージンのなかに呑み込んですべてをコントロールしてしまう、ということである。

 マルケスが初めてザクセンリンクでポールポジションを獲得し、決勝レースで勝利を収めたのは125cc時代(当時)の2010年。8年前、まだ17歳の少年だったころだ。このときのマルケスは、2位の選手に17秒差を開いて優勝している。2011年と2012年はMoto2クラスで優勝。2013年からは最高峰のMotoGPクラスで毎年、判で押したようにポールポジションからレースをスタートして表彰台の頂点で終えている。

 ザクセンリンク・サーキットのあるサクソニー地方は、フランスのル・マンやオランダのアッセンほどではないものの、この季節は天候が不安定になることも多く、ときに粒の大きなにわか雨に見舞われる。毎年7月上中旬に行なわれるMotoGPのレースウィークでも、どこかのクラスのどこかのセッションがウェットコンディションになることもたびたびだった。

 しかし今年は、気象予報は週末を通じて好天で、実際に金曜午前のフリープラクティスから日曜午後の決勝まで、この季節らしい強い日射しとカラリと暑い陽気に包まれた3日間となった。レースをするうえでは、安定したいいコンディションだが、この安定した外部条件はマルケスにのみ利するわけではなく、ライバル勢にもおしなべて戦闘力を高める絶好の機会を与えることになる。

 金曜日のフリー走行を終えた段階で、マルケスは「今回は安定したコンディション下で、皆がいいセットアップを見つけてくるだろうから、レースは厳しい戦いになると思う」と予測していた。さらに、今年の場合は「数戦前にも言ったけど、今のドゥカティはどのコースでも速さを発揮している」という不穏な要素もあった。

 コース全長がシーズン全19戦でもっとも短いため、決勝レースは30周という長丁場で、しかも左コーナーが10に対して右が3という極端な差のあるレイアウトのため、「タイヤが消耗してくるレース中盤以降はどんな戦いになるのか、まったく予想がつかない。勝負はうまい戦略を使えるかどうかにかかっている」。

 これはマルケスに限らず、フリープラクティスや予選で好調な速さを発揮していた上位勢の選手が皆、口を揃えたように話していたことだ。

 それだけに、マルケス有利という状況は動かないとしても、そこにヤマハやドゥカティ勢がどれだけ高い戦闘力を発揮して肉薄してくるのかは、マルケスがポールポジションを獲得した土曜午後でも、まだ不透明な状態だった。

「一年が終わると、ザクセンリンクで誰が勝ったのか憶えている人はほとんどいないけど、この年に誰がチャンピオンを獲ったのかは、皆が憶えている。いつか誰かが自分を破るだろうけど、ランキングでは(バレンティーノ・)ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)が2番手で、(マーベリック・)ビニャーレス(モビスター・ヤマハ MotoGP)が3番手なので、それを考えるとチャンピオンシップのほうが大切」

 決勝レースを翌日に控えたマルケスはそんなふうに話し、レースの展開次第では、優勝にこだわるよりもポイント獲得の賢明な戦いを選択する可能性も示唆していた。

 しかし、日曜午後2時に決勝レースが始まると、そんな不安はまったくの杞憂で、マルケスはザクセンリンクでのいつもの強さを発揮した。ちょうどレース中盤の16周目でロッシが2番手に浮上してくると、ペースを上げて少しずつ引き離しにかかった。残り10周を切ったころに2秒程度の差を築いてからは、完全にレースをコントロールするモードへ。そして、冒頭に述べたとおり、9年連続でザクセンリンクでのポールトゥウィンを達成した。

 ところで今回は、マルケスの最高峰クラス99戦目のレースだった。この99戦目段階でのマルケスの成績は、40勝・70表彰台(2位:21回、3位:9回)・48ポールポジションというすさまじい高水準の内容だ。

 ちなみに、ロッシの最高峰クラス99戦目段階での成績も調べてみた。

 500cc時代の2000年南アフリカGPデビュー戦から2006年第2戦のカタールGPまで、全99レースで彼の残した成績は、54勝・82表彰台(2位:18回、3位:10回)・30ポールポジションと、こちらも驚くほどのレベルの高さだ。勝利数や表彰台獲得総数は、マルケスよりもロッシのほうがそれぞれ一割程度多いが、これは両選手の能力差を有意に示す数字というよりも、このレベルに至ればその差はむしろ「誤差の範囲内」のようなもので、ともに卓越した能力を数字で示す統計的な証拠、という程度の意味でしかない。

 また、ひとつ注意しておかなければならないのは、ロッシが最高峰クラス99戦でこの常軌を逸した実績を残したときには、マルケスはまだ競技に加わっていなかった、ということだ。しかし、マルケスがこの数字を達成してきた背景には、いつもバレンティーノ・ロッシとの激しい戦いがあった。そして、マルケスが今のロッシの年齢になってもあれだけのハイレベルで戦えているどうか、ということを知るためには、2032年を待たなければならない。