蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.29 4年に一度のフットボールの祭典、FIFAワールドカップロシア大会が閉幕した。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。 サッカーの試合実況で日本随…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.29

 4年に一度のフットボールの祭典、FIFAワールドカップロシア大会が閉幕した。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。

 今回のテーマは、ロシアW杯での日本代表のベルギー戦について。惜しくも逆転負けとなったこの試合、どこに日本のよさがあって、どこが問題だったのか。ワールドフットボール通のトリデンテ(スペイン語で三又の槍の意)が語り合います。

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強豪ベルギーに対して、先制した日本だったが...

倉敷 それでは最後の日本代表のゲーム、7月2日にロストフ・アリーナで行なわれた決勝トーナメント1回戦、ベルギー対日本の試合を振り返ります。試合前はポーランド戦の流れを受けて日本に対しては懐疑的な目もあったでしょうが、おふたりはどのような印象を持たれたゲームでしたか。

小澤 非常に良いゲームをしたというのが率直な感想ですね。あまり対戦相手のことを気にし過ぎることなく、それまで自分たちがやってきたことを出そうという姿勢が立ち上がりから見受けられました。攻撃では自分たちがボールを持った時に良いところが出ていましたし、守備では今大会初の3バックの相手に対して、前線は大迫勇也と香川真司の2枚で制限をかけながら、時おりそこに原口元気か乾貴士も加わって、3枚の同数がかりで前からプレッシングに行くシーンも見られました。

 このチームはボールを保持している局面での良さと、前線でフィルターをかけながら守備を行なってイニシアチブをとれるチームになっていましたから、そういった攻守の良さを存分に発揮できた試合になったと思います。

中山 僕の感想は、まさにこういう試合を見たかった、というひと言に尽きます。特にそれまで日本が戦った3試合を見ていて感じていたのが、他の試合との違いでした。他の試合ではスピード感、迫力、激しさといったワールドカップならではのレベルを感じることができましたが、日本の試合はどこかまだ親善試合の延長のような緩さがあって、スタジアムの雰囲気も緊張感が薄かったように感じられました。

 でも、このベルギー戦でようやく「これがワールドカップだ」という試合をしてくれた。しかも、僕が日本代表を取材した中でもベストマッチといえる試合をしてくれたのが、うれしかったですね。そこには、勝敗とは別のサッカーの面白さや魅力がいろいろ詰まっていて、キックオフから終了まで、本当にエキサイティングな90分だったと思います。この試合なら、観客もチケット代を安く感じられたのではないでしょうか。

倉敷 僕もこの代表がとても好きだと思えたゲームでした。料理に例えるなら、下準備の過程をいっさい見せられずに出来上がりのメインディッシュをいきなりポンとテーブルに乗せられて、さあ、召し上がれという印象ですけど、これが美味かった。スピード感もあり冷めないうちに食べられた。

 香辛料の使い方もよくて、つい産地にも思いを馳せたくなる。ああ、ここがブンデスリーガから学んできたものか、ここはラ・リーガから学んできたもので、ここがプレミアリーグに学んだもの、そしてここはフランスから来ている要素と、いろいろなものがミックスされていて、それを高いレベルで日本人が体現できていたことを誇らしく感じました。

 もちろん、次のお皿はもう運ばれてこなかったし、デザートもありませんでしたが、これだけの完成度を持った日本代表を見たことがありませんでした。今の日本ができる最高のレベルを披露できたと思います。そして現在の限界も、ですね。

 では、細かく見ていきましょう。中山さんは試合の入りについてはどのような印象を受けましたか。

中山 4試合でもっともいい入り方ができましたね。この試合に対するアプローチが伺えましたし、試合後に長谷部誠が「当たって砕けろという気持ち」と話していましたが、やはりそこは、ポーランド戦の影響があったのではないでしょうか。

 あれだけ議論の対象となったポーランド戦の最後の部分に対する反動というか、そこに反発したいという気持ちがチーム内で統一されていたと思います。それによって、前からプレッシャーをかけてきた日本に対してベルギーが受け身で試合に入る羽目になりました。

小澤 同意見ですね。立ち上がり早々に香川がファーストシュートを打って、いいリズムで試合に入れたと思います。守備についても、1、2戦目で作り上げてきたチームの骨格が活かされていて、相手の3バックに対しては、右の原口元気がマンツーマン的にヤン・ヴェルトンゲンを見て、乾は中に入るドリース・メルテンスへのパスコースを消しながらも、トマ・ムニエとトビー・アルデルヴァイレルトに対して中間ポジションをとりながらうまくディフェンスができていました。

 西野朗監督が決めたのか選手たちがこの守備方法を決めたのか分かりませんが、各選手の特徴を出せるような守備ができていたと思います。

倉敷 では、そのまま序盤から前半終了までの印象をお願いします

中山 前半15分あたりから、ベルギーが攻撃のフェーズを重ねるなか、次第に日本の守備に綻びが見え始めた印象があります。やはり選手主導の守備戦術だと、どうしても限界があるということでしょうね。そこからはベルギーのほぼ一方的な流れになってしまいました。

 そのなかでひとつ気付いたのが、メルテンスのポジショニングでした。彼は通常右サイドに張っていて、左のエデン・アザールが中央寄りでプレーするパターンが多いのですが、日本ペースだった立ち上がりはメルテンスが中央寄りで、アザールが左に張る時間が多く感じられました。これは小澤さんが触れたように、乾がマークしてきたためにメルテンスが中間ポジションをとっていたのかもしれません。

 でも、ベルギーペースになった後は、やはりメルテンスが右に張ってアザールが中央に寄ってプレーしていました。それを見た時、日本の守備の網を外す方法をあっさり15分で見つけてしまったベルギーのレベルの高さを感じました。

小澤 おそらくベルギーは、事前に日本の守備方法をスカウティングしていたのでしょう。メルテンスがシャドーの位置にいた時は長友佑都が中にスライドして彼を見ていたんですけど、メルテンスが右サイドに張り出すようになった時は、長友が彼に引きつけられて、右ウイングバックのムニエがインナーラップをかけてくるようになりました。

 原口と違って左の乾貴士はそこまで相手のSBについていかないので、長友が2対1を作られて守備が混乱している場面が見受けられました。ただ、それに対して日本は無策でした。

倉敷 大会を通じて、日本はクリーンシートをひとつも作れませんでした。ただ、酒井宏樹のフィジカルの強さ、そして吉田麻也のコーチングは印象に残りました。パートナーが昌子源になって思いきって飛び込んでいけるようになったかもしれませんが、ロメル・ルカクをうまく昌子に抑えさせるなど吉田の判断力は傑出していたと思います。

 現地の中山さんに伺いたいのですが、西野監督がテクニカルエリアなどからプラン変更や戦術に対する指示を細かく送る様子は見られましたか?

中山 なかったですね。あったのはポーランド戦の終盤のシーンで長谷部を投入した時だけだと思います。あれが唯一、試合中に監督の意志によって戦い方を変更したシーンで、それ以外は、選手からも「監督がこう言ったから」というようなコメントは出てきませんでした。

 たとえば、セネガル戦後の「意外と縦パスが入るから、今までは引き気味だったけど、もう少し前から行こう」とハーフタイムに選手間で話していたという吉田のコメントからも、それが読み取れました。

小澤 今大会ではタブレットの使用が認められていて、記者席からアナリスト(分析担当)がベンチに指示を送れたのですが、日本は2カ月前に緊急就任した監督とスタッフなので、そこまでできなかったのでしょうね。

倉敷 今回認められていた通信機器の使用は日本では話題になっていないのですが、現地ではいかがですか?

中山 それが、こちらでもほとんど話題になっていないんです。ただ、やはり各ゲームを取材している中で感じるのが、今大会は試合中にシステム変更するチームが多いということです。それがタブレット使用許可の影響なのか、もともと準備していたのかは分かりませんが、これから大会を総括する時にその手の話題が出てくることを期待したいですね。

倉敷 では、後半に話題を移します。立ち上がり早々、日本は48分と52分に立て続けに美しい得点を奪います。小澤さん、この時間帯の印象をお願いします。

小澤 先制ゴールは乾の守備からスタートしています。ただ、ベルギーはケビン・デブライネとアクセル・ヴィツェルのところは守備面で緩さがあったので、柴崎岳の横パスに対してもそれほど食いついてこなかったことがひとつあると思います。なので、あそこは日本も狙っていたので、原口を走らせることができたのではないでしょうか。

 それと、原口のシュートが素晴らしかった。あの場面で、あのボールスピードのままシュートを打っていたら、おそらく角度もなかったので決まってないと思いますけど、意図的に1度スピードを落として、駆け引きしてから打ったあたりはさすがだなと思います。

中山 よく”ゾーンに入っている”と言いますけど、メンタルが研ぎ澄まされた状態でこのゲームを戦えていることが、あの原口のシュートを見てもわかりますよね。正直、それまで日本がゴールを決めそうな雰囲気は感じられなかっただけに、起死回生の一発と言っていいと思いますし、あの一発で試合の流れが変わりました。もちろん立ち上がりということで、少しベルギーが油断していたところはあるでしょうけど。

倉敷 先制した直後にアザールに同点ゴールを奪われそうでしたが、それがポストに弾かれ失点を免れたことで再び日本の時間がやってきます。ここで追加点を奪えたのは素晴らしかったですね、52分の乾のスーパーゴールを振り返って下さい。

小澤 まず乾がクロスを上げて、そのクリアボールを香川が拾ってうまく処理をして、そこでヴィツェルが対応しようとしたわけですが、その時デブライネは乾を見て足を止めていました。乾に自由にシュートを打たせてしまったという意味では、デブライネの守備の緩慢さが出たシーンと言っていいでしょう。

 とはいえ、エリア外からインステップの無回転シュートを狙い、なおかつ外に切れていく軌道だったので、これはゴラッソと言っていいでしょう。素晴らしいとしか表現のしようがないですよね。

中山 これも”ゾーンに入っている”というシュートだったと思います。そこで感じたのは、サッカーは面白いなということでしたね。あれだけシュートが決まらないと言われていた日本が、大事な試合で、しかも苦しい状況の中で迎えた後半立ち上がりに2発連続でスーパーゴールが生まれるとは、誰が予想できたでしょうか。

 そういう意味では、サッカーは気持ちとか雰囲気といった要素もとても大きく影響するのだと、あらためて思いました。

(つづく)

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