7月15日、ルジニキスタジアム。雷鳴が鳴り響く後半24分だった。 ロシアW杯決勝で、クロアチアはフランスに1-4とリードされ、絶体絶命の窮地に立たされていた。このレベルにおいて、3点差をひっくり返すというのは不可能に近い。しかも、チー…

 7月15日、ルジニキスタジアム。雷鳴が鳴り響く後半24分だった。

 ロシアW杯決勝で、クロアチアはフランスに1-4とリードされ、絶体絶命の窮地に立たされていた。このレベルにおいて、3点差をひっくり返すというのは不可能に近い。しかも、チームは決勝トーナメントに入って3試合連続で延長戦を戦っている。蓄積した疲労もあって、全員の足が止まりかけていた。

 ところが、17番を背負ったFWマリオ・マンジュキッチは、敵ボールホルダーに向かって、なにごとか決意したかのように走り出した。まずはセンターラインでプレスに行き、ボールをGKまで下げさせると、それをさらに猛追、50m近くを全力で走った。GKが不用意なフェイントを使ってかわそうとしたところだった。彼はその方向を読んで右足を投げ出すと、ボールにコツリと当て、そのままゴールに入れた。

 美しさがあったわけではない。ほとんど闘志だけで決めた得点だった。そのボールをすかさず胸に抱えながら、マンジュキッチはセンターサークルに急いでいる。



ロシアW杯決勝でフランスに敗れ涙をのんだマリオ・マンジュキッチ

 しかし、スコアはこれ以上、動かなかった。

 試合終了の笛が鳴って、クロアチアは2-4というゲームの敗者になった。マンジュキッチは苦々しげに唇を噛んでいた。W杯の決勝のピッチに立つのは栄誉である一方、そこで負けることには、計り知れない悔しさと喪失感がある。

「決勝で涙する男」

 実は、彼にはいつしかそんな、ありがたくない称号が授けられるようになっていた。

 2014-15シーズンのアトレティコ・マドリード、2016―17シーズン、ユベントス。どちらもマンジュキッチの活躍のおかげで、チームはチャンピオンズリーグ決勝に進出している。しかし、いずれも優勝できていない。

 破るべき不名誉な記録だったが、今回も運命は微笑んでいない。あの1点は、焼け石に水だったのか?

「少年時代の憧れは(元ブラジル代表FW)ロナウドだった」

 マンジュキッチはそう明かしている。その幼少期は、ルカ・モドリッチ、イヴァン・ラキティッチら同年代のクロアチア代表選手と同じように、辛酸を極めた。旧ユーゴスラビア紛争に巻き込まれ、一時は一家揃ってドイツに避難。12歳のときに戦争が集結し、ようやく故郷に戻ることができた。

 そんななかで、父親が地域リーグながらプロサッカー選手として活躍するGKだったことは、マンジュキッチにとっては大きな後押しになったかもしれない。身体的に恵まれているのは、やはり父の遺伝だろうか。名前をもじって「スーパーマリオ」と呼ばれる身体能力の高さは大きな武器になった。ユース年代では、まさにロナウドのように圧倒的な走力とパワーで得点を量産している。

 ただ、若い頃は精神面が不安定で、自分を制御できないところがあったという。2009年、NKディナモ・ザグレブ時代には、規律違反を犯し(不用意な警告カードをもらった)、10万ユーロ(約1300万円)もの罰金を受けている。闘志が空回りすることがあった。

 しかし、その気の強さがなかったら、彼は凡庸な選手で終わっていたかもしれない。

「僕はときどき、感情のままに行動してしまうことがある」

 マンジュキッチはそう自己分析をしている。

「無意識に、アドレナリンが出てしまう。自分のなかで、コントロールしなければいけないという気持ちはいつも持っている。でも、その攻撃性こそが自分の長所であるとも思っているんだ。そのおかげで、90分間、戦い続けられるからね」

 不屈であることこそ、彼の持ち味だ。それは諸刃の剣のようでもある。たとえばバイエルン時代は、ジョゼップ・グアルディオラ監督から我の強さを疎まれ、構想から外れている。マンジュキッチはカップ戦も含めてシーズン25得点をマーク。諦めない戦いを続けて結果を叩き出したが、戦力外になっているのだ。

 ありあまる実力を持ちながら、どこか不運なイメージがつきまとう選手といえる。

 この夜、マンジュキッチはもう1点、記録しているが、それはフランスの先制点に結びついている。アントワーヌ・グリーズマンが蹴ったFKを、ジャンプ一番、クリアしようとしたが、わずかに届かず、頭頂部にかすってしまったことで、コースが変わって自陣のゴールに吸い込まれたのだ。

 その瞬間、マンジュキッチは呆然と立ち尽くしていた。それは、決勝で負け続けてきた男にとって、不吉な暗示に思えただろう。頭が真っ白になってもおかしくはない。しかし、彼は最後までその運命に立ち向かった。

「戦い続けるしかない」と、マンジュキッチは言う。

 クロアチアは力及ばず、敗れた。マンジュキッチはまたしても、決勝で敗者となってしまった。しかし華麗さのない渾身の一撃には、敗れざる者の気高さがくっきりと映っていた。