福田正博 フォーメーション進化論 日本代表がW杯ロシア大会でベスト16という結果を残したが、すべての流れを呼び込んだのは初戦のコロンビアとの試合開始3分にあったと言っていいだろう。 キックオフ直後にコロンビアに攻め込まれたものの、ゴール…
福田正博 フォーメーション進化論
日本代表がW杯ロシア大会でベスト16という結果を残したが、すべての流れを呼び込んだのは初戦のコロンビアとの試合開始3分にあったと言っていいだろう。
キックオフ直後にコロンビアに攻め込まれたものの、ゴール前で跳ね返したボールは、香川真司を経由して大迫勇也のカウンター攻撃につながった。大迫のシュートはGKに弾かれたものの、こぼれ球を香川がシュート。これをペナルティーエリア内で相手DFがハンドで止めたことで、ふたつのプレゼントが日本代表にもたらされた。
グループリーグを突破してベスト16に進出した日本
「PK」と「相手選手がひとり退場」になるチャンスをしっかりと生かしたことで、日本のW杯が好転していったが、単なるラッキーで好機を手にしたわけではなかった。相手に退場者が出て10人になったことも、コンディションの悪いハメス・ロドリゲスを投入するなどホセ・ペケルマン監督の采配に狂いが生じたのも、日本代表がコロンビアを追い詰めたからこそ。
西野朗監督は就任以来、事あるごとに「リアクションではなく、自分たちでアクションを起こす」と発信してきたが、そのマネジメントがコロンビア戦での選手たちの積極的なプレーを生んだのだ。
西野ジャパンは就任後最初の試合となった5月30日の親善試合のガーナ戦に0−2で敗れ、続く6月9日のスイス戦でも0—2で敗戦。W杯開幕を前にした6月12日のパラグアイ戦では、メンバーを大幅に入れ替えたのが奏功して4—2で勝利した。
ここでいい結果が出たのは大きかった。それまで控え組だった選手たちが結果を残したことでチームが活性化。そして、W杯初戦に臨むレギュラーも変わることになった。一般的に、準備期間が短い場合は、スイス戦までと同じメンバーでパラグアイ戦に臨み、チームの成熟をはかりたくなるものだ。しかし、西野監督はそれをせずに、新たな選手を起用しながら最良の組み合わせを見極めようとした。
これができたのは、西野監督にはガーナ戦やスイス戦に負けても焦りがなかったからだ。「大事なのはW杯初戦のコロンビア戦で、すべてはそこへの準備」と、テストマッチの結果が悪い時もブレずに、整理しながらチームを固めていった。
そのコロンビア戦で、香川がPKを決めたことも、日本代表を上昇気流に乗せた要因だ。香川はPKの判定が出るとすぐさまボールを拾い、自分が決めるという決意を示した。香川は、所属クラブで発揮する”らしさ”を、日本代表では出せないことが多かった。しかし、あのPKの場面で香川は、その壁を突き抜け、肩に乗っていた重たいものから解放されたように感じた。
香川のパフォーマンスは、コロンビア戦ではそれほどよくなかったが、セネガル戦でギアが上がり、決勝トーナメントのベルギー戦では抜群のパフォーマンスを発揮して強烈な存在感を放った。ようやく本来の香川の実力を日本代表でも見られた気がする。
セネガル戦は今大会の日本代表が戦った4試合のうち、ベストゲームだった。アンラッキーなゴールで勝ち点3を逃してしまったが、日本代表が勝利していても不思議ではないほど、出来はよかった。セネガルに2度も先行されながら、2度とも同点に追いついたことは評価できる。ピッチ上の選手のみならず、相手を分析するスカウティングスタッフのすばらしい仕事があったからこその引き分けだった。
日本代表のスカウティングチームがセネガルを分析し、選手たちが彼らの長所を消し、弱点を的確に突いた。これこそが、西野監督に交代したメリットのひとつと言ってもいいだろう。相手情報を収集して分析する力は、日本は高いレベルにある。だが、ヴァヒド・ハリルホジッチ前監督は分析班のレポートをほとんど受けつけなかったそうだ。
それに対して、西野監督は必要な情報を取捨選択しながら、スタッフの高い分析力を最大限に活用した。だからこそ、準備期間が短いなかでも結果を残すことができたのだと思う。
また、今回のW杯でブレイクした選手といえば、柴崎岳が真っ先に浮かぶ。堂々たるプレーぶりだった。攻撃面では精度の高いパスから何度となくチャンスをつくり出し、守備面でも当たり負けしない強さがあった。スペインリーグで揉まれたことが成長につながったことは間違いない。今後も日本代表の中盤で主軸となっていくはずだ。
ただ、グループリーグ3試合と決勝トーナメント1試合の計4試合すべてに先発した柴崎は、ベルギー戦のコンディションが悪かった。ポーランド戦で休むことができていたら、ベルギー戦の日本代表の戦い方も違ったものになっていたかもしれない。それだけにセネガル戦で勝ち点3を拾えなかったことが、決勝トーナメントにも影響したといえる。
それでも、決勝トーナメントに向けて余力を残せたという点で、同じベスト16という結果であっても、過去2回とは大きな違いがあった。
初めてベスト16に進んだのは日韓大会の2002年W杯。グループリーグ突破が大目標で、そこに向けてアクセル全開で飛ばしたため、決勝トーナメントは燃え尽きた感があった。2010年南アフリカ大会はグループリーグ3戦すべてをベストメンバーで臨んでグループリーグを突破したが、決勝トーナメントのパラグアイ戦は余力が残っていない疲弊した状態でPK戦の末に負けた。
しかし、今回はグループリーグ3戦目のポーランド戦に先発メンバーを6人も入れ替えて臨んだ。グループリーグ突破が決まっていない状況での大幅な変更はギャンブルの要素もあったが、決勝トーナメントに主力選手を万全のコンディションで挑ませるために、不可欠な決断だったといえる。
この決断をしたからこそ、ポーランド戦を0−1で落とすことになった。1戦目、2戦目で控えだったメンバーを起用して引き分けを狙ったが、試合時間が経つにつれて連係に綻びが生まれ、最終的にはポーランドに先制点を奪われてしまった。
この時点でコロンビア対セネガルが0-0の膠着状態だったこともあって、西野監督は乾貴士を投入したが、先発メンバーから6人も入れ替えているチームに主力を投入したところで、流れを取り戻すことは難しい。だからこそ、直後にコロンビアが先制したことで、西野監督は攻撃に出ないという選択をしたのだろう。
あのとき、ベンチ内は相当に混乱していたという。別会場の試合状況が入ってくる中で、もっとも怖いのはチームに方向性のズレが生まれること。攻めるのか、守るのか。その認識の統一が損なわれると、決勝トーナメントに進む可能性を自分たちで消してしまう危険性もあった。その中で西野監督がグループリーグ突破のために決断した。
フェアプレー・ポイント差での勝ち抜けを狙って、眼前の試合で負けているのにボール回しをする日本代表に、凄まじいブーイングが浴びせられた。現地の2階スタンドで見ていた私のところでも、声量は相当なものだったが、声が上から降ってくるピッチにいた選手たちは、さらに大音量で聞こえたはずだ。
それでも、日本代表選手たちは臆することなくミッションを遂行した。世界はもとより、国内からもこの姿勢には賛否の声があがったが、あの決断を下した西野監督が一番悔しさを抱えていたと思う。
守備的なことを何よりも嫌がる監督が、目的のためにこだわりを捨てた。悔しくないわけがない。しかし、見方を変えれば、何が何でも、決勝トーナメントに進出することに賭けていたのだ。
大会前、ほとんどの人が期待していなかった日本代表が、決勝トーナメント進出を成し遂げた要因は、選手層が以前よりも厚みを増したことが見逃せない。W杯メンバーは23人いるが、過去の日本代表はスタメンと控えの力の差が大きかった。だが、今回は大幅な選手の入れ替えができるまでの選手層になったということだ。
同時に、控え組のレベルをもっともっと向上させないと、ベスト8には届かないこともわかった。サッカーは選手個々の力量だけで決まるものではないが、ベルギーは日本戦の途中から出場してきたナセル・シャドリがトッテナム、アルマン・フェライニがマンチェスター・ユナイテッドのレギュラーだ。強豪国はそういう高いレベルの選手が途中から出てきて、ゲームの流れを変える。
日本は、リオ五輪世代のGK中村航輔、CB植田直通、DF遠藤航、MF大島僚太の5選手が出番を得ることができなかった。彼らには、この悔しさをバネにして、国際経験を積みながら日本代表の主軸へと大きく成長してもらいたい。
手中にしかけた”初のベスト8入り”の希望は、世界ランク3位の本気の逆襲の前に霧散したが、親善試合では体験できない「強豪国の本気」を経験できたことで、日本代表が次のステップに上がるために必要なものが明確に見えてきたともいえる。
日本サッカーの総力をあげて4年後に向けて取り組み、今回のベルギー戦のアディショナルタイムで手放してしまった”ベスト8進出”を、2022年カタール大会でつかみとってくれることを期待している。