6月14日に開幕したW杯ロシア大会も準決勝2試合が終了し、フランスとクロアチアが決勝に進出した。フランスは2006年大会以来通算3度目、クロアチアにとっては初めてとなるW杯ファイナリストの栄誉を手にしたわけだが、両チームの準決勝におけ…

 6月14日に開幕したW杯ロシア大会も準決勝2試合が終了し、フランスとクロアチアが決勝に進出した。フランスは2006年大会以来通算3度目、クロアチアにとっては初めてとなるW杯ファイナリストの栄誉を手にしたわけだが、両チームの準決勝における”戦いぶり”は、実に対照的だった。

 まず7月10日にベルギーと対戦したフランスは、チーム最大の武器である堅守速攻を生かし、相変わらず隙のない勝ち方をした。



フランスの攻撃の中心、ムパッベ(左)とグリーズマン

 対戦相手のベルギーは、ラウンド16の日本戦の後半途中に覚醒すると、その勢いのまま準々決勝では横綱ブラジルから大金星。開幕前は関脇にランクされていたチームが、準決勝を戦う頃には角番大関に昇進した恰好だ。

 勢いではベルギーが上。戦術バリエーションでも、ベルギーのロベルト・マルティネス監督の方が上。本来であれば、下馬評は格上フランスの圧倒的優勢となるはずが、今回ばかりは五分五分に近かった。

 そんな中で迎えたこの試合は、まさしくチーム戦術を極めたヨーロッパの強豪同士の戦いとなった。そして、試合のポイントをひとつに集約すれば、それはフランスの左サイド、つまりベルギーの右サイドとの攻防にあった。

 この試合のベルギーのスタメンは、出場停止のトーマス・ムニエに代わってナセル・シャドリが右サイドバックに入り、中盤の底の位置にムサ・デンベレを起用した4-3-3。ゼロトップ状態で戦ったブラジル戦とは異なり、前線はロメル・ルカクが1トップに入り、ケビン・デブライネが右サイドに位置した。

 フランスの基本布陣は4-2-3-1。しかし、ディディエ・デシャン監督は左ウイングの位置にアタッカーではない守備的MFブレーズ・マテュイディを起用したため、左サイドの前方にぽっかりとスペースが空いたアンバランスな前線になる。

 マルティネス監督が、右サイドにデブライネを置いた狙いはそこにあった。同時に、シャドリが常に高いポジションをとれるため、ベルギーの最終ラインは自然とスライド式3バックに近い状態になる。

 右前方に偏った陣形のベルギーに対して、左後方に偏った陣形のフランス。そこで繰り広げられた攻防が、勝負の分岐点となった。つまりフランス最大の勝因は、自陣左サイド深い位置で、ベルギーの右サイド攻撃を完璧に封じ込んだことにある。

 その立役者が、マテュイディと左ボランチのエンゴロ・カンテだった。もともとこの2人の守備力には定評があったが、この試合ではそれが際立っていた。

 まずマテュイディは、相手の右ウイングのデブライネと右サイドバックのシャドリに対して絶妙な中間ポジションをとって、間合いも含めた見事な動きでスペースを消し、チャンスがあれば自らボールを奪った。しかも、豊富な運動量を誇るため、攻撃時には前線にも顔を出してチャンスに絡む。デシャン監督が左ウイングで重用する理由がわかる。



フランスを率いるデシャン監督

 また、マテュイディがボールに寄せた時のカンテのカバーリングも完璧だった。しかもカンテは、あらゆる危険地帯に顔を出す無尽蔵のスタミナがある。マテュイディのカバーリングだけでなく、時にはエデン・アザールのドリブル突破の防波堤にもなる。

 そんな中、後半51分にコーナーキックからサミュエル・ウムティティのヘディングシュートでフランスが先制する。1点を追うベルギーは、60分にドリース・メルテンスを右ウイングに入れてプランBに移行してデブライネを中盤に下げるも、効果なし。さらに80分には左サイドにヤニック・フェレイラ・カラスコを投入し、布陣を4-2-3-1に変更。しかし、プランCも不発に終わった。

 そしてベルギーが手を尽くしつつあった85分、デシャシ監督は満を持してFWオリビエ・ジルーに代えて守備的MFスティーヴン・エンゾンジを中盤の底に投入し、試合を終わらせにかかった。一方、マルティネス監督が持ち合わせていたプランは完全に尽きてしまった。

 結局、ボールポゼッションとパス本数ではベルギーが圧倒するも、フランスはシュート数では19本対9本で上回った。これこそがデシャン監督率いるフランスの本質であり、強みでもある。それが単なる守備的サッカーではないことは、明らかだろう。

 最後まで懸命に仕掛けたベルギーに対し、フランスが懐の深さを見せた試合。日本戦、ブラジル戦と、ハリウッド映画のような誰もが楽しめるスペクタクルサッカーで勝ち上がったのがベルギーだとすれば、フランスのサッカーにはフェデリコ・フェリーニのようなヨーロッパ映画の趣がある。

 そんなフランスに対して、翌日にイングランドを下したクロアチアのサッカーは、どちらかといえばベルギーに近い。ここまでの勝ち上がり方も劇的な勝利が続き、好感度も抜群だ。ただ、2試合ともPK戦の勝利だったうえ、準決勝で対戦したイングランドの休養日が1日多かったこともあり、この試合はイングランド優勢と見られていた。

 そんな中、クロアチアのズラトコ・ダリッチ監督は、基本布陣の4-2-3-1ではなく、ロシア戦の途中から使った4-3-3でこの試合に挑んだ。ルカ・モドリッチとイヴァン・ラキティッチの看板ダブルボランチを一列上げて、3-1-4-2を敷くイングランドのアンカーポジションでプレーするジョーダン・ヘンダーソンの左右のスペースでプレーさせようという意図が見て取れた。

 しかし、前半開始早々に与えたフリーキックをキーラン・トリッピアーに直接決められたことと、疲労の影響から”らしくない”ミスパスやミストラップが目立ったこともあり、ダリッチ監督の狙いは奏功しなかった。

 一方、イングランドの選手の動きは元気そのもの。圧倒的な走力でプレッシャーをかけながら、ボールを奪ったら縦にキックして前線の選手を走らせる。中盤を制圧しようとしたクロアチアの狙いを外すかのように、中盤省略型のサッカーで前半を支配した。

 しかし、後半68分に潮目が変わる。ラキティッチの美しいサイドチェンジを右サイドバックのシメ・ブルサリコが受けると、ブルサリコが入れたクロスをイヴァン・ペリシッチがフィニッシュ。そこから試合はクロアチアペースに一転した。

 驚くべきは、クロアチアのスタミナだ。しかも「ピッチ上の選手は誰も途中で交代してくれなんて言わなかった」と試合後に振り返ったダリッチ監督は、後半終了の笛が鳴るまで交代カードを一枚も切らなかったのである。そして延長後半109分、マリオ・マンジュキッチが執念のゴールを決め、またしても劇的な逆転勝利を収めたのだった。



決勝進出を決めて喜ぶクロアチアの選手たち

 誰が見ても、好感度がアップする勝ち方。今、世界中でクロアチアファンが急増しているに違いない。大会前にはアウトサイダーだったヨーロッパの小国は、小気味よい攻撃的サッカーを見せ、しかも3試合連続で120分を戦い抜いて決勝戦に勝ち上がったのだ。当事者以外の人であれば、心がクロアチアに傾くのも当然だ。

 これで、日程的にもアドバンテージのあるフランスは、勝って当然という視線を浴びながら決勝戦を戦うことになった。しかも、フランス人以外の多くの人は、クロアチア側に回って4年に1度のクライマックスに注目することだろう。

 見逃せないのはクロアチアの右サイド攻撃と、フランスの左サイドのディフェンスの攻防だ。デシャン監督が最後までブレずに、堅実采配を続けられるのかという点も見逃せない。守るものが何もないクロアチアは、間違いなく攻めてくる。それを、フランスが奥深きディフェンスでしっかり吸収すれば、もちろん勝機はフランスにあるだろう。

 世界が注目する4年に1度のファイナルは、現地時間7月15日18時(日本時間16日深夜0時)にキックオフする。