蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.28 4年に一度のフットボールの祭典、FIFAワールドカップがロシアで開催されている。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。 サッカーの試合実況で日…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.28
4年に一度のフットボールの祭典、FIFAワールドカップがロシアで開催されている。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。
今回のテーマは、ロシアW杯での日本代表のポーランド戦について。賛否両論のあった試合終盤の展開、西野朗監督の選手起用法などについて、ワールドフットボール通のトリデンテ(スペイン語で三又の槍の意)が語り合います。
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試合後の選手たちも喜びきれていなかった
倉敷 では、6月28日にヴォルゴグラードで行なわれた第3戦、日本対ポーランドの試合を振り返ってみます。まず、スタメン6人を変更したことが日本側の大きなトピックになると思いますが、中山さんはどう感じましたか?
中山 とにかく驚きました。少なくとも日本はその時点でまだ勝ち点4で、グループリーグ突破も決まってない中、中盤から前線で5人、さらに最終ラインまでひとり変更しました。正直、これはやりすぎですし、信じられませんでしたね。
引き分け以上がノルマだったわけなので、最低でも最終ラインの4人は維持しておくべきでした。なので、昌子源に代わって先発した槙野智章のところがもっとも気になったところです。中盤から前線をこれだけ大幅に変更した場合、最終ラインに必ず守備のしわ寄せがいくので、そこは固定しておかないと危険だと思いました。
西野監督によれば、グループリーグを突破した後のことを考えてローテーションを採用したということでしたが、正直、ずいぶん大胆だと感じました。結果的にグループリーグ突破を果たしたから大きな議論にはならなかったものの、明らかにこのスタメン選びの失敗によって敗戦を招き、他力本願のグループリーグ突破という恰好になったわけですから、これは西野監督の「采配ミス」と言っていいと思います。
小澤 まったくそのとおりで、結果論としてはオッケーにはなりましたけど、日本の行方がまだどうなるか分からない状況で、これだけ思いきってスタメンを変えた采配は、たとえ西野監督が決勝トーナメントを見据えていたとしても、やりすぎだと率直に感じました。
とくに両サイドMFのところですよね。酒井高徳もいきなりサイドハーフで起用されたうえ、左の宇佐美貴史も乾貴士との違いが明らかで、とくに守備面でうまく対応できないことを露呈してしまいました。
具体的な違いは、相手を背中に置いて中間ポジションを取れるかどうかです。もちろん、暑さやポーランドの敗退が決まっていたため、相手のモチベーションが低いと予想されたとはいえ、この人選では勝つのは難しいと思いました。
倉敷 しっかり守れるプランBを用意し、キックオフからゼロの時間を続けさえすれば、すでに敗退が決まっていたポーランドのモチベーションは時間を追うごとに削れたかもしれませんね。相手をいかにあきらめさせるか、というのはチームの成熟度が問われるところです。
では次に、前半の日本の戦い方を整理しましょう。センターから崩せない日本はサイドからのクロスで幾度か勝負していましたが、ポーランドのセンターバックには大黒柱のカミル・グリクがスタメン復帰し、通用しませんでした。中山さんの目にはどう映ったでしょうか。
中山 正直、ただ単にサッカーをしているだけというか、攻撃にしても守備にしても、狙いがほとんど見えなかった45分でしたね。また、ポーランドも勝ちたい気持ちはあったのでしょうけど、なにせあの猛暑でしたし、無理をするようなプレーもありませんでした。だから、前半でスタンドが沸くようなシーンはほとんどなかったという記憶があります。
倉敷 小澤さんはいかがですか。前半は両チームに得点がなく、後半開始早々の2分に岡崎慎司が負傷交代を強いられるアクシデントがありましたが、ハーフタイムを挟んで何か変化はありましたか?
小澤 あまり変化はなかったと思います。やはり、前半から問題になっていたのは、攻撃する時に、柴崎岳がコロンビア戦やセネガル戦の時のようなゲームメイクができていなかったことでした。その主な原因は、宇佐美と酒井高徳のポジショニングがよくなかったことと、酒井宏樹と長友佑都も高い位置をとれなかったことが影響していたと思います。
とくに酒井高徳については、酒井宏樹を上げるために内側のレーンにポジションをとってボールを受けるプレーなどは、ほとんど経験したことのないプレーだったと思いますし、ボールを受けてもなかなか前を向けませんでした。そこはミスマッチだったと思います。
それと、山口蛍に関しても、カウンターを受けた時の対応に問題があって、それは予防的なマーキングやスペースを埋めるためのポジショニングで、長谷部誠との大きな違いを露呈してしまったように思います。わかっていたことですが、選手が変わってしまうとこれだけサッカーも変わってしまうのか、という印象をあらためて受けました。
倉敷 もともと、ポーランド戦用に準備されていたメンバーと戦術ではないということですね。その中途半端さが出て、下手をすればグループリーグ敗退の可能性もあったという、危険なゲームになってしまいました。
結局、後半59分にラファウ・クルザワのフリーキックからヤン・ベドナレクにゴールを決められ、日本は0-1で敗れるわけですが、サウサンプトンの同僚である吉田麻也は彼が危険な選手であることを把握し、注意を喚起していたはずです。それでもマンマークの選手がズレ、失点してしまった。頑張ったこれまでの2試合を笑い話にしかねない問題山積のポーランド戦ですね。
レギュラー陣を温存し、ベンチメンバーのモチベーションを上げることで大会中にさらに強くなれるチームもあります。そんな予感がスタッフにあったのかもしれませんが、結局、この試合で露呈したのは替えの利かない選手の存在、日本が世界を相手に戦えるチームはひとつしかなく、オプションも極めて少ないという事実でした。
残念だったのは、ゲームを勝ち点付きで終わらせてくれる選手がいなかったことですね。
小澤 はい、いませんでした。ボランチでゲームを締めることができる選手は長谷部しかいませんでした。それなら、山口を先発で使うより、この試合では柴崎と大島僚太をセットで使った方が効果的だったというのが正直なところですね。
倉敷 では、議論を呼んだ試合終盤です。負けている日本がフェアプレーポイントで勝ち上がろうと、攻めずに後方で延々とボール回しを続けたことが批判されました。ポーランドと思惑が一致した結果なのですが、グループリーグを突破するために痛みを伴った終わり方を選んでしまったことは間違いありません。中山さんは現地で観戦されていましたね。
中山 まず状況を整理すると、他会場のセネガル対コロンビアがまだ0-0だった状況で、日本はポーランドに先制を許しました。当然、そのままだと敗退が決定してしまうので、西野監督は焦って乾を投入して、攻撃のギアを上げにかかりました。
僕は記者席で他会場の動向も確認していたのですが、そんな中でコロンビアが先制点を奪ったわけです。0-0で終わればセネガルとコロンビアが勝ち上がれるので、その試合にはいわゆるお互い”忖度”がなかったということでしょう。
一方、それと同じ時間帯で、日本は大ピンチを迎えました。74分にカウンターからロベルト・レヴァドフスキが決定機を迎え、シュートをバーの上に外してしまったシーンです。その後だったと記憶しますが、ピッチサイドでアップしていた長谷部にベンチから他会場の情報が伝わって、相手のコーナーキックの時に長谷部がゴール付近まで行って、長友にその情報を伝えた場面がありました。
試合後に長谷部本人に確認したところ、やはり他会場の結果とイエローカードに気をつけるように、長友を通してピッチの選手に伝えてもらったそうです。
ただ、ベンチの西野監督はレヴァンドフスキのシュートシーンを見たためか、不安が頭をよぎったのだと思います。結局、西野監督は82分に長谷部を伝令役としてピッチに送り出し、議論を呼んだシーンを迎えることになったというのが、全体の流れですね。
倉敷 そのあたりをもう少し分析していただけますか。
中山 まず、あそこまでの状況を作った原因は西野監督本人にあるということ。スタメン選びもそうですし、もっと言えば、チームづくりの段階で具体的な戦術を植え付けていなかったことのツケを払わされたと思います。
ポーランドはもう追加点を必要としていないのに、あそこまで極端なことをしなければゲームを終わらせることさえできなかったということが最大の問題でした。結局、選手任せでチームを作ってしまったから、あそこで不安になってしまい、独断によってあの博打を打つことを決断せざるを得なくなったわけです。
でも、それは裏を返せば選手を信用しきれていなかったことの表れでもあって、だから西野監督は、試合翌日に選手に謝罪をしたのだと思います。実際、試合後の選手の口からは、あの采配について疑問を感じていたという主旨のコメントも聞かれましたし、それまで一体だったコーチングスタッフと選手の間に溝が生まれたシーンだったと思います。
ただ、西野監督がすごいのは、監督のプライドを捨てて選手に謝罪をしたことでした。それによって、ベルギー戦に向けてより団結が強まったのだと思います。
倉敷 記者席なら会場のブーイングもずいぶんと聞こえたでしょうね。
中山 すごかったですね。でも、それは当然だと思います。みんなチケット代に高いお金を払っているわけですし、遠方から来たファンも多いわけですから。日本から来たサポーターも「せっかく来たのにこんな試合は見たくなかった」と不満を言っていた人もたくさんいました。でも、それはサッカーの一面でもあるので、当然そういう意見もあって然るべきですし、僕自身もできればああいうサッカーは見たくなかったというのが本音ですね。
これは僕個人の好みの問題ですけど、確かに勝敗は大事だと思いますが、選ばれた一流のプロ選手がプレーするワールドカップは、チケット代も高いし、放映権料も莫大ですし、エンターテインメントとしても世界指折りのイベントなわけです。であるならば、「観る人を喜ばせてなんぼ」という一面もあって、観る人はつまらない試合に対して素直に感情を表すのが当然だと思います。
だから、あれを認める人も認めない人もいていいと思いますね。あくまでもサッカーに対する考え方、好みの問題だと思いますし、少なくともそういった議論が日本国内で起こったという意味で、あのシーンは大きな意義があったと感じています。
倉敷 小澤さんはいかがですか。
小澤 あの時間帯はポーランドにカウンターから決定機を作られていた時間帯ですので、トレードオフで他力のオプションに賭けたこと自体は理解できます。ただ、その状況をみすみす作ったのは西野監督であり起用された選手たちですので、「回避できることはできた」と言うこともできます。
個人的には良いか悪いかの議論ではなく、なぜその選択をしなければいけない状況に追い込まれたのかを議論すべきだと思っていますし、ある意味で自作自演ですから、そこはきちんと検証しなければいけないでしょう。
倉敷 翌日に世界中から批判を受けたという報道は、気にしないでいいと思います。当事者といえる僕らは、世間の目を気にしてしまいがちですが、思春期にできたニキビをみんなが見ていると意識しすぎるような錯覚です。どんな強豪でも、似た状況が訪れれば同じ悩みを抱えるだけです。
大事なことは、僕らがどんなサッカーを見たいのか? どんな戦い方を自分たちの代表に期待しているのかを考えるまたとない機会だったということでしょう。ルールに則っていながら、その勝ち方を潔いと思わない感情をどこに向けるかがはっきりしました。世界に向け、日本はどういうチームなのかという流通イメージをつくらざるを得なくなったことが、この試合の数少ない収穫ですね。
日本が持つべき流通イメージはもうひとつあって、ポッド4でありながら、2試合でイエローカードがこれほど少ないチームであったことを誇っていいと思います。これは世界と互角に戦えるチームを作りながら、可能な限り同時に追求したいスタイルだと思います。
中山さんはミックスゾーンで取材をされたと思いますが、試合後の選手たちの様子はどうでしたか?
中山 グループリーグ突破をした後は、選手がみんなで喜んでいるのが通常だと思いますが、この時ばかりは負けたうえに、ああいった終わり方だったので、選手たちの表情は曇っていましたね。肩身が狭い思いをしている様子が見受けられました。
そんな中で長谷部が、これは絶対に日本でも議論になるだろうと、あの時点で認識していたこと、そして「次の試合であの判断が正しかったことを証明したい」と言っていたのが印象的でした。
倉敷 その時点で、すでに次の試合への決意を固めていたんですね、よかった。みんなエリートでプライドもある、でもそうしなければ今の自分たちは勝ち上がれないのかと悔しかったのでしょうね。
次回はその反発力を存分に発揮してくれた決勝トーナメント1回戦のベルギー戦をレビューしたいと思います。
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