「この勝利はワールドカップ予選での勝利だけでなく、これから日本バスケが成長するための大事な1勝になったと思います」 6月29日、ワールドカップ1次予選最終節であるWindow3にて、オーストラリアを79-78で破った日本代表。24得点、…

「この勝利はワールドカップ予選での勝利だけでなく、これから日本バスケが成長するための大事な1勝になったと思います」

 6月29日、ワールドカップ1次予選最終節であるWindow3にて、オーストラリアを79-78で破った日本代表。24得点、7リバウンドを記録して、歴史的勝利に導いた八村塁は試合後に興奮してそう答えた。



日本代表にすぐに馴染み、中心として牽引した八村塁

 オーストラリアは世界ランキング10位(試合当時:日本は48位)の強豪で、多くのNBA選手を輩出している国。11月のWindow1ではNBA選手こそ参戦していないが、日本は24点差で敗れており、今回は2名のNBA選手が加わっていた。

 そんな格上に対しての勝利は、日本バスケ界の一歩を切り拓く金星だと言える。そしてオーストラリア戦で自信を得た日本は、7月2日にチャイニーズ・タイペイを40点差で一蹴し、4連敗からの2連勝で2次ラウンド進出を決めたのだ。

 崖っぷちにいた日本を救ったのは、八村と帰化選手として新加入したニック・ファジーカス2人の高さと攻撃力であることは明らかだが、とりわけ20歳の八村が及ぼした影響は計り知れない。

 ファジーカスは6シーズンにわたって日本の第一線でプレーしてきた選手で、その安定ぶりは計算できた。しかし、八村はA代表の公式戦は初。そんな若者が「これまで日本は負けていたので自信がなかったのではと思い、僕が最初から攻めてチームに自信を与えたかった」と言ってのけ、1Qだけで13得点を稼ぐスタートダッシュを切った。そうして主導権を握ることにより、「精神的に余裕ができて試合を進められた」とエースの比江島慎が証言するほどのエネルギーをチームに与えたのだ。

 八村についてあらためて検証したい。何がすごくて、どう成長しているのか。身長203cmに対して、218cmともいわれるウイングスパン(両手を広げたサイズ)を含めた「身体能力の高さ」が魅力であることは間違いないが、彼のすごさは身体能力だけではなく、状況判断に優れた賢さにある。

 その基礎が鍛えられたのは、ウインターカップ3連覇を果たした明成高校時代だ。何度も跳び続けるリバウンド、誰よりも速く走る速攻、球際で怯まない姿勢は、高校時代からしつこいまでの練習で習慣化されたもの。豪快なブロックショットもセンスだけでやっているわけではなく、タイミングをずらすことや叩き方の研究をしてきた。リバウンドを取って、自らボールをプッシュしてフィニッシュに持ち込むことも、内外角にわたるシュートレンジの広さも、すべては将来性を見据えてのきめ細やかな指導で身についたもの。

 そして何より「苦しいときこそ仲間を助けるエースであれ」という高校時代の恩師、佐藤久夫コーチの教えこそが、加入したばかりの日本代表でも体現されている。持ち前の身体能力に加えて、日本の高校で心技体の土台を鍛えられてアメリカに渡った選手、それが八村塁なのである。

 NCAAディビジョン1の強豪、ゴンザガ大に進んでからの2年間は、さらなる強度の練習と試合のもとで成長を遂げている。その背景にあるのは高校時代と同じく、「毎日の学びこそが大切」だとコーチ陣が語るゴンザガ大の育成方針。一つひとつの技術習得から反復練習が行なわれ、八村のシュートスキルはさらに向上しているのだ。

 順調に成長している八村が目下の課題にしているのが、「試合ではタイガー(虎)になれ」ということだ。どういうことかと言うと、常々八村が「日本とアメリカの一番の差は闘争心」と発言しているように、マーク・フューヘッドコーチからは試合に臨む姿勢について指摘を受けている。

「ルイのこの2年間はとても成長しているが、時々、日本的で控えめなところが出るときもあるし、集中力に欠けることもある。だから『試合では常にタイガーになれ』と言っているんだ」

 彼は高校時代も、U19代表でも、日本では一番の『虎』だったが、今求められているのはNCAAトーナメントのような大舞台で自分の持ち味を存分に出すことであり、普段の練習からエナジーを出し続ける基準値を上げること。それこそが、彼が目指すNBAに近づくことになる。

 そこで、6月から加勢したファジーカスとともに、練習からチームメイトに自信を注入するプレーを見せて牽引していった。八村は以前から日本代表戦を見ては「攻め気がないと感じていたので、もっとアグレッシブさを出さないと勝てないと思っていた」からだ。

 確かにこれまでの日本は、接戦を勝ち切れずに自信を喪失していた。とはいえ、20歳の大学生に「自信がない」「攻め気がない」と言われて、先輩たちは悔しくはないのだろうか。キャプテンの篠山竜青はこう語る。

「そう言われたら本当は悔しいと思うのが正解なのかもしれませんが、僕個人としては悔しさがないんですよ。彼の無邪気さや人懐っこさがそう思わせるのか、抜群の明るさで僕たちとコミュニケーションを図って接している。それは彼の努力だと思うのです。ニックとの会話にしても、彼は英語ができるからニックのフラストレーションも溜まらない。塁の姿勢は僕らをもっと頑張らなきゃと思わせてくれるもので、やっぱり僕たちには闘争心が欠けていたのだと気づかされました」

 だからこそ――、と篠山は決意表明を続ける。

「これからは塁がいないときもありますが、『塁がいないから負けた』と言われないようにしなきゃいけない。オーストラリア戦の勝利をきっかけに、僕ら国内の選手はもっとやらなくては、というモチベーションができました」

 八村のコミュニケーション能力の高さは、もともとの明るい性格もあるが、自分から入っていかなければ居場所がなくなるアメリカの地で、より身についたものだ。弱冠20歳にして置かれている環境の厳しさが、日本代表に合流して1カ月足らずでも適応できる力をつけていたのである。そして、ゴンザガ大のコーチたちに言わせれば「ルイはもっとやれる」のだという。

 今回のWindow3には、ゴンザガ大で八村のスキルコーチを担当しているリカルド・フォイスコーチ(通称リッキー)を含む2名のスタッフが同行していたが、リッキーコーチによれば、「もっと強く向かっていけるところがあったし、バスケットカウントも取れた」と要求は高い。

 オーストラリア戦での八村はまさしく『虎』になったが、ゴンザガ基準ではもっと闘志を出さなければ、その先――すなわち八村が目指すNCAAファイナル4やNBAの舞台には進めない、というわけだ。

 日本の選手たちがアグレッシブな姿勢になったのは、こうした八村が置かれているレベルの高さを知ったことによる刺激からだろう。八村も日本の選手が勝つために必要なアグレッシブさを出せるようになったと感じたからこそ「日本バスケ界が成長するための大事な1勝」だとオーストラリア戦後に言えたのだ。

 9月中旬にある2次ラウンドの2試合に向けて、八村は「僕としては出たい」と意欲的だ。そこでネックになるのは学業だ。NCAAでは既定の成績を得られなければ試合に出ることができず、そのため、夏休みに少しでも勉強を進めておかなければならない。

「勉強はいつもストレスですが、いろんな人の助けを借りながらやっています」と語る八村のメンタリティは、バスケの向上だけではなく、学業を頑張る忍耐からも培われている。この夏の八村の日本代表参戦は、自身がさらなる虎になるためにも、日本の選手がたくましくなるためにも必要なステップだった。

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