日本が土俵際まで追い詰め、ついには本気を出させたと思っていたベルギーに、まだこんな奥の手が残されているとは思わなかった。日本戦のベルギーが本気でなかったとは言わないが、まだまだ底は見せていなかったということだ。 ワールドカップ準々決勝…

 日本が土俵際まで追い詰め、ついには本気を出させたと思っていたベルギーに、まだこんな奥の手が残されているとは思わなかった。日本戦のベルギーが本気でなかったとは言わないが、まだまだ底は見せていなかったということだ。

 ワールドカップ準々決勝。ベスト4進出をかけ、優勝候補筆頭のブラジルと対戦したベルギーは、この試合のために秘策を準備していた。

 決勝トーナメント1回戦の日本戦がそうだったように、ベルギーの基本フォーメーションは3-4-3である。ところが、ブラジル戦では自分たちがボールを保持して攻めているときは、従来どおりで戦うものの、相手にボールがわたり、守備ブロックを作るときには4-3-3へとシフトチェンジ。左アウトサイドのMFナセル・シャドリが中央よりに絞って3ボランチを、右アウトサイドのMFトーマス・ムニエはDFラインに下がって4バックを形成した。



「秘策」によって、ブラジルの攻撃を封じ込めたベルギー

 だが、これだけなら、単にブラジルの4-3-3に合わせてマッチアップさせるための変更だったともいえる。この布陣変更が対ブラジルの秘策ともいえるほど、かのカナリア軍団を混乱に陥れたのは、3トップの配置に理由があった。

 いつものベルギーなら、FWロメル・ルカクを中央に据え、左にFWエデン・アザール、右にMFケビン・デブルイネがノーマルな配置だろう。だが、この試合では右にルカク、左にアザールが開き、やや下がり目のトップ下にデブルイネが入った。厳密にいえば、4-3-3というより、4-3-1-2に近い。

 ベルギーの2トップがワイドに開くため、ブラジルの両サイドバックは攻め上がりを抑制され、しかも、ふたりのセンターバックはカバーを意識するため、前に出るにも出られない。こうしてベルギーはブラジルのDFラインを押し下げると、4バック+3ボランチの強固な守備でブラジルの攻撃を食い止め、ぽっかりと空いた中盤とDFラインの間のスペースを利用し、カウンターにつなげた。

 ルカクとアザールは独力でボールをキープし、ドリブルで前進することができるうえ、そこばかりに気を取られれば、中央のデブルイネをフリーにしてしまうばかりか、MFマルアン・フェライニ、アクセル・ヴィツェルも進出してくる。前半のベルギーは狙いどおりのカウンターから、何度となくゴールチャンスをつくり出した。

 実際、CKからのラッキーなオウンゴールで先制したあとの2点目は、鮮やかなカウンターから生まれたものだ。自陣からドリブルで独走したルカクが送ったラストパスを、デブルイネが強烈なミドルシュートをゴール左スミに突き刺した。

 結果的に決勝点となるゴールを決めたデブルイネが語る。

「僕らは戦術的な変更をし、前半はそれがとてもうまくいった」

 ベルギーのロベルト・マルティネス監督が「後半に入ると、ブラジルが適応し、リスクを負って攻めに出てきた」と振り返ったように、たしかに後半はブラジルが盛り返した。

 ベルギーは、前半のようにはルカクとアザールがボールを収められなくなり、守勢に回る時間が長くなった。危険なカウンターの数は明らかに減った。

 前半は、中盤で詰まってノッキングを起こすことが多かったブラジルの攻撃も、FWロベルト・フィルミーノ、MFドウグラス・コスタの投入で、ボールがリズムよく動き、ゴールへ向かう迫力も増した。

 とはいえ、2点差は大きかった。

 ブラジルは何度か決定機をつくったものの、決まったシュートは、同じく途中交代のMFレナト・アウグストのヘディングシュート1本だけ。最後はDFを1枚増やし、5バック+3ボランチで徹底して守備を固めるベルギーの前に、1点が遠かった。

 数時間前にウルグアイがフランスに敗れ、南米の最後の砦となっていたブラジルも、あえなくヨーロッパ勢の前に陥落。ベスト4はヨーロッパ勢の独占が決まった。

 してやったりの勝利に、マルティネス監督の舌も滑らかだった。

「ブラジルのようなチームと対戦するときには、あの黄色のジャージを見るだけで、どうしても気おされてしまう。だから、我々は戦術的なアドバンテージを手にしなければならなかった。何かを変えるというのは大きなギャンブルだが、必要なのは、それを信じてやり遂げる選手だった」

 いきり立つブラジルメディアから、PKの判定(後半、ブラジルのFWガブリエル・ジェズスがドリブルでペナルティーエリア内に進入した際、ベルギーDFの足がかかったように見えたが、ノーファールとなった)について質問されても、「判定が正しかったかどうかはわからないが、それが勝敗を分けた要因ではない」とばっさり。

 そして、「選手たちには戦術的に難しい役割を与えたが、それを実行してくれたことはすばらしかった。選手たちを誇りに思う」と、何度も選手たちを称えた。

 それにしても、前半にベルギーが何度となく繰り出したカウンターは、対戦相手にとって極めて危険なものだった。天下のブラジルでさえも、そうそう止められないほどにキレがあり、力強くもあった。

 もしも日本戦でこれをやられていたら……。そんなことを想像すると、少しばかり背筋が冷たくなる。日本との力の差を考えれば、「戦術的アドバンテージ」を必要とはせず、高さとスピードでねじ伏せることが可能だったということだろうが、ベルギーが持つ戦術的な奥深さに驚かされた一戦だった。

 ベルギーのベスト4進出は、1986年メキシコ大会以来。準決勝でフランスを下せば、初の決勝進出となる。

 マルティネス監督が「特別な世代」と評するチームは、ベルギーのサッカー史に新たな歴史を刻むことができるだろうか。