まさに「ロードレースの大聖堂」に相応しい迫力と緊迫の大激戦だった。今シーズンここまでの8戦でもっともスリリングな手に汗握るバトルだったことに、異論のある人はおそらくいないだろう。最後はトップの座を譲らなかったマルク・マルケス 第8戦・…

 まさに「ロードレースの大聖堂」に相応しい迫力と緊迫の大激戦だった。今シーズンここまでの8戦でもっともスリリングな手に汗握るバトルだったことに、異論のある人はおそらくいないだろう。



最後はトップの座を譲らなかったマルク・マルケス

 第8戦・オランダGPの会場TTサーキットアッセンは、シーズン全カレンダーのなかで唯一、グランプリ初年度の1949年から現在に至るまで、連綿と開催され続けている由緒あるサーキットだ。6月の最終土曜に決勝レースを行なうのが長年の伝統だったが、2016年から他のレースに合わせて日曜の決勝になり、7月に決勝レースを実施するのは今回が初めてだ。

 ここでは、世界選手権が始まる以前の1925年から「ダッチTT」という名称でレースが行なわれてきたため、今でもオランダGPはこの名で呼ばれることが多い。「ロードレースの大聖堂(Cathedral of Speed)」という呼称には、そのような当地の長いレースの歴史に対する敬意と尊崇の念が込められている。

 そこで繰り広げられた2018年のMotoGPは、ホンダ、スズキ、ヤマハ、ドゥカティの4メーカーの7台が入り乱れて、最後まで緊密な戦いを繰り広げた。

 全26周の最終盤23周目にマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)がトップ集団から抜け出して優勝を手にしたが、それまではアレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)、マーベリック・ビニャーレス(モビスター・ヤマハ MotoGP)、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)、バレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)、カル・クラッチロー(LCRホンダ・カストロール)、ホルヘ・ロレンソ(ドゥカティ・チーム)と、これだけの台数が1秒以内のタイム差にひしめきながら激しく順位を入れ替えるバトルを続けた。

 マルケスがペースを上げて逃げ始める23周目までの間には、確認できただけでも17回、トップを走る選手の入れ替わりがあった。先頭集団内の2番手や3番手の位置取りを巡る激しい駆け引きになると、100回を軽く上回っていたという報告もある。

 最初から最後まで僅差の厳しい戦いが続いただけに、さぞや選手も肉体的に疲弊したのだろうと思いきや、優勝を飾ったマルケスは、「正直なところ、肉体的には特にきついレースというわけではなかった」と、この日の戦いを振り返った。その理由は、「レース中にペースが遅いときもあったから」なのだという。

 たしかに、総レース時間を見ると、マルケスの今回の優勝タイム41分13秒863はずば抜けて速いわけではなく、過去のデータを見れば40分台の優勝タイムだった年もある。だからといって、この戦いが優勝したマルケスにとって決して楽に推移したわけではない。それは、激しいバトルが続いていた最中の戦略を振り返って述べた彼自身の以下のことばからも明らかだ。

「問題は攻撃と防御のタイミング。攻めると同時に守らないと、今度は自分が後ろから攻められる目に遭う」

「今日のようなレースだと、風が強くてラップタイムも遅く、皆のタイヤ選択もさまざまだから、それぞれがそれぞれのやりかたでレース展開をコントロールしようとしていて、そういう場合にはライダーの差がハッキリとあらわれる。どんなふうに仕掛けるのか、いつ攻めるのかはきわめて正確でなければならないし、抜きどころや守りどころも重要」

 その精緻な見極めで、マルケスはライバル勢よりも一枚上手をいくことのできる余力を残していた、ということなのだろう。

「最後はクレバーに狙い澄まして全力を振り絞って攻め、差を開くことができた。最後の最後に自分のラインを使い、プラクティスのときと同様のペースでプッシュした」

 23周目に集団を引き離し始めたマルケスは、24周目に1.070秒、25周目には1.810秒と、着実に差を広げて26周の戦いを逃げ切った。今季4勝目で25ポイントを加算して、ランキング2位のロッシには41点差をつけ、3番手のビニャーレスはそこからさらに6点背後にいる。

 現状ではシーズン全19戦の半分以上を残しているので、40点や50点の差は十分に挽回可能だ。だが、8戦中4戦に勝利して年間総合首位の座を守っているマルケスと、ランキング2位と3位につけているものの、優勝にはまだ手が届かないままでいるロッシとビニャーレスの距離は、実際の数字以上に大きなギャップがある。それは、ごくわずかのタイム差とはいえ、レース終盤で満を持して着実に差を開いていった今回の2秒差と同様の、深く重い溝である。