クロアチアサッカー史上初のW杯グループリーグ3連勝。それもリオネル・メッシを擁する優勝候補アルゼンチンに3-0で大勝しての決勝トーナメント進出だ。これを快進撃と言わず何と言おう。アルゼンチン戦の勝利を喜ぶルカ・モドリッチとイバン・ラキ…

 クロアチアサッカー史上初のW杯グループリーグ3連勝。それもリオネル・メッシを擁する優勝候補アルゼンチンに3-0で大勝しての決勝トーナメント進出だ。これを快進撃と言わず何と言おう。



アルゼンチン戦の勝利を喜ぶルカ・モドリッチとイバン・ラキティッチ photo by Sano Miki

 しかし、クロアチアのズラトコ・ダリッチ監督によると、決して驚くような結果ではないらしい。彼はW杯が始まる前から、こうなることを予測していたという。

「我々のW杯は今から始まる。これまでやってきたことは、すでに取るに足らないことだ。デンマーク戦では決して驕(おご)らず、ベストを尽くす必要がある。すべては勝利するためだ」

 クロアチアの飛躍は、ダリッチが代表監督の座に就いたときから始まった。

 2017年の秋。佳境に入ったW杯予選で、クロアチアはトルコに敗れ、フィンランドに引き分け、敗退の危機に直面していた。最終節のウクライナ戦には、どうしても勝たなければならない。そこでクロアチアサッカー協会が打った手が、アンテ・チャチッチ前監督の解任と、ダリッチの抜擢だった。

 この人事が大当たりした。ダリッチは着任2日後に行なわれたアウェーのウクライナ戦で0-2の勝利を収めて2位を確保すると、その後のプレーオフではギリシャを下し、見事W杯行きのチケットを手にしてみせた。その後、彼はこれと思う選手を集めて自分のチームを作り、落ち着いてプレーできる環境と信頼を選手たちに与えた。

 前任のチャチッチがディナモ・ザグレブのようなクロアチア国内のビッグクラブを率いたことがあったのに対し、ダリッチはこれまでほとんど中東のチームばかりを率いていた。とはいえ、2006年から2011年まで、クロアチアU-21代表のコーチを務めており、すでに多くの選手を知っていたことが大きかった。

 選手たちは彼と話をするだけで、プレッシャーが取り除かれるという。クロアチアのこれまでの成功は、選手の誰もがダリッチの采配を疑わず、自信を持ってプレーすることができたからだろう。ダリッチはクロアチア代表にチームワークとチームスピリットをもたらした。

 また、ダリッチは外野からの声に左右されない意志の強さを持っていた。彼はクロアチア代表監督としては初めて、スタッフを自ら選び、ロシアに連れて行く23人の選手を自分の決断で選出した。驚くべきことだが、彼以前の監督たちは皆、ディナモ・ザグレブのような国内の強豪チームの言いなりで、彼らの意思を忖度(そんたく)してチーム作りをしていたのだ。

 ダリッチの英断を物語るエピソードがある。W杯を目前に控えて、ダリッチはFWニコラ・カリニッチが不満を抱えていることに気がついた。カリニッチは自分が1トップのレギュラーとしてプレーできると信じていたのだが、ダリッチがそのポジションを与えたのはマリオ・マンジュキッチだった。

 W杯前のブラジルとの親善試合で、カリニッチは最後の20分間をプレーするように命じられたのに、「背中が痛い」という理由でそれを拒否した。同じことはW杯第1戦のナイジェリア戦でも繰り返された。

 ダリッチはカリニッチを代表から外す決意をした。すでに大会が始まっているのに、主力選手を、秩序を乱すという理由でチームから追放するのは、クロアチアサッカー史上初めてのことだ。W杯史上でも極めて珍しい。チームの和を何よりも重要視するダリッチの哲学がよく表れた出来事で、多くの選手が監督の決断を支持した。選手たちから見ても、カリニッチはチームの和を乱す存在だったのだ。

 そのほかにもダリッチ流の采配は続く。3戦目のアイスランド戦では、ケガで長く戦列を離れ、大会1カ月前に復帰したばかりのベテラン、DFベドラン・チョルルカをスタメンで起用した。経験豊かな彼の存在が、チームに安定感をもたらすと考えたからだ。一方で”ボクシッチ2世”とも呼ばれている若手FWアンテ・レビッチを積極的に使うなど、選手起用におけるインテリジェンスが光っている。

 1998年、クロアチアはフランスW杯に初出場して3位となり、世界中の人々を驚かせた。ズボニミール・ボバン、ダボル・シューケル、アレン・ボクシッチ、ロベルト・ヤルニ……彼らは国の英雄だった。生まれたばかりの国の代表ということもあって、チームには確かに熱いスピリットがあった。

 その後も、クロアチア代表にはヨーロッパのビッグクラブでプレーする優秀な選手が数多くいたが、1998年のようなスピリットを感じられるチームはなかった。しかし、今のクロアチアには20年前と同じようなスピリットがある。黄金世代と言われながら、これまで一度も決勝トーナメントに進めなかった選手たちが、最高に円熟し、最後のW杯に望みをかけている。特にルカ・モドリッチは真のリーダーに成長した。

 クロアチアは国民が誇りに思えるチームを取り戻した。誰もが今のチームに夢を抱いている。モドリッチ、イバン・ラキティッチ、マンジュキッチ……そして何より監督ダリッチの采配に人々は酔っている。