ヨーロッパで開催されている今回のW杯だが、スタジアムに足を運ぶと南米チームのサポーターの多さに驚かされる。モスクワで行なわれたドイツ対メキシコ戦など、どう考えても地理的にはドイツの方が近いのに、スタンドの75%はメキシコのチームカラー…

 ヨーロッパで開催されている今回のW杯だが、スタジアムに足を運ぶと南米チームのサポーターの多さに驚かされる。モスクワで行なわれたドイツ対メキシコ戦など、どう考えても地理的にはドイツの方が近いのに、スタンドの75%はメキシコのチームカラーである緑で埋め尽くされていた。それだけ南米の人々のワールドカップへの思い入れは強いのだ(メキシコは正確には北中米だが、南米のスピリットを持っている)。

 だが、グループリーグで、サポーターの期待通りに戦えた南米のチームは非常に少なかった。今大会は全体的にサプライズが多いが、南米勢で初戦で勝利を挙げたのは、わずかにメキシコとウルグアイだけというのは、やはり驚きだった。

 アルゼンチンの大手リクルート会社は、第1戦が終わった後に、皮肉を込めてこんな広告を出した。

「南米チームの監督の方々に再就職先を斡旋(あっせん)します」



巻き返しを図るアルゼンチンのリオネル・メッシ photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 ヨーロッパにとって、そしてたぶん日本にとっても、サッカーはスポーツだ。もちろん試合に勝てば盛り上がり、負ければ悔しく、熱く自チームを応援するだろうが、それが人生のすべてではない。

 一方、南米ではサッカーがすでに人生の一部だ。人々は命をかけて自国のチームを応援する。そのプレッシャーは、うまくいけば大いなる力となってチームを後押しするが、同時に大きな重圧となって選手にのしかかってくる。

 グループリーグでドイツが敗退したことは大いなる驚きだった。ドイツ国民のショックは計り知れない。それでも、ドイツの選手たちは国に帰ることができるだろう。しかし、もしアルゼンチンやブラジルが敗退していたら……考えただけでも恐ろしい。

 ただ、それでも期待されていた南米勢は、ペルーを除いて決勝トーナメントに駒を進めることができた。これからは待ったなしの一発勝負。ストーリーはこれまでとは違ってくるはずだ。

 南米のチームのなかで一番堅実で、強く、方向性のぶれないチームはウルグアイだ。プレーのひとつひとつが理にかなっていて、よくつくりあげられている。グループリーグでは3連勝しただけではなく、見ていても楽しいサッカーだった。

 選手個々の出来もいい。ウルグアイサッカー史上最多代表キャップを達成したGKフェルナンド・ムスレラから、エディンソン・カバーニ、ルイス・スアレスといったスター選手まで、一貫して調子がいい。

 しかし、何よりもその強さの秘密はベンチにある。今大会最年長の指揮官であるオスカル・タバレス監督は、毎日3時間以上も他チームの研究を欠かさない。ウルグアイは南米の中でも小国で、今回のW杯参加国の中でもアイスランドの次に小さな国だ。にもかかわらず32チームの中でもトップの強さを見せている。クロアチアとともにこの大会のダークホースとなるかもしれない。

 一方、一時は終わってしまったかのように見えたのがアルゼンチンだ。初戦でアイスランドに引き分け、クロアチアには大敗すると、選手と監督の不和は高まり、リオネル・メッシはうなだれた。最後のナイジェリア戦でもアルゼンチンは苦しんだが、終了4分前にマルコス・ロホがゴールを決めて、どうにか首をつないだ。

 そして、ここにきてアルゼンチンはチームの危機を、彼らのやり方で解決することにした。そう、とてつもなくアルゼンチンらしいやり方で……。

 アルゼンチンの選手たちは、もうホルヘ・サンパオリ監督の言うことには耳を貸さないことにした。ハビエル・マスチェラーノもメッシも、監督とは話もしない。重要なことは全て選手が決める。練習時間も、練習方法も、果てはゴンサロ・イグアインにもっとスペースを与えるといった戦い方まで……。

 マスチェラーノは言う。

「アルゼンチンのW杯は今から始まる。すべてがゼロからのスタート、これまでのことは考えないようにする。今はただ前を見るだけだ」

 サンパオリは日に日に孤立している。ロホが劇的なゴールを決めたときでさえ、誰もサンパオリをハグしたりはしなかった。

 もちろん、これで問題がすべて解決したわけではない。それでも、一発勝負の仁義なき戦いを前に、腹をくくったアルゼンチンが、より危険なチームになったことは確かだ。

 グループリーグでは人々の期待に応えることのできなかったブラジルも、少しずつ上昇してきている。エースのネイマールが本調子ではないブラジルは、ネイマールなしでも戦える道を見つけ出そうとしている。

 ロベルト・フィルミーノとドゥグラス・コスタは、これをチャンスとばかりに、自分たちがブラジルの、あわよくば今大会のエースになることを狙っている。これでネイマールも復調することができたら、先行きはかなり明るくなるだろう。ただ、楽観視ばかりもしていられない。次の対戦相手はメキシコだ。彼らはブラジルのことを熟知していて、いつも危険に陥れる。ブラジルが真価を見せられるかどうかの正念場だ。

 今のブラジルは、普通の公道を走っているF1マシンのように、なかなかその性能を発揮することができないでいる。しかし一度サーキットに入ったならば、最後の最後までぶっ飛ばすことができるだろう。

 対戦相手のメキシコは、最高のコンディションとまでは言えないが、メキシコらしい武器、スピードと運動量の豊富さは健在だ。メキシコの本領は70分を過ぎ、相手が疲れ始めてきた頃から発揮される。また、メキシコはなぜか強いチームを相手にしたときほど、組織力と集中力がアップする。ドイツには快勝したが(まあ、今大会のドイツが強敵だったかどうかはわからないが……)、韓国戦では苦労し、スウェーデンには0-3で大敗している。

 しかしこれからの決勝トーナメントは、彼らが得意とする(?)強敵ばかりだ。「メキシコはいつもいいプレーをしているのに、W杯で優勝したことがない」とは、メキシコ人の口癖だ。今回この夢に届くことができるか、次のブラジル戦が大きなカギを握る。

 最後にコロンビア。初戦で日本にまさかの敗北をしたとはいえ、やはりグループHではひとつ抜きん出て強かった。コロンビアのサッカーは明るい。ピッチの中でも外でも踊っているようだ。アルゼンチン人監督ホセ・ペケルマンがそこに誠実さを与え、陽気さと堅実さが絶妙にミックスされたチームをつくり出した。

 ボールを持ったときのラダメル・ファルカオ、いざというときのハメス・ロドリゲス、サッカーをするために生まれてきたようなフアン・クアドラード、ルイス・ムリエル、フアン・キンテーロ。ゴールゲッターのカルロス・バッカをベンチに温存するなど、タレントにも恵まれている。

 今回のコロンビアは、決してロシアに遊びに来ているのではない。彼らは本気でタイトルを狙っている。それはグループリーグの戦いぶりからもうかがえた。日本戦は10人になったとはいえ、最後までよく戦った。首位で通過し、決勝トーナメントでは南米チームで唯一、強豪ひしめく”死の山”から逃れたことも、大きなアドバンテージだ。コロンビアは現実的に優勝を狙えるチームであると思う。