ウインブルドンに向けて「多くの実戦をこなしたい」と言っていた大坂なおみにとって、腹筋のケガによる途中棄権に終わったバーミンガムも含め、2大会で6試合戦えたことは自信を得るに十分な結果だったのだろう。ウインブルドンに向けて芝のコートで経…

 ウインブルドンに向けて「多くの実戦をこなしたい」と言っていた大坂なおみにとって、腹筋のケガによる途中棄権に終わったバーミンガムも含め、2大会で6試合戦えたことは自信を得るに十分な結果だったのだろう。



ウインブルドンに向けて芝のコートで経験を積んだ大坂なおみ

「ここまで芝ではいいプレーができた。試合数をこなせたことがとてもうれしいし、ウインブルドンに向けていい準備ができていると思う」と語る彼女の表情と声に、陰はさほど感じられない。

「まだちゃんとドクターに診てもらってはいないけれど……」

 そう前置きをしたうえで、大坂は断言した。

「ウインブルドンでプレーできるのは間違いない。それまでにちゃんと治したい」

 全仏オープンを3回戦で終えた後、大坂はそのままヨーロッパにとどまり、ノッティンガムとバーミンガムのふたつのツアー大会に出場した。大会のサーフェスはいずれも芝で、目的はもちろん、ウインブルドンに向けて少しでもこの気まぐれな”生き物”のコートに慣れること。

 なにしろ、1年に及ぶテニスの長いシーズンのうち、芝の季節は基本的にわずか1ヵ月。しかも、ほとんどの選手にとって日ごろは練習の機会がない、もっともレアなサーフェスである。ハードコートが主流のアメリカ育ちの大坂にしても例外ではなく、天然芝でのプレーは3年前が初めてだった。まだまだ彼女が芝に対し、どこかよそよそしいのも無理からぬことである。

 ケガでの棄権等が多いことも、この時期に見られるひとつの傾向だろう。バーミンガムでは大坂を含めてふたりの棄権者が出て、同週に開催されていたハレ大会でも2試合、ロンドン大会でもふたつの棄権があった。

 これは、芝が滑りやすいことに加え、数週間前までの主戦場であったクレー(土)コートとは、ボールの跳ね方から足もとの感覚まで大きく異なる点にある。選手たちにはフットワークなど多くの変化が求められ、それはすなわち、異なる身体の使い方を強いられるということ。そのような適応を短期間に行なうのだから、ケガが増えるのは致し方ない側面もある。

 大坂は数週間前に芝のコートに立ったとき、「まだ不安があるし、自信を持てていなかった」と告白した。特にもっとも苦しめられるのが、フットワーク。「方向転換するときなどに必要な細かいステップを体得すること」が当面の最大の課題だという。

 ただ同時に、芝こそが自分の武器をもっとも活かせるコートだという、予感めいた感触もある。バウンド後の球筋が低く速いこのコートでは、ラリーが続きにくく、一発の強打を持つ選手が試合を支配する事態も起きやすい。

「芝は、サーブがよく、パワーのある選手に向いている。それらふたつは私の武器でもあるのだから、自信を持ってプレーするようにしている」

 バーミンガムの棄権後にそう語った大坂は、「今日の試合も、いつものようなサーブが打てれば私が勝っていたと思う」と、ことさら悔いるふうでもなくサラリと言った。

 大坂がそのように自信を抱くに至った背景には、コーチをはじめ、経験豊富なチームスタッフたちの存在もあるようだ。今季の芝シーズンを迎えるにあたっても、コーチのサーシャ・バジンをはじめとする周囲の人々から、「芝は君に向いている。自信を持て」と心に刷り込まれたという。

 また、女王セリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)の鋼(はがね)の肉体を鍛え上げたストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ、アブドゥル・シラーが帯同することも、欧州での長期遠征では大きな利点だ。なにしろ、使うほどに摩耗してしまう天然芝では、選手といえども使用が限られ、練習を許されるのは通常1時間。それ以外の時間をいかに有効活用するかとなったときこそ、経験豊富なトレーナーの腕の見せどころだ。

 現在、欧州長期遠征中の「チームなおみ」は、コーチ、S&Cコーチ、そしてアスレティックトレーナーにより構成されている。その体制について大坂は、「スタッフはそれぞれ経験があり、話し合いのたびに、みんな自分の意見をはっきり言ってくれる。それがいい点」だと言った。

 バーミンガム大会2回戦での大坂は、第1セット終了後にトレーナーを呼び、治療を受けるも即棄権を申し出た。それは、自分の身体に対する理解と判断力が上がったからと見ることもできる。冒頭に述べたように、芝で十分な実戦経験が積めたことによる手応えも、潔(いさぎよ)い判断の下地にあったはずだ。

「ここまでのプレーには、とても満足している」

 その自信をウインブルドンに持ち込めることは、まずは大きな収穫だ。