ほんの1年前まで、加藤恒平の名を知る人は、よほどコアな海外サッカー好きに限定されていただろう。ところが、昨年5月に日本代表に選出されたことで状況は一変。「加藤恒平とは誰だ?」と、専門誌やスポーツ紙にとどまらず、ニュース番組でも加藤の特…

 ほんの1年前まで、加藤恒平の名を知る人は、よほどコアな海外サッカー好きに限定されていただろう。ところが、昨年5月に日本代表に選出されたことで状況は一変。「加藤恒平とは誰だ?」と、専門誌やスポーツ紙にとどまらず、ニュース番組でも加藤の特集が組まれるほど注目を集めた。

 もっとも加藤本人は至って冷静だった。「代表に選ばれたことで、プロとしてスタートラインに立てたと思いました。試合への出場はかないませんでしたが、代表選出を期に、自分の課題や今後の目標も明確化した。”次”への想いのほうが大きかったですね」と当時を振り返る。

 立命館大学を卒業後、町田ゼルビアを1年間プレー。契約更新の話があったが、「海外に行きたい」という思いから海を渡り、モンテネグロで活路を開いた。その後はポーランド、ブルガリアを経て、今季からサガン鳥栖へ移籍。海外仕込みの高い守備意識を強みに、鳥栖でも存在感を放ち始めている。



2015-2016シーズンにポーランド1部リーグでプレーした加藤恒平

  photo by Newspix.pl/AFLO

 そんな加藤がポーランドリーグでプレーしていたのは2015-2016シーズンのこと。日本代表とポーランドのサッカーを知る加藤は、ポーランドのサッカーをどう分析するのか。ロシアW杯の決勝トーナメント進出がかかるポーランド戦に日本代表はどう臨むべきか。加藤の提言に耳を傾けた。

――まず、鳥栖へ移籍して率直に感じている海外との違いから教えてください。

「ヨーロッパのサッカーと日本のサッカーは別物だな、ということです。サッカーに対する熱、文化的な背景から、勝っているときと負けているときの観客の反応も異なりますね。プレーの質は、海外のほうが圧倒的に激しいです。日本はどちらかというと上手な選手が多くて、技術をベースに丁寧なサッカーをする。『選手個々のうまさはあるな』という印象ですね」

――これまで海外では、モンテネグロ、ポーランド、ブルガリアでプレーしてきましたが、Jリーグの環境面についてはどう思いますか?

「実は、ブルガリア、ポーランドで困ったことはほとんどないんです(笑)。それでも、日本の環境は素晴らしいと痛感しています。ピッチ、スタジアム、練習場はもちろんのこと、新幹線と飛行機で時間通りに移動できる。空港に着いたらバスが待っていて……と、本当に何ひとつ不自由がない。そういったオーガナイズは本当に素晴らしいと感じています」



現在はサガン鳥栖でプレーする加藤 photo by Kurita Simei

――ピッチ上で適応に苦しんだ部分があれば教えてください

「そこまで困ったことはありませんでした。もともと千葉のユースや町田にいたこともあり、『比較的早くアジャストできたな』と自分では捉えています。ただ、ピッチが硬いのは戸惑いましたね。どちらかというと、海外は粘土質で芝が長く深いので、基本的に晴れている日でも(グリップ力の高い)取替えスパイクでやるんです。でも、日本の芝ではそういうわけにはいかない。鳥栖にはヨーロッパ帰りの選手も多く、『最初はみんな戸惑った』と話していました」

――守備の考え方やチーム戦術は異なる部分も多いのではないでしょうか。

「チーム戦術というよりは、個人の守備の考え方が全然違いますね。日本ではまずコースを切り、ボールを奪いにいくという考え方が強い。一方で、海外だとボールにチャレンジして奪いにいくのが当たり前。もちろん両者のいい部分があって、そこをうまく使い分けできればいいと思いますね。どちらがいい、悪いという話ではなく」

――ポーランドでも守備は積極的にチャレンジするという考え方が浸透しているんですか?

「守備の激しさ、チャレンジというのは最低限のベースですね。それはポーランドに限らず。だから、監督から『もっといけ』なんて言われなくて、『いくのが当然』という認識です。これは攻撃でも一緒で、際どいところにパスを出す。時には『これは無理だろ』、というボールもどんどん入れていきます。練習から五分五分で争う機会が多く、『自然と競り合う力がついてくるんだな』と感じました。球際やセカンドボールをマイボールにする力が強い、という言い方が正しいかもしれません」

――ポーランドリーグでは前線に放り込むサッカーが主流でしょうか?

「上位と下位ではっきり分かれますね。上位のトップクラブは本当にうまくて、ボールを大切にしつつ、運動量が多く動きのあるサッカーを展開する。一昨年のCLでは本戦に出ているチームもありますし、攻撃的なサッカーをする技術もある。一方で、10位より下位のチームになると、引いて守ってカウンターという一本調子なことが多いですね」

――リーグ全体のレベルとしては、Jリーグと比較してみるとどう感じますか?

「正直、単純に比較するのは難しい。重複になりますが、ヨーロッパのサッカーと日本のサッカーは僕の中では別物なので。ただ、ポーランドリーグだと、どのチームと戦ってもハードで非常に難しい試合になる。楽なゲームというのはほぼなかったですね。今年も最終節まで優勝争いがもつれましたし、クラブ間での力関係が拮抗しています。

 だから競争力があるし、実際にポーランドリーグで認められた選手が隣国のドイツに引き抜かれるケースも多々あり、バルトシュ・カプストゥカという選手はプレミアリーグのレスターに引き抜かれました(現フライブルク)。岡崎選手も、彼のことを知っていました。ヨーロッパのいいところは、5大リーグでなくても、活躍すればヨーロッパのマーケットに直接つながること。アジアだといくらいいプレーをしても、文化面やプレーの違いが考慮されて『一回持ち帰って上と相談して』となってしまうので」

――ポーランドは海外志向の強い選手が多い?

「意外とそうでもないんですよ(笑)。引き抜かれるのは、25歳くらいまでの若手がほとんど。どちらかというと家族と一緒に、住み慣れた環境でやりたいという選手が多かった。中堅からベテランになると、ポーランドはサッカーをやる上で不自由しないんです。

 給料はそれなりで、スタジアムも素晴らしくて、街は本当にきれいなので。そこでお金もらえているんだったら、正直ポーランドでいいという意見をたくさん聞きました。『アジアのように高いお金をもらえるなら別だ』という声もありましたが」

――国全体のスタイルとしては、昔から伝統的にしっかりとした守備がベースでカウンターというイメージがあります。

「そうですね。戦い方にブレはないかもしれません。守備ブロックの形成の仕方や、戦い方がはっきりしているというのも要因だと思います。やはり守備は大きな強みになっていると思います」

――現在のポーランド代表をどう見ていますか?

「各ポジションに世界のトップクラブ、リーグでプレーしている選手たちがいて、チームとしての総合力が高い。W杯の予選で得点を量産していることを考えても、簡単な相手ではないでしょう。中でも、ロベルト・レバンドフスキという選手は誰でも知っており、彼にボールが入れば何かが起きる。

 ただ、日本にもトップレベルの選手がいて、(吉田)麻也くんもプレミアで高いレベルのFWと戦っている経験がある。レバンドフスキを単体で止めるというよりも、チームとして守れれば問題ないかと思いますね。最も有効なのは、彼にボールを入れる前の出し手を潰しにいくこと。そうは言っても、彼以外にも能力が高い選手が何人かいるので、誰を、どこを、というのを絞りにくいチームだと思います」

――ポーランドは組織力にも定評があるチームです。ずばり、どういう戦い方が日本にとって効果的と考えますか?

「組織力はポーランドの強みだと思います。ただ、そこまでボールを保持するチームではありません。自分たちがボールを保持して攻撃するというよりは、守備でブロックを作り、比較的シンプルに前線にあずけてくる。なので、日本代表がボールを持つ時間はある程度出てくるでしょう。そのなかで、いかに強固なブロックを崩せるかがカギになる。守備面では攻守の切り替えを早くし、ポーランドの強烈なカウンターをどう防ぐか。この2つがポイントになるのではないでしょうか」

――最後に、仮にポーランドの友人から日本代表の強み、要注意選手を聞かれたらどう答えますか?

「個人名を挙げるのは難しいですね。”日本らしさ”と言われて、パッと答えられる人は、今どれくらいいるんでしょうね? ひと昔前なら、『みんながハードワークできる』と答えていましたが、今はどの国、どのチームもそれを最低限やる前提でサッカーが成り立っている。どんなスター選手でもハードワークしますし、それが世界のスタンダードになった。

 一方で、昔は経験値という点で世界と差があったのが、今は日本でもヨーロッパのトップレベルのリーグでやっている選手が増え、経験を積んだ。その経験値を活かして、チームとしていかに守るかを大切に、ポーランド戦に臨んでほしいです」