南米勢受難の大会である。 今回のワールドカップはヨーロッパでの開催ながら、サポーターの数では南米勢が圧倒的に上回っている。自分が現在、ロシアに来ていることを忘れてしまうほどだ。 ところが、試合結果はというと、南米勢はかなり分が悪い。 …

 南米勢受難の大会である。

 今回のワールドカップはヨーロッパでの開催ながら、サポーターの数では南米勢が圧倒的に上回っている。自分が現在、ロシアに来ていることを忘れてしまうほどだ。

 ところが、試合結果はというと、南米勢はかなり分が悪い。

 出場全32カ国がグループリーグ初戦を終えた時点で、勝利できたのはウルグアイのみ。コロンビア、ペルーは敗れ、ブラジル、アルゼンチンでさえ引き分けに終わっていた。

 そしてグループリーグが2巡目に入ると、”ひとり勝ち”のウルグアイが連勝で早々に決勝トーナメント進出を決め、ブラジルもようやく1勝を挙げたものの、逆にペルーは連敗し、グループリーグでの敗退が決まった。

 そして南米の巨星のひとつ、アルゼンチンもまた、グループリーグ敗退の危機に瀕している。

 グループリーグ第2戦、アルゼンチンはクロアチアに0-3の完敗を喫した。前半こそ、互角にゲームを進めたものの、後半にGKウィリー・カバジェロのミスキックをクロアチアのFWアンテ・レビッチにダイレクトで叩き込まれて先制されると、焦りばかりが目立って反撃の糸口さえ見つけられずじまい。アルゼンチンのホルヘ・サンパオリ監督が「恥だとは思わないが、アルゼンチンの人々が期待するレベルの試合を見せられず、痛みを感じている」と語るほど、屈辱的な大敗だった。

 もちろん、サッカーがチームスポーツである以上、選手個人に敗戦の責任を押しつけることはできない。事実、チームとして組織的に戦えるという点で、クロアチアはアルゼンチンを大きく上回っていた。その点において、結果は妥当なものだった。

 だとしても、対戦した両チームのキャプテンにして「10番」、すなわち、それぞれのシンボル的存在が見せたあまりに対照的なパフォーマンスには、やはり注目しないわけにはいかない。

 勝利したクロアチアの10番、ルカ・モドリッチは攻守両面でよく動き、常にひとつの駒として機能するなかで、他が真似のできない”違い”を作り出した。試合を決めた2点目のスーパーゴールがまさにそれを象徴する。



クロアチアに完敗し、静かにピッチを去っていくメッシ

 一方でアルゼンチンの10番、リオネル・メッシはあまりに緩慢だった。

 初戦のアイスランド戦では、攻撃がうまくいかないと見るや、自ら下がってボールを受け、低い位置からでもドリブルを仕掛けたり、パスをさばいたりと、自分が何とかしようとする意欲が見えた。”戦術はメッシ”。アルゼンチンの現実を、彼自身がよく理解しているようだった。

 ところが、クロアチア戦では、どちらのチームがボールを保持しているかに関係なく、メッシはほとんどの時間でぼんやりと歩いているだけ。時折気がついたように相手にプレスをかけたり、パスを受けて強引にドリブルで相手守備網に突っ込んでいったりするものの、実質的なプレー機会は極めて少なかった。

 モドリッチが「最も危険な選手であるメッシにボールが渡らないよう分断した」と戦術的狙いを語っていたように、確かにクロアチアは特に先制後の時間で、縦パスのコースを切り、アルゼンチンの攻撃を手詰まりにさせてはいた。

 だとしても、メッシはあまりに無策だった。自分が出場している試合を、まるで他人事のように眺めている時間があまりに長かった。

「チームの現実によって、レオの輝きが曇ってしまう。チームが理想的な形で彼と融合できていないために、レオの能力は限定的にしか発揮できない。監督として、私にはそれ(メッシとチームの融合)を実現させる責任がある」

 サンパオリ監督はそう語り、あくまでもメッシを擁護した。

 もちろん、メッシがメッシとして、バルセロナ同様の活躍を見せられないのは、アルゼンチンというチームに主な原因があるのだろう。サンパオリ監督も「私が別のゲームプランを用意できれば、結果はずっとよくなっていたかもしれない」と語り、敗戦の責任を一手に引き受ける。

 それでも、この試合に関して言えば、ことの責任がチーム側だけにあるとは思えない。そもそもが、アルゼンチンはメッシのチームである。それを理解したうえで、周りの選手がメッシを生かそうと、出来が悪いなりにも懸命に走り、パスをつないだところで、当のメッシに覇気が感じられないのでは、”戦術”が機能するはずもなかった。

 繰り返すが、クロアチアはすばらしいサッカーをした。「前半は守備ブロックを作り、後半は高い位置からのプレスをかける。コンパクトで組織的なサッカーができた。アルゼンチンが混乱したのではない。我々が素晴らしかったのだ」と自画自賛をためらわなかったのは、クロアチアのズラトコ・ダリッチ監督だ。加えて、「だが、重要だったのは戦術よりも、選手をストレスから解放させ、楽しんでプレーさせてやることだった」とは、なかなかニクいセリフである。

 しかし、1点を失ったことで泡を食ったように攻め急ぐアルゼンチンの選手たちは、焦りと苛立ちに満ち溢れていた。案の定、失点を重ね、しまいには無用なラフプレーを連発。あらゆる意味において、まさにアルゼンチンの自滅だった。

 これでアルゼンチンは、自力でのグループリーグ突破の可能性が消えた。第3戦でナイジェリアに勝利したうえで、同じ時間に行なわれるクロアチア対アイスランドの結果を待つことになる。前回大会のファイナリストが置かれた状況は厳しい。

 サンパオリ監督は、チリ代表などで非常にアグレッシブなサッカー――チーム全体で高い位置からプレスを仕掛け、奪ったボールを一気にゴールへ向かって運ぶ――を構築し、結果を残してきた名将である。だが、メッシを擁するアルゼンチンでは同じことができず、最適解を見つけられないまま、ここまでに至った。

 そして今、”戦術はメッシ”であることの限界を、当のメッシ自身も認めたのかもしれない。成すすべなく失点を重ねた末の優勝候補の大敗は、そんなことを感じさせる試合だった。