6月19日、ホンダは2019年からレッドブルにパワーユニットを供給することを発表した。レッドブルとルノーとの間では長く駆け引きが続けられたように見えていたが、実際にはかなり早い段階から既定路線だった。来シーズンからホンダとタッグを組む…

 6月19日、ホンダは2019年からレッドブルにパワーユニットを供給することを発表した。レッドブルとルノーとの間では長く駆け引きが続けられたように見えていたが、実際にはかなり早い段階から既定路線だった。



来シーズンからホンダとタッグを組むことになったレッドブル

 今からさかのぼること8ヵ月――。昨年の日本GP前に、レッドブルのモータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコとともにHRD Sakuraを訪れたマックス・フェルスタッペンは、山本雅史モータースポーツ部長の案内で施設を見て回り、「ルノーに比べて格段にハイクオリティだ!」と感心しきりだったという。

 メルセデスAMGやフェラーリなど引く手あまただったフェルスタッペンは、その直後にレッドブル残留を決めた。つまり、トロロッソとホンダの提携がスタートしていた当時、レッドブルの内部ではすでにレッドブル・ホンダのシナリオが描かれており、フェルスタッペンを安心・納得させるための材料としてHRD Sakura見学が行なわれていたのだ。

「施設はすばらしかったし、ホンダとルノーのファクトリーの違いを実際に歩いて回って見て、知ることができたのはよかったね。ダイナモやいろんな装置を目にして、すべては効率よく運用されているように見えたし、彼らが作り上げた施設は非常に印象的だったよ。もちろん、僕はみんなよりももっと早くチームから聞かされていたし、将来に向けてチーム内で何が起きているのかもはっきり把握している」(フェルスタッペン)

 レッドブルにとっては、ホンダを選ぶことは必然だった。

 まず第一に、ワークス体制であるということ。

 これはつまり、車体側の要求に合わせてパワーユニットを開発してもらえるということだ。空力性能を優先するためにコンパクトにしてほしい箇所があればそれを要求できるし、逆に車体側で妥協することでパワーアップを果たす余地があるかもしれない。ルノーから供給を受ける場合は、すでに完成されたパワーユニットを渡されてそれを車体に組み込むだけで、基本的に車体側がパワーユニットの基本設計に合わせるしかない。しかしホンダと組めば、パワーユニットも車体も、より一層攻めたデザインを突き詰めることができるようになるのだ。

「ホンダはレッドブルとトロロッソのためだけにパワーユニットを開発してくれるわけで、つまり(カスタマー供給のルノーとは異なり)純粋に僕たちのクルマに合わせて作られるパワーユニットになるんだから、とてもいいことだよ」(フェルスタッペン)

 エクソンモービルのスポンサードを受けるレッドブルは、BP/カストロールに合わせて作られたルノー製パワーユニットの性能をフルに引き出すためにハンディキャップを負っている。だが、ホンダはすでに今年からモービルを使っていて、その心配もない。燃料・油脂類の開発だけで数十kWも違ってくることもあるだけに、これは決して小さくない効果だ。

 第二に、レッドブルがルノーの性能と信頼性に不満を持ち続けているという点もある。

 2014年に現行規定が導入されるはるか以前から基礎開発を続けてきたにもかかわらず、ルノーはメルセデスAMGやフェラーリに依然として大きな差をつけられている。パワー影響の小さいモナコGPで他を圧倒する速さを見せたのは、レッドブルの車体性能が優れていることを意味し、逆に言えば他のサーキットではルノーの非力さゆえに勝利を逃し、タイトル争いの権利を奪われているも同然だ。「予選モード」がなく、予選で2強チームとの差が広がってしまうことも、レッドブルがルノーに対して抱える不満のひとつだ。

 それに対し、ホンダはカナダGPで投入した「スペック2」でいよいよルノーに並んできた。性能と信頼性が同レベルなら、レッドブルにとっては制約の多いルノーを選ぶ理由はなくなってしまう。ましてや、年間20億円を超すパワーユニット代金が、ホンダならば無料になる。ルノー側も自陣営で唯一勝利のチャンスを持つレッドブルをキープしようと大幅減額のオファーをしたというが、それでも意向は覆(くつがえ)らなかったのだから、レッドブルにとっては金額よりも何よりも優先されるべきは性能なのだろう。

 レッドブル側と交渉を続けてきた山本モータースポーツ部長はこう語る。

「とにかく彼らは勝つことだけを考えている。どうすれば勝てるか、どうすればチャンピオンになれるか、そういう話しかしません」

 レッドブル残留か、はたまたメルセデスAMGあるいはフェラーリへの移籍かがまだ決まっていないダニエル・リカルドも、その考え方は同じだ。

「僕の最優先事項は、ワールドタイトルを獲得できるマシンを手に入れることだよ。それが、まず第一だ」

 つまり、2019年および2020年のレッドブル・ホンダがタイトルを争うに相応しいマシンたりえるのか――。それが、リカルドがレッドブルに残留するかどうかを決めるうえでのキーファクターになる。レッドブルが要求するのは、今のようにパワーの不利が出にくいサーキットや運のいいときだけなんとか勝てるマシンパッケージではなく、2強と互角に戦い、ワールドチャンピオンに挑むことができるマシンだ。

 レッドブルと手を組むホンダに求められるのは、まさにそういうことだ。

 この現実に対し、田辺豊治テクニカルディレクターはこう語る。

「かつてのチャンピオンチームですし、現在もトップレベルのチームですから高い要求も覚悟していますし、それに応えなければ我々としても進歩できないと思っています。大きなプレッシャーを感じていますが、大きなチャレンジだと思っています」

 開発の指揮を執る浅木泰昭執行役員も、「トップを争うというのは、そういうことですから」と、そのプレッシャーに応えて当然だと語る。

 名門レッドブルと組むことについて、マクラーレンと組みボロクソに言われ続けた3年間の二の舞になるのではないか、と不安視するファンの声も聞こえてくる。しかし、過去のルノーとの舌戦を振り返ってもわかるように、レッドブルが相手を批判するのは自分たちのメンツのためではなく、勝利を手に入れるためだ。それはあくまで理にかなった批判であり、改善させて勝利を手にするという最終目的を達成するためのものだ。

 誤解を恐れずに言うならば、今のホンダには、まだそれだけの力はない。

 今のスペック2ならばルノーと同等、それならルノーよりホンダを選んだほうがわずかながらメリットの可能性がある、と判断してもらえただけだ。夏休み明けにも投入されるであろう「スペック3」でどこまで進化できるか。レッドブルおよびトロロッソとともに作り上げていく2019年型パワーユニットでどこまで飛躍できるか。そして、2020年にトップに君臨することができるか――。問われているのは、そういうことだ。

 レッドブルが交わしたのは現行レギュレーションが続く2020年までの2年契約であり、その後にはF1参戦を開始するポルシェへのスイッチも、また既定路線と噂されている。それまでの”継投”だからこそ、レッドブルはリスクを省みずホンダを選んだとも言われている。しかし、ホンダが作り上げるパワーユニットが彼らの予想をはるかに超え、王座を勝ち獲る速さと強さをもたらすことができたならば、彼らを翻意させることもできるはずだ。

 F1復帰から5年目の来季、ホンダが挑もうとしているのはまさしく、勝利への挑戦なのだ。