6月14日、モスクワ市内のルジニキスタジアム。午前中、その周辺では厳しい顔をした警官の姿が目立っていたが、昼を過ぎた頃には、昂揚(こうよう)した表情のサポーターで埋まり始めていた。 開幕戦のカードは開催国のロシアとサウジアラビア。両国…
6月14日、モスクワ市内のルジニキスタジアム。午前中、その周辺では厳しい顔をした警官の姿が目立っていたが、昼を過ぎた頃には、昂揚(こうよう)した表情のサポーターで埋まり始めていた。
開幕戦のカードは開催国のロシアとサウジアラビア。両国のサポーターが多いのは当然だ。それにコロンビアやメキシコのサポーターたちが続く。サッカーは国境を越えて楽しむスポーツである。その一方で、ここぞとばかりに国を背負ったように代表ユニフォームを着込み、躍進を信じる姿は、人間らしいパラドックスだろう。
開幕戦のスタンドでロシアを応援するサポーターの女性
「Vamos a ganar el Mundial !」
コロンビア人の一団が、「W杯で優勝するぞ!」とスペイン語で威勢よく叫び、記念撮影をしていた。彼らにとって、日本戦は景気づけ程度のものなのだろう。もっとも、サッカーは必ずしも実力どおりにならないところもあるから、これだけの人気を誇るのだ。
友好であれ、敵意であれ、人間のエゴが顕著に出るのがW杯かもしれない。
試合が近づくにつれ、メディアセンターは各国の記者たちで溢れかえっていった。やがて席取りゲームが始まって、あぶれた記者は苛立っていた。もともと速報系の記事を書く記者はいつも神経質な顔を浮かべているが、こういうときはとりわけヒステリックな雰囲気で近づきがたい。言葉のコミュニケーションが不自由な状況で気持ちがぶつかり合うと、トラブルも起きやすくなる。
アルゼンチン人記者と中国人記者の間でひと悶着あったのだろう。中国人が、大声でわめき立てていた。しかしアルゼンチン人がひとこと、こう言った。
「ところで、お前の国は出ていないのに、なんでここで偉そうな顔しているんだよ?」
痛烈な一撃に、中国人記者は黙ってしまった。W杯は戦いの場である。サッカー強国には絶対的な栄誉が与えられる。アルゼンチンの記者がその威を借りるのは筋違いなような気もするが、それが現実である。
「こんな代表なら負けたほうがいいよ」
日本国内では大会前に一時、そんなムードも漂ったが、こういう現場で各国記者と渡り合った人間に、そんな台詞は吐けない。勝者と敗者ではっきり明暗が別れる世界。負けたらひたすら惨めなのだ。
そんなW杯を開催するロシアだが、国を挙げて盛り上がっているのだろうか?
正直に言って、筆者が過去に取材した日韓やドイツ、南アフリカ、ブラジルと比較して、熱狂度は低い。開幕戦でロシアがサウジアラビアを5-0と大差で下したにもかかわらず、「それはよかったね」というようなつつましい喜び方である。ロシア人特有の、物事を冷めた目で見る気質のせいもあるのだろうが、ラテン人のように、感情を爆発させる雰囲気はない。
開幕戦を、首都モスクワの人々はどのように受け止めたのか。市内の撮影に行ったカメラマンも、「思った以上に盛り上がりに欠けていた」という感想だった。赤の広場などでのイベントもない。地下鉄の車両の中では試合が放映されていたが、ゴールが入ったときでさえ、大勢が乗っている車両で、歓喜の声を小さくあげたおじさんが1人いただけだったという。
試合後の町も、いたって静かだった。乗り場で拾ったタクシー運転手は、筆者がぶら下げていた取材パスを見て、Google翻訳を使いながら、「ロシアはサウジに5-0で勝ちました」と誇った。しかし、たいした興味もない様子で、その後はずっと下ネタを連発していた(Google翻訳のズレた翻訳のおかげで、これがなかなか楽しめる)。
ちなみに、ロシア人は冷たい、暗い、というイメージがあるが、これは少し違う気がする。筆者は1999年以来の再訪だが、当時、知り合った人たちは親切で丁寧だった。政治や歴史の印象が先入観になっているのだろうが、国と人は必ずしも同義ではない。筆者が過去に取材したアレクサンドル・モストボイ、バレリー・カルピンといった元ロシア代表選手たちも、考え方や表現は独創的で、面白みのある人物だった。もっとも、彼らも皮肉屋で、気難しい一面はあったが……。
ロシアがグループリーグを突破すれば、この国も自然に盛り上がるだろう。
「まだ始まったばかりよ」
ロシア人ボランティアの女の子はすました顔で言っていた。これくらいで大騒ぎするのはみっともない、という大国の見栄だろうか。サウジに勝っても、エジプト、ウルグアイに連敗すれば沈むのだ。
ともかく、4年ごとのW杯は幕を開けた。情熱も、誇りも、偏見も、すべてを飲み込む、世界最大のお祭りが始まった。