蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.24 2017-2018シーズンが終わり、いよいよ4年に一度のフットボールの祭典、FIFAワールドカップがロシアで開催される。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたち…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.24

 2017-2018シーズンが終わり、いよいよ4年に一度のフットボールの祭典、FIFAワールドカップがロシアで開催される。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。

 今回のテーマは、いよいよ開幕するW杯。優勝候補のブラジルは? 前回王者のドイツは? 注目のベルギーの戦力は? 前回に続き、グループリーグE~Gの展望を、ワールドフットボール通のトリデンテ(スペイン語で三又の槍の意)が分析します。
(グループリーグA~Dの展望はこちら>)

連載記事一覧はこちら>>

倉敷 今回はグループEからGまでのプレビューです。では中山さん、グループEから始めましょう。



 

中山 このグループは、何と言っても優勝候補のブラジルが大本命ですね。故障で長期離脱していたネイマールもクロアチアとの親善試合の後半に復帰し、きっちりゴールも決めましたし、本大会の準備も順調に進んでいるようです。唯一の不安があるとすれば、故障によりメンバー入りできなかったダニ・アウベスの代役として右サイドバックでプレーするダニーロのところでしょうか。

 とはいえ、冷静に考えればダニーロも他チームなら文句なしでレギュラーを張れるレベルの選手なわけですし、それほど問題視する必要もないと思います。ですから、このグループの本命はブラジルで間違いなく、セルビアとスイスが2番手争いを繰り広げるのではないでしょうか。そういう点では、初戦にブラジルと対戦するスイスにとっては少し厳しい対戦順になっていると思います。

小澤 僕も実力的にはブラジルが抜けているので、注目しているのは2位に入るのがセルビアなのかスイスなのか、という点です。スイスについては、スペインとの親善試合を見たところ非常にバランスの取れたチームで、プレッシングで前からいけますし、逆に引いて守ることもできるので、よい印象を受けました。

 やはり最近のヨーロッパの代表チームは、基本的に自分たちのシステムバリエーションを持っていて、戦術にも多様性があります。それをすぐに実践できるだけの選手がそろっているということを、あらためて試合を見ていて感じました。

倉敷 優勝候補のブラジルは、自国開催だった2014年大会の準決勝でドイツに歴史的な大敗を喫し(1-7)、大きな困難をどう乗り越えるかが注目されましたが、代表監督がドゥンガからチッチに代わると拍子抜けするくらいあっさりと、完全に蘇りましたね。


エース、ネイマールを中心に優勝を狙うブラジル

 photo by Getty Images

中山 4年前のチームで本物のタレントと言える選手はネイマールだけでしたが、あれから4年経った現在、ネイマール以外にもガブリエル・ジェズス、コウチーニョ、ロベルト・フィルミーノなど攻撃的なポジションに新しいタレントが出てきていますし、やはりブラジルはサッカー王国なのだと、あらためて感じます。

 ネイマールが不在の時はコウチーニョが4-3-3の左ウィングでプレーしていましたが、ネイマールがそのポジションに入った場合は、彼が1列下がって中盤3枚の左でプレーすることもできます。とにかくこのチームは選手の駒が豊富で、戦い方のバリエーションも多いことが強みですね。

倉敷 スイスと2位争いを演じそうなセルビアは予選を戦ったスラヴォリュブ・ムスリンを解任し、暫定監督だったムラデン・クルスタイッチを昇格させて本大会に臨みますね。

中山 監督が代わっても、もともとセルビアは個々のタレントが揃っているので戦術変更にもしっかり対応できているようです。個人的に注目しているのは、ラツィオでプレーしているMFセルゲイ・ミリンコヴィッチ=サヴィッチ。

 W杯後にビッグクラブへの移籍が濃厚と見られている逸材で、長身を生かした空中戦に強さを見せながら足元のテクニックも抜群で、とにかくセンスがあります。セルビアが決勝トーナメントに進出するとしたら、きっと彼の活躍がクローズアップされると思います。

小澤 注目という意味では、ダークホースのコスタリカも無視できません。前回大会で見せた堅守速攻も健在ですし、GKにはレアル・マドリーのケイロル・ナバスがいますからね。また4年前のような粘り強いサッカーを披露してくれるのではないでしょうか。

倉敷 4チームの移動距離は、ソチにベースキャンプを置くブラジルが9048キロ、トリヤッチを拠点とするスイスは8304キロ、サンクトペテルブルクをキャンプ地とするコスタリカは5787キロ、そしてスベトロゴルスクをキャンプ地とするセルビアは7168キロになっています。

 続いてグループFです。小澤さんはどう見ていますか?



 

小澤 まずこのグループの特徴は、いずれも本大会に10回以上の出場歴を持っている経験豊富なチームだけで構成されていることです。ドイツは19回目、メキシコは16回目、スウェーデンは12回目、韓国も10回目を数えます。

 ただ、今大会でいえば間違いなくドイツが頭ひとつ抜けている存在でしょう。大会前のオーストリアとの親善試合は敗れましたけど、それは当落線上のメンバーを起用してテスト的な色合いが強かったからだと感じましたし、その実力に疑いはありません。

 ただし、レロイ・ザネをメンバーから外したことだけは意外でした。ザネは次世代のスター候補ですから、これでもしW杯で結果を残せなかった場合は「ザネをメンバーに入れなかったからだ」と、批判されることは間違いないでしょう。とはいえ、マルコ・ロイスも滑り込みでメンバー入りを果たすなど、どのポジションにも質の高い選手を揃えているので、死角はないと見ています。

中山 僕もこのグループの首位通過はドイツになると思っています。ただ、そんなドイツにも気になるネガティブなデータがあるんです。それは、W杯で優勝したヨーロッパのチームは、このところ軒並み次のW杯でグループリーグ敗退という失敗を犯しているというデータです。

 たとえば1998年大会で優勝したフランスは2002年大会で、2006年大会で優勝したイタリアは2010年大会で、2010年大会で優勝したスペインも2014年大会でグループリーグ敗退を喫しています。

 この法則でいくと、今回はドイツの番なんです。もちろん過去の出場したW杯ですべてグループリーグを突破しているので、ドイツに限ってはそんなことはないと思いますが……。

倉敷 そこまで続くとさすがに気になりますね。でも、世界と戦えるチームのベースを国内で賄える環境は相変わらず有利です。今回は23人のうち15人がブンデスリーガ勢で、特に後方のポジションは国内組で固めています。バイエルン・ミュンヘンの7人を軸に、はっきりとした特徴のあるチームですね。

小澤 確かに近年は、スペインやドイツのように同じクラブでプレーする選手が多い代表チームの方が結果を残しているという傾向はあります。

 スペインであればバルセロナやレアル・マドリー、ドイツはバイエルンがその中心になりますが、今回のドイツに関していえば、国外でプレーする選手、ドルトムントやライプツィヒの選手などが増えて、少し事情が変わってきていることも事実です。そういう部分では、ヨアヒム・レーヴ監督のチーム作りも少し苦労が増えたのではないかと見ています。

中山 今回のレギュラーメンバーで言うと、最終ライン4人が国内組ですね。右SBのヨシュア・キミッヒ、CBジェローム・ボアテング、マッツ・フンメルスがバイエルンで、左SBのヨナス・ヘクターがケルン。マヌエル・ノイアーが間に合えば、正GKもバイエルンということになります。

 一方、中盤から前線は国外組が多いですし、ディフェンス陣以上に選手層が厚くなっています。

倉敷 スウェーデンはどうですか、ズラタン・イブラヒモビッチが代表を引退して、カード会社のコマーシャルに活躍の舞台を移したのが残念なのですが(笑)。

中山 ズラタンがいなくなった後、MFエミル・フォルスベリなど新しいタレントが出てきたことで世代交代が進んでいると思います。

 あとは、長年にわたってズラタンに頼ってきた決定力の部分で、今回はマルクス・ベリやオラ・トイヴォネンといったストライカーがしっかり得点を重ねられるかどうかがキーポイントになりそうです。ただ、スウェーデンは初戦で韓国と対戦するので、そこで勝ち点3をきっちり獲得できればグループリーグ突破の可能性は高くなると思います。

倉敷 小澤さん、メキシコと韓国はいかがでしょうか。

小澤 メキシコについては、国内で育成された選手がヨーロッパに移籍して活躍するというケースが減少気味な印象はあります。同時に、ハビエル・エルナンデスやラファエル・マルケスなどお馴染みのメンバーが多く、もう少し新しい選手が台頭してこないと厳しいのではないでしょうか。

 韓国は日本と同じアジア勢として応援したいと思いますが、カギを握っているのは前線のソン・フンミン、ファン・ヒチャンといったヨーロッパで結果を残しているタレントになると思います。韓国にはJリーグでプレーする選手もいますし、初戦のスウェーデン戦から注目したいですね。

倉敷 各チームの移動距離は、モスクワでキャンプを張るドイツが4876キロ。試合を行なうのもモスクワ、ソチ、カザンと良い街ばかりですね。同じくモスクワを拠点とするメキシコは5720キロ、ゲレンジークでキャンプを張るスウェーデンは9331キロ、サンクトペテルブルクを拠点とする韓国は7770キロ。4チームの中ではスウェーデンが最長です。

 続いてグループGに移ります。このグループは中山さんからお願いします。



 

中山 ここは、ベルギーとイングランドの2強のグループですね。特にベルギーは初戦の相手が初出場のパナマということで、組み合わせに恵まれています。

 一方、初戦をチュニジアと戦うイングランドはウェイン・ルーニーの時代が終わり、デレ・アリ、ハリー・ケインといった新しいスター選手が中心となって世代交代が進んでいます。イングランドはW杯で脆さを露呈する印象が強いのでメンタル部分が心配ですが、力としてはベスト4に入るだけのものがあると思っています。

 いずれにしても、最終的にこのグループの1位、2位を決めるのは、3戦目の直接対決になるのではないでしょうか。

倉敷 イングランドは昨年行なわれたU-17とU-20の世界大会で2冠、アンダー世代は欧州選手権でも大躍進をみせました。素材は揃いつつある。だからこの大会を輝く未来への大きな架け橋にしたいでしょうね。

小澤 カテゴリーにかかわらず、これまでのイングランド代表は、インテンシティは高いけれども、戦術的には少し物足りない印象がありました。

 でも、近年はマンチェスター・シティのペップ・グアルディオラ監督を筆頭にプレミアリーグに外国人監督が増えたことで、それが代表チームの戦術にも影響を与えていると思います。ギャレス・サウスゲイト監督の3バックもとても戦術的になっています。

倉敷 プレミアリーグはとても裕福だから超一流の選手が世界から集まる。イングランドの若手にはたいへんな刺激だし、技術を学ぶ機会が多い。さらに近年は世界のトレンドを作る優秀な監督たちも集結してしのぎを削るわけですから、戦術的な多様性も身につけなくてはピッチにすら立てない。中盤から後方の選手には大きな成長が期待できる環境です。

 一方、若手アタッカーにはなかなかチャンスが巡ってこない。順位表で下位に沈むクラブでさえ、それなりの資金は持っている。フロントや監督の考えるお金の使い道はまずアタッカー獲得です。ハリー・ケインはいるけれど、若いイングランド人アタッカーは育ちにくいジレンマがありますね。

中山 これはプレミアリーグの課題のひとつですね。育成年代が世界大会で結果を残し、優秀な若手も多い。でも、それがそのままプレミアリーグに反映されるのかといえば、そうではない。ホームグロウン制度の導入や他国リーグへのレンタルなど、いろいろ工夫をしていますが、それが花を咲かせるまでにはもう少し時間が必要かもしれません。

 ただ、小澤さんがおっしゃったように、サウスゲイト監督の3バックは、彼が現役の時の3バックとは明らかに違っていると思います。彼は自国開催だったユーロ96では3バックの一角として活躍しましたが、あの時のクラシックな3バックと違って、モダンになっている印象があります。そういう面では、タレントだけではなく、このチームの組織的な部分にも注目したいですね。

倉敷 ベルギーはどうですか。

小澤 ベルギーの監督はスペイン人のロベルト・マルティネスなので、少し辛口なコメントを言わせてもらうと、戦術的にはいまひとつといった評価になります。彼はスペイン国内で結果を出してないなかで、いきなりプレミアリーグに行ったことも影響しているのかもしれませんが、チームをオーガナイズできていない印象があります。

 たとえばケビン・デ・ブルイネがシティでプレーする時と代表でプレーする時を比べると、あまりにもパフォーマンスが違っている印象があって、その辺りが不安材料になっています。

 それと、MFラジャ・ナインゴランをメンバーから外したことも気になりますね。普通に考えれば絶対に必要な選手だと思いますが、我々が知りえないロッカールームでの振る舞いなどの理由もあったのかもしれないとはいえ、彼の不在はマイナス材料といえるでしょう。

中山 確かにナインゴランのようなファイターは、W杯のような舞台では絶対に必要な選手ですよね。ただ、彼がいないとしても、このチームにはタレントが溢れているのも事実です。逆に、タレントが豊富すぎて、監督がそれを持て余している印象は否めません。

 このチームのキーマンは、結局はエデン・アザールだと思っていて、彼が輝けるか輝けないかが、チームの成績を決めるのではないでしょうか。実力的には、ベスト4に入ってもおかしくないと思います。

倉敷 最後に移動距離をチェックしてみると、モスクワ拠点のベルギーが5803キロ、サランスク拠点のパナマは3843キロ、モスクワをキャンプ地とするチュニジアはわずか3241キロ、そしてサンクトペテルブルクでキャンプを張るイングランドは、チュニジアの2倍以上にあたる7561キロの移動を強いられます。

 日本がグループリーグを突破すれば、このグループの上位2チームのどちらかと対戦します。気になるお隣さん、といったグループですね。

連載記事一覧はこちら>>