スクランブル発進で日本代表の指揮を突然託された西野朗監督だが、ワールドカップ本番へ向けたチーム作りのアプローチは非常に興味深い。 ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の電撃解任を受けて、西野監督が新たに就任したのは4月9日。ワールドカップ…
スクランブル発進で日本代表の指揮を突然託された西野朗監督だが、ワールドカップ本番へ向けたチーム作りのアプローチは非常に興味深い。
ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の電撃解任を受けて、西野監督が新たに就任したのは4月9日。ワールドカップ本番まで、わずか2カ月あまりというタイミングだった。
通常、短期間で結果を出せるチームを作ろうと思えば、メンバーはもちろん、フォーメーションも含めた戦術をも固定することで、少しでもチームとしての成熟度を高めようとするのが定石だろう。
もちろん、ケガや累積警告などでメンバーが入れ替わった場合、戦術的な練度が急に落ちる危険性は高くなるが、そこまでは手が回らないというのが現実だ。
ところが、西野監督はこうした定石をことごとく裏切る方法で、チーム作りを進めている。
西野監督が就任して初めての試合となったガーナ戦では、最近の日本代表ではあまり見かけない3-4-2-1を採用。だが、続くスイス戦では、先発メンバーの入れ替えこそ1人にとどまったが、フォーメーションは使い慣れた4-2-3-1へと変更した。
そして、本番前最後のテストマッチとなったパラグアイ戦では、フォーメーションは4-2-3-1のままだったが、先発メンバーを10人も入れ替えた。ただひとり入れ替わらなかったDF酒井高徳にしても、ポジションは右サイドバックから左サイドバックに移ったのだから、事実上の総入れ替えと言っていい。メンバーにしろ、戦術にしろ、固定するどころか、まったく一貫性がないのである。
この期に及んで西野監督は、なぜこんなアプローチをするのだろうか。
当の本人曰く、フォーメーションを変える理由については「オプションを持っておきたい」、メンバーを入れ替える理由については「バックアップ(のメンバー)も大事」と、当たり前の一般論を語るだけだ。
しかし、短期間で結果を出せるチームを作ろうと思えば、そんな悠長なことは言っていられないはず。にもかかわらず、西野監督がこんなアプローチをするのは、何らかの狙いがあるとしか思えない。
では、指揮官の狙いとは何か。それを探るヒントは、パラグアイ戦後のコメントにあるのではないかと思う。
「(ガーナ戦から)段階的に修正し、(パラグアイ戦で)勝利をつかめた。成長というか、チームのステップアップは感じているが、それはわずか、わずか(の積み重ね)のなかでのこと」
チームの完成度について西野監督はそう語り、「完成度を問われれば、(大きく高まっているとは)まったく思っていない。もっともっと選手のよさを引き出したうえで、完成度が高い完成形があると思う」としている。
しかし、その一方で西野監督は「(わずかな積み重ねを続けるなかで)彼らが劇的に変われる瞬間はある。(これまでとは)また違う成長の角度を感じられるかもしれない」と語り、4-2で勝利したパラグアイ戦が”劇的な変化”のきっかけとなりうるものだったことを示唆している。
つまり西野監督は、メンバーも戦術も固定し、着実にチームの成熟度を高めていくよりも、どこかでチーム内に劇的な変化を起こそうとしていた。
メンバーもフォーメーションも固定することが定石だとはいえ、それで結果が出なければ、いよいよ出口の見えないトンネルにはまりかねない。それならば、メンバーもフォーメーションも変え続け、いわば、あえて難しいタスクを課すことで、それを乗り越えた瞬間をブレイクスルーのきっかけにする。西野監督はそう考えていたのではないだろうか。
当然、ここでも結果が出ず、ただただ何も起こらないまま本番を迎えるリスクもあっただろう。だが、どこかで劇的な変化を起こそうとするならば、正攻法では難しい。
実際、結果を出せずに苦しんだがゆえ、日本代表はパラグアイ戦をきっかけに、選手それぞれの結びつきが強固な集団へと変わり始めた。MF乾貴士がゴールを決めた直後、殊勲のヒーローを中心に控えメンバーが作った歓喜の輪が、チーム内に漂う雰囲気のよさをうかがわせる。
乾貴士が2ゴールを決めるなどして、パラグアイに快勝した日本代表
ただし、これによってワールドカップ本番でのグループリーグ突破の可能性が多少なりとも高まったかと言えば、残念ながら、それはまた別の話である。
西野監督は、地道に戦術的な熟成を図るよりも、いかに選手個々の能力を最大限に発揮させるか、つまりは、いかに選手個々に気分よくプレーしてもらうか(前任者が最も大きな失敗を犯した点だ)に注力してきた。それによって、一定の(というより、意外なほど大きな、と言うべきかもしれないが)成果も得た。V字回復は大袈裟だとしても、少なくとも日本代表は右上がりの状態にまで戻ったと言えるだろう。
とはいえ、日本代表は選手個々の能力さえ十分に発揮できれば、世界の列強と渡り合えるチームではない。本来なら組織的な機能性を高めることで、1+1を3にも4にもしなければ勝負にならないところを、1+1がようやく2になるところまで持ってきたにすぎない。
何より本番で対戦するのはパラグアイではない。1本の縦パスと1本のワンタッチパスでバイタルエリアを攻略させてくれるほど、相手は脆弱ではないはずだ。
確かに日本代表は上昇気配を漂わせてはいる。だが、グループリーグ突破の可能性に関して言えば、大きな変化はないと思う。