カナダGPのレースを終え、コクピットから降りてきたピエール・ガスリーは明らかに上機嫌だった。「みんなのハードワークにはとても感謝している。PU(パワーユニット)のアップグレードはすばらしかった。これから僕らはとてもいいレースができるは…

 カナダGPのレースを終え、コクピットから降りてきたピエール・ガスリーは明らかに上機嫌だった。

「みんなのハードワークにはとても感謝している。PU(パワーユニット)のアップグレードはすばらしかった。これから僕らはとてもいいレースができるはずだ」



カナダGPではノーポイントに終わったトロロッソだったが......

 結果だけを見れば11位とリタイア、ノーポイントのレースだった。しかし、トロロッソ・ホンダとしては得るものの多いレースだった。

 満を持して投入したパワーユニットは、燃焼コンセプトを変えパワーアップを果たしたが、実質的には20kWの出力アップはできなかったようだ。しかしそれでも、今の僅差の中団争いのなかでは確実に”効いた”。

 土曜日のフリー走行3回目でガスリー車のMGU-H(※)が壊れ、急遽モナコGPまで使用していた古いパワーユニットに交換することになったが、それによって図らずも同じサーキット、同じ空力パッケージで正確な新旧比較ができることになった。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 予選までの2時間という限られた時間で交換作業を行なわなければならず、詳しい原因を究明している時間がなかったことや、ひとまずペナルティを回避することを前提に旧型に交換したのだ。

 しかし、その差を体感したガスリーは、予選後に新型に再交換して決勝を戦うことを切望した。

「ミーティングでフランツ(・トスト)、ジョナサン(・エドルズ)、田辺さんに強力に頼み込んだよ! 絶対、新しいほうがいいってね。旧型じゃ厳しいレースになるし、ここでペナルティを消化して新型で走ったほうがポイント圏に近づくチャンスはあるって言ったんだ」

 ガスリーにとってはこのままでは次戦での(パワーユニット交換による)ペナルティは避けられない状況で、それが地元のフランスGPだということも勘案して、チームとホンダは予選後にふたたび新品の新型パワーユニットに交換することを決めた。これが正解だった。

 規定により19番グリッドからのスタートを強いられたが、ガスリーはフォースインディアのセルジオ・ペレス、ハースのケビン・マグヌッセンをコース上でオーバーテイクし、レース終盤は25周も新しいタイヤを履くロマン・グロージャン(ハース)を抑え、DRS(※)を使われてもポジションを守る力強さを見せた。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。追い抜きをしやすくするドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

 これにガスリーは大きな手応えを感じ、上機嫌だったのだ。

「フォースインディアとハースをストレートで抜いたんだ、こんなの初めてだよ。ホンダはパフォーマンス面でとてもいい前進を果たしてくれたと思う。本当にポジティブなレースだったよ。

 旧型仕様のパワーユニットで走っていたら、たとえ16番グリッドからスタートしていても、ここまでポジションを挽回することはできなかったと思う。最後尾グリッドスタートになってでも新型に積み直したのは、正しい判断だったと思うよ」

 ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターも、「スペック2」と呼ばれる新型パワーユニットの効果には合格点を与えた。

「タイヤのデグラデーション(性能低下)だとか、空力パッケージの違いによるトップスピードの違いなどいろいろあるとは思いますが、ガスリーはストレートで他のクルマをオーバーテイクできたし、最後にグロージャンを抑え切れたところでパフォーマンスを感じたとレース後にコメントしてくれました。

 だから(性能が)どうだということを断言するのはそう簡単ではありませんが、チームもドライバーも今回のアップデートは非常にポジティブに受け止めてくれていて、今回のレース展開のなかでその力を発揮したと評価してくれています」

 実はモントリオールでは、トロロッソのシャシーの仕上がりはあまりよくはなかった。リアのスタビリティ(安定性)があまりよくなく、ブレーキングと立ち上がりのトラクションでは苦戦していたのだ。

 それをパワーユニットの出力向上が補って、競争力をもたらした形だった。逆に言えば、シャシー側が決まればマシンパッケージとして、さらなるパフォーマンス向上が可能だ。次のフランスGPには車体側のアップデートも投入される予定で、期待がかかる。



「スペック2」と呼ばれる新型パワーユニットの効果は悪くなかった

「パワーユニットは全体的なパフォーマンスも向上しているし、バッテリー(ディプロイメント)やエネルギーマネジメントもよくなっている。本当にすごくいいステップだったと思うよ。

 今週末はモナコやバルセロナと比べてもシャシーの仕上がりがよくなかったんだけど、それでもマシンパッケージとしてのパフォーマンスを押し上げることができた。このパワーユニットのアップデートが今後、コンシステント(一貫性)にトップ10に入るチャンスをもたらしてくれると思っているよ」(ガスリー)

 そしてもうひとつ、図らずも証明されたのが、トロロッソとホンダの作業効率のよさだった。

 フリー走行3回目が終わってからパワーユニット交換を開始し、モノコックとギアボックスから切り離してそこに新しいものを組み込むまで、およそ30分。電気系や冷却系、補器類の接続を含めても1時間半ほどでファイヤーアップまで完了し、サスペンション周りのアライメント確認なども含めて2時間後の予選に十分に間に合った。

 この背景には、こうした事態に備えて時間のロスを最小限に抑えるための準備を、トロロッソとホンダの間できちんと整えていたことがあった。ホンダの田辺テクニカルディレクターはこう説明する。

「何か不測事態が起きて、想定外にパワーユニットを交換しなければならなくなったとしても、可能なかぎり最短時間で交換を完了し、できるだけ走行時間を失わないようにチームと話をして、(パワーユニット交換をスムーズに行なうための)準備をきちんとしましょう、というふうにしていたんです。

 どういう状態でスペアのパワーユニットを準備しておけばいいのか、何を用意しておけばいいのか、ということです。パイプ類を組みつけておこうとか、事前にできることはやっておくとか。去年のマシンとパワーユニットであれば、あのタイミングからの交換であれば相当ヤバかったというふうに聞いていますが、今回は予選のグリーンシグナルと同時にクルマを送り出すことができましたからね」

 今回投入したMGU-Hにトラブルが起きてしまったことについては、開発責任者の浅木泰昭執行役員はまだ詳細はわからないとしながらも、「弱点だったところはきちんと対策をしてきましたが、(これまで問題がなく)ノーマークだったところが壊れたのだと思います」と説明。しかし、バーレーンGPから使用してきたものは5戦連続で走破しているため、ある程度の解決策は見えているのだろう。

 ホンダは今回のアップデートでルノーに並ぶことをターゲットとしていたが、レッドブルのポジションはそれほど変わらず。ワークスルノーは中団トップへ浮上を果たしたがマクラーレンは低迷と、判断は難しい。

 トロロッソは「土曜のトラブルとペナルティがなければエステバン・オコン(フォースインディア)とポジション争いができていたと思うし、ポイントは獲れていた」(ガスリー)というが、ルノーとの比較はまだ数戦待ちたいと田辺テクニカルディレクターは語る。その手応えは得られたようだが、本当に目指さなければならない目標は、まだまだ先だ。

「もちろん急にドンとパワーアップするというようなことはありませんから、今回は『ちょっとは進歩が見られたね』という感じではないかと思います。ライバルとの差はまだまだ……『まだま』……くらいですかね(苦笑)。

 2~3戦いろんなサーキットを走って確実にライバルを超えたなと思ったら、そのときはお話しできると思います。でも(ルノーに)追いついたところで(メルセデスAMGやフェラーリとの)並びのなかではどうってことないですし、話になりませんから、まだまだ追いついていかなければいけません。HRD Sakuraで開発を一歩一歩積み重ねてきて、それが今回サーキットでの一歩につながったということです」

 開幕当初から一歩一歩、前に進んできた今年のトロロッソ・ホンダは、ここカナダで大きな一歩を進めた。リザルトという目に見える形にはならなかったが、次のフランスではそれが果たされるはずだ。そして次の目標に向けて、また一歩ずつ前進していくだろう。