冨樫剛一氏(元東京ヴェルディ監督)に聞く(1) 2016年から始まった、JJP(日本サッカー協会とJリーグによる育成年代の強化を目的とした協働プログラム)による育成年代指導者の海外派遣。今回は、その4人目としてレアル・ソシエダ(スペイン…

冨樫剛一氏(元東京ヴェルディ監督)に聞く(1)

 2016年から始まった、JJP(日本サッカー協会とJリーグによる育成年代の強化を目的とした協働プログラム)による育成年代指導者の海外派遣。今回は、その4人目としてレアル・ソシエダ(スペイン)に派遣されている冨樫剛一氏に話を聞いた。




レアル・ソシエダ(スペイン)に1年間、派遣されている冨樫剛一氏

 1971年生まれの冨樫氏は、読売クラブなどで現役時代をすごし、1998年、東京ヴェルディのスクールの巡回コーチから指導者としての道を歩み始めた。その後、ジュニア、ジュニアユース、ユース、女子と、ヴェルディにおけるすべてのカテゴリーで指導を経験。さらにはトップチームのマネージャーやコーチ、フロントに入ってスカウトなど、あらゆる業務を経験したうえで、2014年9月からトップチームの監督としてJ2を戦うことになる。16年末までの2シーズンと少し、監督を務めたが、チームをJ1に昇格させるには至らず、退任した。

 このとき、冨樫氏は「引き出しの中身が空っぽになった」と言う。トップチームを指揮するまでに貯めてきたはずの経験、選択肢があっという間に尽きてしまった感覚だった。ちょうどその後の身の振り方を考えているとき、JJPによる海外派遣の話が舞い込んだ。再び引き出しを整理し、知識と経験を吸収したいと考えていた冨樫氏にとっては、またとないチャンスだった。

 その挑戦は、「東京ヴェルディというクラブの歴史とフィロソフィーを意識した」という研修先のクラブ選びから始まった。レアル・ソシエダのカンテラはシャビ・アロンソ、アントワーヌ・グリーズマン、アシエル・イジャラメンディといった名だたる選手が輩出してきた名門である。

――なぜレアル・ソシエダを研修先にされたのでしょうか?

「まず、羽生(英行)さん(東京V代表取締役社長)と、自分たちのクラブにとってはスペインが合うんじゃないかという話をしました。自分たちはもともとブラジル人選手が多く、テクニックを大事にしてきた。それをベースに、発想を進化させるにはスペインが面白いんじゃないか、と。例えばドイツは、身体の大きさ含めて、どうもしっくりこなかった。自分たちはアスリート系のチームではなく、サッカーを楽しむ文化のあるチーム。戦術、戦略アプローチを考えてスペインがいいな、と。

 そのなかでなぜソシエダかというと、まずソシエダのトップチームは24人中15人、つまり3分の2が下部組織出身なんです。また、一度経営破綻して2部に落ちて、そこから下部組織を中心に戦って1部に戻り、ヨーロッパリーグ(EL)に出るところまできた。つまり、クラブを立て直すなかで、育成を大事にしようとやってきたクラブなんですね。その点が自分たちには響くところがあった。

 ソシエダはビッグクラブではない。といってもJの一番大きいところよりも金銭的には豊かなのですが、例えば、もしバルセロナやレアル・マドリードに行っても、今の自分たちにとって勉強になりますか、という話です。あと、バスク地方の真面目な土地柄も、自分たち日本人には合っているんじゃないかと思いました」

――2~3週間の短期の研修ではなく、1シーズン、最初から終わりまで常駐することに関して、ソシエダ側の反応はどうでした?

「JJPスタッフが話を通してくれた段階で、すごくウェルカムだと聞いていましたけど、実際、非常にウェルカムでした。ただ、こちらのスタンスも大事なので、しっかり入っていこうと思ってました。こちらの態度で相手を”ウェルカムにさせる”って、あると思うんです。

 当初は練習のときに戦術ボードの写真を撮ろうとしたら、『これは外に出せないよ』と言われるようなこともありました。でもだんだんと日がたつと、僕がメモを取っていると、『写真は撮らなくていいのか?』と言ってくれるようになった。こちらがオープンにしていけば伝わるんです。だからサッカーを勉強しに来ている、サッカーが好きだ、ということは伝わるようにしています」

――1シーズンの研修は、どういうプランで進んでいるのでしょう?

「U-21(レアル・ソシエダC)から始めて、6週刻みで、U-12まで育成の全カテゴリーを見るという計画でした。でも、それぞれのチームにいると本当に楽しくなっちゃって、監督もコーチも子供もすごくウェルカムだし、一体感が出るし、次のカテゴリーに行きたくなくなっちゃうんです。この子たちの成長を見てみたいなと思って、少し伸ばして……というふうにやってきました。

 不思議なことに、自分が参加しているチームはその間、試合で負けないんですよ。だから次に行く予定のチームからは『早く来い』と言われるし、今いるチームには『行くな』って言われるし。期間中に全部を見るために、少し慌てましたが(笑)。来週から最後のU-12に参加します」

――細かくカテゴリーが分かれているなかで、日本と違うと感じるところはありましたか?

「ヴェルディはU-21がないんです。ソシエダに来て、やはりしっかりとした育成を考えるなら必要じゃないかなと思いました。そのCチームは4部リーグに出ているんです。だから相手は大人ですよね。その上のBチームはセグンダB(3部リーグ)にいる。その上はトップチームです。

 Cチームの中心は19歳か20歳、あるいは18歳くらいの選手たちです。でも、18歳から20歳で本当にいい選手はもうBかトップにいる。そこに行けない選手がCに残っているという側面もあります。だからゲームもすごく難しいし、うまくいかないことも多い。U-19になると、それはそれでいいサッカーをするんですけど、U-21というのは、選手の状態としても試合環境的にも難しいですね。

 自分がヴェルディのトップチームの監督をやっていたときは、平均年齢22歳とか23歳で戦っていたんです。もちろん、欧州にはそれくらいの平均年齢でチャンピオンズリーグに出るようなチームもあるから、僕の力のなさではあるのだけれども、育成が大事という話になると、試合機会を与えて戦える集団にするには大事な年齢だと思いますね」

――練習内容などに違いがありますか?

「こっちではU-14から知的感情の授業があるんです。週1回、練習前にクラブに所属している心理学の先生に座学で学ぶんです。この前の試合はどうだったか、円卓で監督、コーチも一緒になって話し合う。プレーもそうだし、それ以外のことについても意見を言わせるんです。『それはポジティブなことか?』『ほかにないか?』と、心理学の先生が進めていく。

 対になる言葉を書いて、それに合わせて試合を振り返ってみるということもします。例えば『静か』と『うるさい』という2つの言葉で、試合中どうだったかを自分で評価したり、監督とコーチを評価したりする。『この間のゲーム、監督うるさかったよね』とか。

 Jリーグのアカデミーにはそんな(心理学に通じた)人材を雇う余裕はないですけど、子供の頃からそういう感情面の教育に接することは必要だなと感じました。僕なんて、そういうものにプロになって初めて接しましたから」

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