永井秀樹「ヴェルディ再建」への道(10)ユース指揮官2年目のスタート(9)はこちら>>現役のときから変わらない信念を選手たちに伝える永井秀樹自身の経験を糧に、指導者として伝える信念「2014ワールドカップ・ブラジル大会の前、日本代表の本…
永井秀樹「ヴェルディ再建」への道(10)
ユース指揮官2年目のスタート
(9)はこちら>>
現役のときから変わらない信念を選手たちに伝える永井秀樹
自身の経験を糧に、
指導者として伝える信念
「2014ワールドカップ・ブラジル大会の前、日本代表の本田(圭佑)選手が優勝宣言した時、『何を言っているの!?』とか『夢物語だ』と批判された。でも、優勝宣言した本田選手を変人扱いしているうちは、日本のサッカーに未来はないと思う」
プリンスリーグ開幕を目前に控えたある日、都内にてインタビューを行なった。開始から2時間近くが経過し、時刻は深夜0時を過ぎていた。
「スポーツに限らず、常識を覆すような発想や努力で、世界トップレベルで活躍している日本人は大勢いる。サッカーだって、日本人ならではの俊敏性、勤勉さや緻密さ、規律を守る精神などを活かせば、必ず世界で通用するはず。世界一だって夢じゃない。それをヴェルディユースのサッカーで証明したい」
日本サッカーが世界一になるためには、何が必要か。永井の頭にはいつもそれがあった。
現役引退後の昨シーズンに永井は、すぐに監督として動き始めた。この1年、育成の現場で貴重な経験を積めた一方、かねてより考えていた「自らのフットボール理論の答え合わせをする」という目的は果たせずにいた。
今オフ、それがようやく叶い、2週間スペイン・バルセロナに渡った。FCバルセロナの育成からトップチームまで全カテゴリーの練習を視察し、現地スタッフともミーティングを重ねた。そして改めて、日本人の特性を活かしたサッカー、フィジカルに頼らない、勤勉で、緻密なサッカーを完成させれば、世界でも十分戦えると確認できた。
指導者として、血となり肉となる充実した日々を過ごした永井に、プリンスリーグでの今シーズンの目標を聞いた。
永井は「全勝優勝」と答えた。
しかし、迎えた2018年4月8日の開幕戦で、ヴェルディユースは、敵地で三菱養和に1-3で敗れ、いきなり出鼻をくじかれた。
「選手は普段以上に緊張というか、プレッシャーを感じていた。プリンスリーグ開幕直前の船橋招待では優勝するなど、今年の3年生は勢いに乗ればすごい力を発揮できるけど、打たれ弱い部分もある。そこを踏まえて、シーズン前の合宿ではメンタルトレーニングにも力を入れた。でも三菱養和戦は、2失点したあと1点取り返して、『さあこれから』という時にまた失点した。それで、『ああ、ダメか』みたいな雰囲気になってしまった。
試合に負けたことよりも、そういう気持ちになってしまうことの方が課題。選手たちにはどんな状況でも平常心を失わず、『折れない心』を身につけることの大切さを伝えていかなければと思った」
折れない心――。
現役時代、永井はどれだけ逆境に立たされても諦めることはなかった。信念を曲げない性格は時に指揮官やフロントとの衝突を招き、スタメンを外されたり、クラブを追われることもあった。それでも腐ることなく、いつもベストの状態でピッチに立てるよう準備を怠らなかった。
横浜フリューゲルス時代、「負けた時点でクラブ解散」というJリーグの歴史上、最悪の状況下に置かれた時もそうだった。
クラブ消滅が決まったのち、フリューゲルスは9連勝、そして天皇杯優勝という奇跡を起こした。そこにはエースナンバー10を背負い、攻撃の中軸として活躍した永井の存在が大きく作用していた。
才能だけでは、プロの世界で通用しない。
才能は、本気の努力や研究、信念を貫く心があれば超えることができる。
指導者になった永井は、そんな「折れない心」の大切さを、日本サッカーの未来を担う教え子たちに伝えようとしているのだろう。
高校日本一を相手に貫いた
自分たちのスタイル
4月14日、プリンスリーグ第2節。
永井ヴェルディユースはホームに、今年の正月、高校選手権で全国制覇した前橋育英高校を迎えた。
前橋育英を率いる山田耕介監督は、永井にとっては同じ恩師を持つ。高校サッカー界の重鎮、小嶺忠敏監督(現長崎総合科学大学付属)に学んだ、小嶺門下の先輩と後輩という間柄でもあった。
試合直前、永井にそのあたりは意識するか聞いた。
「自分も前橋育英を高校日本一に導いた山田監督と対戦できることをすごく楽しみにしていた。お互い、自分たちのスタイルを貫いて、観客を魅了、感動させることのできるサッカーがしたい」
永井はそう言うと、選手たちの待つピッチへと向かった。
ヴェルディユースは序盤から積極的に攻撃を仕掛ける。相手にボールを与えず、テンポよく小刻みにパスを繋いでリズムを作ると、コンパクトな陣形でラインを高く敷いた前橋育英のディフェンス陣の裏を効果的に突いた。
前半7分、キャプテンで世代別代表の常連でもある森田晃樹(3年)の左からのショートコーナーを、永井が「日本サッカーの宝になる」と言う、同じく日の丸を背負う山本理仁(りひと/2年)が折り返す。それを再び森田が預かると、最後は右足で豪快にミドルを決めて先制点を奪った。
さらに3分後、今度はディフェンダーの三浦雅人(3年)が右サイドを突破して再び森田へと繋いで2点目を挙げた。
ヴェルディユースはその後1点を返されるものの、攻撃の手を休めることなく、さらに1点を追加。終了間際に1点を奪われ、前半を3-2で折り返した。
永井は試合前、選手たちにこう伝えていた。
「3点奪われたら4点奪い返す、4点奪われたら、5点奪い返す。我々が目指すのは、そういうサッカーだ」
その言葉の裏にはこんな意味があった。
「『たまたま決まった1点を必死に守り抜いて勝つサッカーよりも、圧倒的にボールを支配して相手にサッカーをさせない。攻撃し続けることにこだわって4-3で勝ちたい』と話した。
ゴールは素晴らしい。勝利はもっと素晴らしい。でも、それ以上に大切なことは常にある。理想を追求し続けること。選手以上に、新米監督だからこそ貪欲に、ひたむきに取り組みたい」
後半が始まると、前橋育英は再三突かれていたサイドから裏に抜ける動きを封じ込めるため、マークを徹底してきた。
ボールを繋いで相手を崩すヴェルディ。
守備を安定させてチャンスを伺う前橋育英。
ヴェルディユースは後半開始早々に同点に追いつかれる。しかし、後半37分、そして試合終了間際、松橋優安(ゆあん/2年)がスピードを活かした突破で2得点を挙げた。松橋は、それまで代表歴など大きな実績はなかったが、永井が昨年、夏に見出しスタメン起用して以降、急成長した選手だ。
互いのこだわりが垣間見えるハイレベルな応酬に、応援団、観客からは歓声や拍手が沸いた。
「前半、我々はあれだけ崩せたのに、後半は修正されて、簡単には崩せなくなった。『さすが名将、山田監督』と思った。お互いが自分たちのこだわるサッカーを貫いて成長し合える。これが育成年代のあるべき姿と改めて思った。単に『勝った』『負けた』ではなくて、お互いが成長に繋がる試合ができたことは、本当によかった」
目指すべきサッカーは
まだまだ先にある
結局、ヴェルディユースは自らが理想とするサッカーを貫いて、高校王者の前橋育英から大量5点を奪い5-3で勝利を収めた。
ボール支配率は、前半は70 %近く。試合後、永井にインタビューすると、「我々が目指すのは80%以上。まだまだ満足できるレベルには程遠い」と答えた。
それはとてつもなく高い理想に思えた。永井自身も「今年1年で、満足できる試合ができるレベルになることはかなり難しい」と答える。ただ、「難しいからこそ挑戦しがいもあるし、意味もある」と付け加え、今後も変わらず、世界基準を常に考え選手たちに指導を続けると言う。
「去年は選手たちも、今まで常識と思っていたサッカーとは真逆に近い要求をされて、半信半疑で取り組んでいた。それが少しずつ『自分たちの目指すサッカーに間違いはない』と思えるようになり始めた。もちろん、我々の理想とするサッカーにはまだ程遠い。選手も勝てない時期が続けば、すぐに自信を失って『永井さんの理想はわかるけど……』となるかもしれない。でも、選手たちは純粋に努力を重ねて、確実に成長していることは間違いない」
永井は、「最近、育成は根気がすべてと改めて思う」と話す。
給料をもらい、トップチームでプレーするプロ選手であれば、指導者は、理想に合わなければ替えてしまえばいいが、育成年代はそうはいかない。
大地を耕して種を撒き、水を与えて芽が出るのを辛抱強く待ち続ける。芽が出たら、今度は適度に肥料を与え、害虫や天候の変化から守り、時にはあえて厳しい環境に置いて逞(たくま)しさを身につけさせるなど、手間隙をかけて向き合わなければならない。
「去年は一言も言わなかったけど、今年は選手たちに『日本サッカーの未来のために、君たちのサッカーを強烈にアピールしろ。勝利することで、我々が考える日本サッカーの未来を発信しよう』と少しずつ伝えるようになった」
今シーズンはどんな芽が出るのか。「プリンスリーグ優勝」という目標は果たせるのか。理想を追求しつつ結果を残すという難題に、永井は今シーズンも現役時代と変わらない「折れない心」で挑み続ける。