今年のインディカーシリーズは新エアロを採用している。シリーズ最大のレースであるインディ500では、そのスーパースピードウェー仕様が初お目見えし、プラクティス(練習走行)が始まった。 インディ500は2週間のイベントで、まずは1日7時間…

 今年のインディカーシリーズは新エアロを採用している。シリーズ最大のレースであるインディ500では、そのスーパースピードウェー仕様が初お目見えし、プラクティス(練習走行)が始まった。

 インディ500は2週間のイベントで、まずは1日7時間に及ぶプラクティスが3日間続く。次に予選用にターボのブースト圧を上げたエンジンでのプラクティスが1日あり、こちらも7時間。そして土曜、日曜の2日間を使って出場33台を決める予選を行なう。休むことなく週明けの月曜にまたプラクティスがあり、出場チームは火、水、木曜を使って入念にマシンを組み直し、金曜にファイナル・プラクティスを1時間走ると、1日おいて決勝レースを迎える。



インディ500を初制覇したウィル・パワー(チーム・ペンスキー)

 プラクティス初日からレースを想定した集団走行を積極的に行なっていたのは、シボレー勢のチーム・ペンスキーと、ホンダ勢のアンドレッティ・オートスポートだった。今年は新しいエアロの特性を把握するために単独走行を繰り返すチームが多かったが、彼らは2日間の事前テストでその部分を終え、ライバルたちに先行していた。

 プラクティスを重ねるにつれて、シボレー勢の優位が明らかになる。去年まではホンダ勢が有利だったが、立場が逆転した。大きな設計変更ができるのは2年ごとで、今年はその年ではないのに、シボレーはかなりのパワーアップ。しかも、パワーが上がれば下がるはずの燃費性能まで向上していた。燃焼を制御するプログラムのマッピングなどを大幅に進歩させても、これだけのゲインは難しいはずだ……。

 となると、「シボレーが撤退をチラつかせてシリーズ主催者に圧力をかけたか、泣き落としたかのどちらかだろう」と勘ぐる人が出ても不思議はない。2012年のインディカー復帰以来、アメリカの自動車メーカーとして最も勝ちたいインディ500で2勝4敗と、ジャパニーズブランドのホンダに負け越しているだけに、そんな怪情報も飛び交った。もちろん、真偽のほどは定かではないが。

 シボレー軍団はエリオ・カストロネベス、ウィル・パワー、シモン・パジェノー、ジョセフ・ニューガーデンのチーム・ペンスキー4台だけでも強力だが、彼らだけではない。

 インディ500では毎年、エド・カーペンター・レーシングも速い。ただし、彼らが走らせる3台のなかで、優勝争いに絡むと考えられるのはオーナー兼ドライバーのエド・カーペンターだけだった。

 仕上げたマシンのよさから、チームメイト2人も予選で9番手までに入ったが、スペンサー・ピゴットはまだ若くオーバル経験が少ない。そして、全米が注目する女性ドライバー、ダニカ・パトリックもインディカーは7年ぶり。そもそも参戦目的は、成績よりもこれまで支えてくれたファンへの挨拶だった。

 今年のプラクティスでもうひとつ明らかになったのは、新エアロが集団走行でのドライビングをとても難しいものにしているということだ。1対1のバトルなら抜きつ抜かれつが可能だが、2台以上が前を走る状況では、乱気流によってマシンのグリップが昨年までと比べて大幅に低下し、不安定になってしまう。勝つためには、先頭集団を走るだけでなく、その中でもできる限り先頭に近いところ、はっきり言えばトップか2番手を走る必要があるということだ。

 決勝日は朝から快晴。日中の最高気温は摂氏34度にまで上がった。102回目のインディ500は、最も暑いコンディションで争われる状態となった。気温が上がれば空気の密度が下がり、マシンを路面に押し付けるダウンフォースが減る。照りつける日差しで路面温度は50度以上にもなり、地面に近い部分の空気はさらに薄くなってインディカーのグリップを減少させる。

 難易度が上がったレースで、トップか2番手で走り続けるという目標を実践できたのは、ポールポジションからスタートしたカーペンターと、予選3位のパワーだった。予選2位だったパジェノーは、ピットストップでの遅れやタイヤからのバイブレーションなどで後退。カストロネベスもなかなかトップ3にまで食い込めない。

 酷暑のせいもあってオーバーテイクが少なく、レースは1列で走り続ける単調な展開になった。ここ数年は抜きつ抜かれつのレースが見られただけに、物足りなさが感じられたが、それでも200周という長いレースの中では、抜き方を見つけ出すドライバーが必ず出てくるものだ。

 今年の場合、その代表はアレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)だった。2年前、ルーキーながら奇跡的な燃費走法で優勝した彼は、今やオーバルでもロードコースでもキレのある走りを見せるドライバーになっている。

 今年のインディでは、予選の大失敗で32番手スタートながら、最後にはトップグループに食い込み、リスタートからの1周で5台をパスするシーンもあった。ただ、そうしたアグレッシブな走りでタイヤを消耗させ、優勝争いに絡むところまでは到達できなかった。

 ロッシの走りとは対照的に、ベテランでも空気の流れを予測し切れず、突然マシンがグリップを失ってスピン、クラッシュするケースが続出した。昨年のウィナー、佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)も、遅い周回遅れを抜く際に挙動を乱し、に追突してレースを終えている。

 また、セバスチャン・ブルデー(デイル・コイン・レーシング・ウィズ・バッサー・サリバン)、トニー・カナーン(AJ・フォイト・レーシング)、カストロネベスといった、経験も実績もあるドライバーが次々と単独でクラッシュした。コーナーの真ん中から出口で突然マシンのリヤが不安定になり、彼らをもってしてもスピンを食い止められずにウォールに激突。パトリックも同じパターンでキャリア最後のレースを終えた。

 パワーがレースの主導権を握ったのは意外に早く、200周のレースの折り返し点ちょっと手前だった。マシンの仕上がりがよく、チーム・ペンスキーのクルーたちによる迅速なピット作業もあり、トップに躍り出て、ジワジワとカーペンターたちとの差を広げていった。

 先頭の数台にしか勝つチャンスはないと判明し、レース後半になるとギャンブルに出るチームが続出。ピットタイミングをずらしてアドバンテージを得ようとするのはもちろん、燃費セーブに活路を見出そうするチームも多く現れた。

 フルタンクで走れる周回は30周程度だが、スコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)はフルコースコーションを利用し、残り40周でピットインして大逆転を狙った。しかし、そこまでの燃費セーブは無理と判明、フィニッシュすることに目標を切り替えて3位となった。

 アンドレッティ・オートスポートから出場の若手ステファン・ウィルソンと、ホンダのもうひとつのチーム、シュミット・ピーターソン・モータースポーツからエントリーしたルーキーのジャック・ハービーも燃費を抑えた走行で優勝を狙った。

 残り8周のリスタートで、パワーは4番手。前を行くのはいずれも燃費ギャンブル派だ。「この3台をゴールまでに必ず抜き去る!」と意気込んだが、オーバーテイクの最も大きなチャンスであるはずのリスタートで1台もパスできない。「このまま燃費走行組が逃げ切るのか?」という雰囲気が漂う。

 残り6周でパワーは3台のうちの1台をパス。その勢いで次のターゲットを狙うが、今年のマシンは2台以上が前を走る状況では、乱気流が大きくて簡単にパスができない。もう時間切れか。最速のマシンを作り上げ、完璧なレースを戦っても、パワーはインディ500で勝つことができないのか……と、大観衆も思い始めていた。

 だが残り4周。パワーがターン4を立ち上がると、トップのウィルソンがピットロードに向かい、ハービーも少し遅れて続いた。突然、目の前から2台が消え、パワーにインディ500勝利への扉が開かれた瞬間だった。

「信じられない。アラバマでの第4戦でクラッシュした後、何でもポジティブに考えるよう自らの姿勢を変えた。そうして迎えた5月は素晴らしいものになった。オーナーのロジャー・ペンスキーに感謝する。スポンサーと両親にも。彼らが私をこの場所、インディのビクトリーレーンに到達させてくれた。言葉がない。この場に倒れそうだ。泣きたいぐらいだ」と、パワーは一気に語った。

 普段は勝ってもジャンプを一度するぐらいで、喜びの感情をほとんど見せないパワーだが、インディ500ではビクトリーレーンで体を震わせて何度も雄叫びを上げた。心の底からほしがっていた栄冠を、彼はついに手に入れた。これでパワーというドライバーはより一層、強くなるかもしれない。

 次なる目標は、インディ500で優勝した年にシリーズタイトルも獲得するシーズン完全制覇だ。まだシーズンは11戦を残しているが、インディカーグランプリからの2連勝でポイントリーダーに躍り出たパワーには、それを実現する可能性が十分にある。