【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】欧州サッカーの新たな潮流(後編)前編を読む>> 前線から素早くプレスを仕掛ける「ストーミング」戦術を取り入れたチームは、実に攻撃志向だ。2~3点取っていても、まだストーミングをやろうとする…
【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】欧州サッカーの新たな潮流(後編)
前編を読む>>
前線から素早くプレスを仕掛ける「ストーミング」戦術を取り入れたチームは、実に攻撃志向だ。2~3点取っていても、まだストーミングをやろうとする。2014年ワールドカップ準決勝のドイツ対ブラジル戦はその完璧な例だったが、今季のリバプールもチャンピオンズリーグ(CL)準決勝第2戦で、ローマを相手に同じことをやった。
リスクのある戦術だと思う人もいるだろう。実際、リバプールは終盤に疲れが出て、2点を失った。
大量得点でCL決勝に進出したリバプールのユルゲン・クロップ監督 photo by AFP/AFLO
ストーミングをかけるチームは守備がおろそかになることが多く、同じくストーミングをかけてくる相手にやられることもある。リバプールに敗れたときのローマの3バックがそうだった。効果的なプレスをほとんどかけられなかったが、攻撃を重視するエウゼビオ・ディ・フランチェスコ監督はリバプールよりも高いディフェンスラインをとらせた。
リバプールも、ときに同じような失敗をしている。たとえば今シーズンのプレミアリーグでは、マンチェスター・シティにアウェーで0-5と大敗し、ホームの試合でも3得点を許したが、なんとか4点を取って勝った。ディフェンシブなチームなら、このような試合はめったにやらない。
効果的なストーミングは相手チームをパニックに陥れ、ときにはボロボロにできる。ドイツに1-7で敗れたブラジルがいい例だが、昨季、バルセロナに「レモンターダ(大逆転)」を許して敗退したパリ・サンジェルマンもそうだ(CLのラウンド16で第1戦に4-0で勝利したが、第2戦は1-6で敗れ、2試合合計5-6で敗退した)。
あるいは、今シーズンのCL準々決勝で激突したユベントスとレアル・マドリードのように守備が堅いはずのチーム同士の対戦が、0-3、3-1という大味なスコアになったことにも注目すべきだろう。
ブラジルもパリ・サンジェルマンも、ユベントスもレアルも、以前はボールを保持する試合運びをしていた。だから相手チームに自陣でボールを奪われると、それだけで混乱してしまう。
ストーミングを最も重視にしているのは、「超トップクラス」と呼ぶには何かが少しだけ足りないチームだ。たとえばローマやナポリであり、リバプールもそうだろう。
リバプールにはモハメド・サラーを除けば、「世界のベストイレブン」に入りそうな選手はいない。後方からビルドアップしていてはCLを勝ち取ることはできない。そこでリバプールは、フィットネスを向上させ(おそらくリバプールほど激しい練習をしているチームはない)、攻撃のペースを速めることに力を入れた。
一方、世界でも指折りのテクニックを持つチームは、もっとゆっくりとビルドアップできる。バルセロナが最高の例だが、レアル・マドリードもアトレティコ・マドリードよりは攻撃に時間をかけている。スポーツデータ分析サービスのoptaによると、ボールを持ったときのバイエルンは、1秒間に前に進む距離がブンデスリーガで最も短い。
しかし、バイエルンやレアルもストーミングの要素は使っている。この2チームの攻撃的なウィングバックを思い出すといい。両者が対戦したCL準決勝の第1戦では、バイエルンのヨシュア・キミッヒとレアルのマルセロがともに今季のチャンピオンズリーグでの3点目を決めた(キミッヒは出場10試合目、マルセロは9試合目だった)。
ストーミングの興味深い点は、技術の高いチームに対して大きな効果を発揮する傾向があるところだ。
ディフェンシブなチームに対してストーミングを仕掛けるのはむずかしい。10人のフィールドプレーヤーが、みんな後方に引いているからだ。昨シーズンのFAカップ4回戦で、リバプールがチャンピオンシップ(2部に相当)に所属するウォルバーハンプトンに1-2で敗れた理由の一端は、ここにあるかもしれない。
ロングボールを多用するチームに仕掛けるのも難しい。相手はボールを大きく蹴り出すから、ストーミングをかけようとする選手を越えてしまう。
しかし、DFからパスをつなぐチームはストーミングに弱い。バルセロナが1年強の間に、パリ・サンジェルマン、ユベントス、ローマに敗れたのは、その点から説明がつきそうだ。
技術のあるチームのDFは、守備力より攻撃力を買われて起用されることが少なくない。たとえば、ダビド・ルイス(チェルシー)やジョン・ストーン(マンチェスター・シテイ)だ。これらの選手はストーミングに苦しむことが多い。
フットボールに新しい戦術が登場すると、有能な戦術家たちはそれを採用するかどうか決断を迫られる。マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督は、ストーミングをけっこう気に入っている。
それはグアルディオラが、プレスの伝統のなかでキャリアを築いてきたためかもしれない。彼が所属したバルセロナはボールを失ったら5秒以内に取り返すことを目指していた。ただし、ボールを保持しているときは、のんびりとパスを回した。後にバイエルンの監督を務めたとき、グアルディオラはドイツの速いペースとオーバーラップの伝統を吸収した。
彼とは逆に、今はマンチェスター・ユナイテッドを率いるジョゼ・モウリーニョは、ストーミングのトレンドから取り残されているようにみえる。キャリアの大半を通して、モウリーニョはたいてい1-0で勝つことを目指してきた(例外はレアル・マドリードを率いていた2011~12シーズンで、この年にはシーズン得点数のリーグ記録をつくった)。
守備的な戦術は安全に思えるが、逆にリスクが高いこともある。前線に多くの選手を送らなければ得点は生まれないだろうし、相手チームの数少ない攻撃でゴールを奪われる可能性もある(4月にマンチェスター・ユナイテッドがホームにウェスト・ブロムウィッチを迎えた試合を0-1で落としたのは、いい例だ)。
プレミアリーグの今季の最終成績で、2位マンチェスター・ユナイテッドの失点は、優勝したマンチェスター・シティより1点多かっただけなのに、勝ち点では19点差をつけられた。この差を生んだのは得点数だ。総得点はシティが106点、ユナイテッドが68点。1シーズンは38試合だから、ちょうどシティが1試合平均で1点多く決めたことになる。
守備の選手を引かせる理由を聞かれて、モウリーニョは現代の選手は体力を極限まで使うものではないと答えている。1月の時点で、ユナイテッドの選手が1試合当たりに走った距離はプレミアリーグで最も少なかった。
だが、モウリーニョは今のトレンドに取り残されていることを、それほど気にしていないはずだ。究極の改革者には、そんな時期が必ずと言っていいほど訪れる。10年ほど前にはアーセン・ベンゲルが同じ経験をした。
今はストーミング戦術の第一人者のようにみえるリバプールのユルゲン・クロップ監督も、やがて同じことになるかもしれない。