蹴球最前線――ワールドフットボール観戦術―― vol.22 2017-2018シーズンも最高峰の戦いが繰り広げられた欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。 サッカーの試合実況で…

蹴球最前線――ワールドフットボール観戦術―― vol.22

 2017-2018シーズンも最高峰の戦いが繰り広げられた欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。

 今回のテーマは、いよいよ5月26日(現地時間)キックオフのチャンピオンズリーグ(CL)決勝のプレビュー。2連覇中のレアル・マドリーと、2004-2005シーズン以来の優勝を狙うリバプール。注目の対戦での監督の采配、フォーメーション、ロナウドとサラーの両エースの起用法などを、欧州通トリデンテ(スペイン語で三又の槍の意)が予測していきます。
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CL決勝は両指揮官の采配にも注目が集まっている

――さて、いよいよ今シーズンのチャンピオンズリーグ決勝が26日に迫ってきました。そこで今回は、キエフで開催されるレアル・マドリー対リバプールの一戦について、お三方にプレビューしていただきたいと思います。

倉敷 レアル・マドリーの3連覇なるか。偉大な一戦です。僕らこの時代のフットボールファンは歴史の証人になれる可能性がありますね。昨季、現在のチャンピオンズリーグのフォーマットになって初めて連覇を達成したクラブとなったマドリーが、大きな補強もなく、さらにその記録を伸ばす可能性を残している強さには驚かされます。

中山 ジネディーヌ・ジダン監督のすごさをあらためて感じます。彼の監督キャリアはマドリーがスタートで、にもかかわらず就任1年目から世界で最も難しいコンペティションであるCLで勝ち続けているわけですから、驚き以外の何物でもありません。選手としても別次元でしたが、監督としても別次元なのでしょうね。

 とくに今シーズンはジダンにとって本当に苦しい時期があって、ラウンド16のパリ・サンジェルマン戦で敗れたら、いよいよ解任だと言われていました。ところが、パリ戦の勝利をきっかけに、悪い流れが一変。あれだけ裏目に出ていた采配もすべて当たるようになりましたし、CLではユベントス、バイエルンという優勝候補を立て続けに破ったことで、今では解任の噂を完全に消し去っています。

倉敷 エースのクリスティアーノ・ロナウドもシーズンの前半戦の出来は散々でしたね。ただ、以前この鼎談でもお話ししたと思いますが、ロナウドには昨シーズンからシーズン終盤になってコンディションを上げてくるピーキングの傾向が見て取れたので、いずれ調子は上向いてくると見ていました。

中山 倉敷さんが指摘されていたことはよく覚えています。逆に僕は、マドリーの試合を毎試合見ていたこともあって、あそこまで身体が動かないロナウドを見続けて、さすがにもうトップフォームには戻れないのではないかと、かなり懐疑的に見るようになってしまいました。

 ですから、今ではそういう疑いの目でロナウドを見てしまったことを、ものすごく反省しています。やはりロナウドは別次元の選手であって、他のワールドクラスの選手と同じように見てはいけないということを痛感しました。前半戦はリーグ戦4ゴールだったのに、最終的には27試合で26ゴールを記録したわけですから、もうどんな不調に陥っても疑うことはできません(笑)。

倉敷 バロンドールを狙う気持ちが強く続く限り、タイトル獲得のためにコンディションを終盤に向けて上げていく傾向は続きそうですね。

 では、リバプールのユルゲン・クロップ監督の印象もうかがって戦術の話題に移りましょう。クロップにはどんな印象をお持ちですか。

小澤 ジダンよりも、戦術的なバリエーションがあり、意図的に選手をモチベートできる監督だと思います。ただ、クロップがマドリーのようなビッグクラブを率いることができるかという話になると、僕は少し懐疑的に見ています。一流選手を手なずけるという部分では、現在ジダンと同等レベルの監督はそう簡単には見つからないでしょう。

倉敷 続いてフォーメーションを予測します。おそらくリバプールは4-3-3で間違いないと思いますが、バリエーションを持つマドリーはどのフォーメーションを選択すると思いますか?

小澤 やはりシーズン終盤の流れで言うと、中盤、とくに両サイドの守備は強化したいと考えるでしょうから、まず「BBC」が揃ってスタメンというのはないと思います。ロナウドを前線で使うことは間違いないとして、そのパ-トナーとして順当にカリム・ベンゼマを使うか、それともここに来て調子を上げているガレス・ベイルを使うのか。いずれにせよ、4-4-2のシステムを用いることは間違いないでしょう。

 個人的には、バイエルンとの準決勝ファーストレグの布陣は、非常に攻守のバランスがよかったと評価していて、その時の前線は右にルーカス・バスケス、1トップにロナウド、左にイスコでした。左にイスコを使った場合でも、彼は自由に中央に動いてプレーするので、左SBのマルセロも高い位置をとってプレーすることができます。

中山 ジダンが4-3-3を使ってリバプールと同じ布陣で力勝負、つまり個人能力で勝負を仕掛けるのか、あるいは守備バランスを意識して4-4-2で戦うのかで、マドリーの戦う姿勢がうかがえますね。

 そのうえで、今シーズンのジダンの采配から見て取れるのは、常に強者として王道を歩んでいるというより、対戦相手によって”手を替え品を替え”というスタンスで戦っているように見受けられるということです。

 そう考えた場合、この試合ではマルセロがモハメド・サラーとマッチアップするので、マドリーはそこをどう対処するのかが最大のカギになると思っていて、そうなるとジダンは4-4-2にして、ロナウドとベンゼマの2トップ、中盤の右にバスケス、左にマルコ・アセンシオを配置してスタートする可能性も十分にあるのではないかと見ています。

小澤 確かにその可能性もありますね。マドリーとしてはそれほどポゼッションにはこだわらずに、2トップにして相手CBの2人であるデヤン・ロヴレンとフィルジル・ファン・ダイクに対して常に2対2をつくってカウンターを狙えるかたちを見せておく方が、逆にリバプールにとっては嫌かもしれないですね。

 ここにきてベンゼマとベイルのコンディションは共に上がっているので、ロナウドがそれほど守備をしなくても、彼らが左サイドに流れてそれをカバーできるでしょう。

倉敷 攻めて消すか、守って消すか。リバプールの3トップ対策には3人が守備に追われるよう仕向けるやり方もあります。たとえばマドリーの中盤が高い位置をとって、リバプールのSBとCBの間を脅かし続ける方法は効果的ですか?

中山 確かにそうなると、リバプールはエースのサラーを活かせなくなりますね。ただその場合、クロップはロベルト・フィルミーノとサラーのポジションを入れ替えて、サラーを1トップの位置に張らせておくという対応策を打ってくると思います。

小澤 いずれにしても、マドリーはマルセロが守備バランスを考えてサラーをケアするために低い位置に閉じこもるようなことはないでしょう。そもそも守備面では耐久性の低い選手ですし、マルセロが上がったとしてもカバーリングのエリアとスピードなら世界屈指のCBであるセルヒオ・ラモスが控えています。セルヒオ・ラモスがカバーリングに出た時はカゼミーロが最終ラインに入って補完するという形ができ上がっていますから。

 逆にリバプールはサラーとフィルミーノが前線に攻め残りをしていて相手の攻撃を受ける時、相手のサイドバックの上がりに対してトレント・アレクサンダー=アーノルドやアンドリュー・ロバートソンといった経験値の低いSBが、数的不利な状況にうまく対処できないという問題があります。

 準決勝のローマ戦を見てもそうですが、その場合は中盤のジョーダン・ヘンダーソンやジョルジニオ・ワイナルドゥムらがサイドに流れて対応するかたちになってしまい、どうしても中央にスペースを空けてしまうという問題が発生してしまいます。

倉敷「リバプールはいつも通りの戦い方をする」。そう多くの人が考えるでしょうから、”嘘をつく”カードはクロップが持っていそうです。引いて守ってカウンターを狙うか、それとも従来のやり方で、前からプレッシャーをかけて戦うか、意外な選手の起用はあり得るのか、興味深いですね。
 
 おふたりがキープレーヤーにと考えるのは誰ですか?

中山 もちろんリバプールはサラーが間違いなくエースですけど、僕はフィルミーノがマドリー相手にどこまで自分の仕事を遂行できるかという部分に注目したいと思います。つまり、サラーやマネを活かすためのスペースを彼が作ってあげられるかという部分と、2人が手詰まりになった時に、自分がフィニッシャー役を務められるかという2つの部分です。

 マドリー側ではマルセロです。彼のストロングポイントが出るのか、裏を狙われるというウィークポイントが出てしまうのか。これによって、試合結果が大きく左右されると思います。当然、大舞台で常に違いを見せるロナウドの”一発”もカギになると思いますが。

小澤 キーマンというわけではありませんが、僕はヘンダーソンとイスコ、もしくは途中交代で入るアセンシオのマッチアップに注目したいと思っています。理由は、リバプールが前からはめにいった場合、マドリーのトニ・クロースとルカ・モドリッチはそれを外すプレーができるので、どうしてもヘンダーソンの両脇にスペースが生まれてしまうからです。

 そうなった場合、ライン間で受けるのが得意なイスコやアセンシオが確実にそのスペースを取りにいくはずなので、ヘンダーソンがその動きをどこまで抑えられるか、あるいはリバプールがチームとしてどう対処するかがポイントになると見ています。

倉敷 スコアが大きく動くゲームになるのか、静かなゲームになるのか。イメージとしてはホーム&アウェーならマドリー優位、一発勝負なら休養十分なリバプール、なんですけどね。

中山 リバプールが勝つとしたら、劇的なゲーム展開で優勝するようなイメージがありますね。これは過去の歴史からくるイメージではありますけど。

倉敷 サブメンバーの比較ではマドリーが戦術的な選択肢の多さでも有利です。一発勝負は睨み合いになるケースも多々ありますが、リバプールは無失点でいけるかどうか。ローマ戦では守備の不安定さが露呈しましたね。

小澤 そうですね。ロヴレンのところと、両サイドバックのところはウィークポイントになりやすいポジションです。押し込まれて数的不利な状況になると、アーノルドもロバートソンも前に食いついてしまうタイプの選手なので、背後のスペースを狙われてしまうという傾向がローマ戦でも見えました。マドリーは、そういう弱点があるとわかった時に食いつかせてパスではがすのがとてもうまいチームですので、サイドの攻防は見どころになると思います。

倉敷 両チームのCLでのラストミーティングは2014-2015シーズンのグループステージ。リバプールホームが0-3、マドリーホームが1-0でいずれもマドリーが勝ちましたが、ゴールの内訳は3ゴールがベンゼマで1ゴールがロナウド。ストライカーの得意意識は相手チームの編成が変わっても押さえておきたいポイントです。

 この試合のレフェリーはセルビアのミロラド・マジッチ。彼は昨年のコンフェデレーションズカップ決勝で笛を吹いた審判で、過去には2014年W杯やユーロ2016でもレフェリーを務めた経験のある人です。気になったのはフォース・オフィシャル(第4審判)がフランスのクレマン・トゥルパンであることです。今季はセビージャ対マンチェスター・ユナイテッド(0−0)やローマ対バルセロナ(3−0)の主審でアップセットに縁があります。今回は主審ではありませんが、はてさて……。

 では最後に、どんな決勝になってほしいかという話で締めましょう。

中山 やはりリバプールにはイケイケのムードの中、自分たちの持ち味を惜しみなく出すような戦いをしてほしいですね。それに対して王者のマドリーが逃げることなく、自分たちの良さを出すような試合に持ち込むというのが僕にとっての理想的な展開です。

 今シーズンのチャンピオンズリーグは相手の良さを消すよりも、自分たちの良さを出そうとして戦うチームが目立っていて、面白いゲームが多いシーズンでした。なので、決勝でも今シーズンを象徴するようなスペクタクルマッチが見たいですし、実際にそういうゲームになると予想しています。

小澤 僕も同じです。ここ数年のヨーロッパの変化を見た場合、3バック(5バック)でも4バックでも守れる守備的戦術は大分整備されていて、逆に相手が前からはめてきた時にそれを剥がし、一気にカウンターでゴールを奪うといった攻撃面の進化が見られるようになっています。そういう点で、お互いの良さを消し合うチームより、お互いの良さを出し合うサッカーチームが上位に残っている印象があるので、その傾向を象徴するような決勝になると思います。

 それと、ロナウドやサラーといったスター選手がいるのですが、彼らを輝かせるための周りの選手の働き、チームとしてのオーガナイズの部分に着目してみると、また違った面白さというか、サッカーというスポーツが持つ駆け引きの魅力を発見できるのではないでしょうか。

倉敷“王者”対”挑戦者”という図式で見るとわかりやすいですね。3連覇を狙うマドリーと、久しく優勝のないリバプール。監督としてもレジェンドへの道を突き進むジダンが勝つのか、選手時代にはほとんど実績のないクロップが、同じようなキャリアを持つジョゼ・モウリーニョが成し遂げたように大会を制覇できるのか。

 そしてエースの対決。すでに多くのものを獲得しているロナウドか、ニューカマーとして日本でも多くのファンを獲得しているサラーか。王者が経験値を駆使して若い才能を抑えるのか、若い才能が王者を打ち砕いてみせるのか。

 とてもわかりやすい部分が多く、一方で戦術的な部分も楽しめるカードです。サッカー観戦キャリアに関係なく、たくさんのファンがこの話題で盛り上がる一戦になることを期待したいですね。
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