蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.20 2017-2018シーズンも佳境を迎え、各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。 サ…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.20

 2017-2018シーズンも佳境を迎え、各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎──。

 今回のテーマは、チャンピオンズリーグ(CL)準決勝のレビュー。勝ち上がったリバプールの勝因はどこにあったのか? 対するローマの敗因は? フォーメーションや選手個々のパフォーマンスについても欧州サッカー通のトリデンテ(スペイン語で三又の槍の意)が徹底討論します。
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今季のプレミア・リーグ得点王に輝き、CL決勝でも活躍が期待されるサラー

――いよいよ今シーズンのチャンピオンズリーグも決勝戦(5月26日)を残すのみとなりました。今回は、お三方に準決勝2試合を振り返ってもらったうえで、決勝戦を展望していただきたいと思います。まずは、準決勝のリバプール対ローマからお願いします。

倉敷 まずアンフィールドでの第1戦です。印象的な準々決勝を戦った両チームですからゲームへの入り方が注目されました。ローマのエウゼビオ・ディ・フランチェスコ監督はバルセロナを破ったシステムを使い、リスクを冒してでもアウェーゴールを奪う狙いでしたね。

中山 このカードをプレビューした際、リバプールの特徴を考えるとローマは4-3-3を選択するだろうと3人で話しましたが、ディ・フランチェスコは3-4-2-1を採用して前からプレッシャーをかけようとしました。

 もっとも、僕はローマが3バックにして勝負を仕掛けたら面白いゲームになるという見方もしていました。蓋を開けてみたら確かに見る者にとっては打ち合いで、面白いゲームにはなりましたが、それによってリバプールの圧勝という結果になってしまいましたね。

小澤 基本的にこの布陣はバルサ戦と同じ構造なのですが、相手がまったく違うスタイルのチームなので、同じやり方だと失敗する可能性は高いと見ていました。

 バルサの場合、ボールをグラウンダーのショートパス、足元でつないでくれて、ディフェンスラインの背後、特に3バックが最も弱いとされるウイングバックとCBの間にパスを差し込むことがほとんどなかったのですが、リバプールは徹底的にそれをしてくるのが明らかでした。

 その結果、ローマがもっとも警戒すべき3トップにやすやすとスペースを与えてしまいました。モハメド・サラーに好き放題やられる形となったローマのCBジュアンが批判されることになっていますが、個人的にはサラーにスペースを与え、前向きでボールを持たせている時点でチームとしては負けです。

 試合の入りとしてローマの特長であるハイプレスを敢行すること自体は悪くなかったですが、リバプールのカウンターケアのために、とくに左ウイングバックのアレクサンダル・コラロフはあそこまで高い位置を取る必要はなかったと思います。そこは、急造3バックのボロが出たと言えるかもしれません。

倉敷 バルサ戦では3バックのフェデリコ・ファシオやコスタス・マノラスが積極的に前へ出て中盤に参加するやり方が効果的でしたが、今回は格好のスペースを与えてしまい大きな弱点になりました。

 当日は雨でしたから、ホームであり、このような天候でのハードワークに慣れたリバプールにもともとのアドバンテージがありました。ローマがこの作戦を決行するには最初から条件も悪かったわけです。判断ミスですね。ローマがアクセントをつけられたのは最初と最後だけ。ほとんどの時間でリアクションを強いられ、頼みのダニエレ・デ・ロッシも時間とともに運動量が激減してしまいました。

中山 ゲームの入り方は、ローマも悪くはなかったと思います。3バックにした効果も出ていたと思いますし、シュートを放つところまではできていました。ただ、リバプールの対応もうまかったと思います。

 小澤さんがおっしゃったように、シンプルに両ウイングバックの背後のスペースにボールを蹴ることで、特に左サイドのコラロフの背後のスペースをサラーに使われるシーンが増えました。3バックの弱点を突かれた格好になって、そこから歯車が狂い始めたのではないかと思います。

小澤 結局、ローマはみすみすリバプールの土俵でサッカーせざるを得ないようなシステムを使ったという点は、ローマ側から見れば致命的なミスだったと感じます。

 それと、ディ・フランチェスコが2枚替えをして4バックに戻したのは、67分のことでした。4-0になるまで3バックを引っ張ったというところは、そこも含めてハーフタイムにスパッと4バックに変更してもよかったのではないかと思います。

 もちろん4バックにしたとしても5失点した可能性はありますけど、実際に4-3-3にしてからの展開を見ると、ボールロストの局面でも距離感のバランスが良く即時回収もできていたので、やはりディ・フランチェスコの判断は遅かったのではないでしょうか。

倉敷 リバプールも試合の終わらせ方がよくありませんでした。5-0とリードしていながら2失点、ローマはこれでホームでの逆転劇に期待を抱けた。気になったのは2失点ともサラーがフィールドアウトしてからだということです。

 今のリバプールにおいてサラーはバルサにおけるメッシのような存在かもしれません。彼がいないとまるで別のチームです。75分にサラーに代わって投入されたダニー・イングスは直前の国内リーグ戦で復帰してゴールも奪っていましたから、クロップは何か最後にプラスアルファを期待したのでしょう。でも残り時間15分は長い。追い詰められたローマが爪痕を残すには十分な時間でした。もちろんサラーのコンディションは監督しか知らないことですが、サラーを使い続けていればもっと楽に勝ち上がれた気がします。

中山 第1戦を終えて個人的に興味深かったのは、試合後の会見でのディ・フランチェスコのコメントでした。彼は「明日、多くの人はシステムの話をするだろう」と話したうえで、「でも、1対1で勝てなければどのシステムでも勝てない。今日はその1対1で相手が上回っていたので、システムの問題ではない」という言い訳ともいえるコメントをしていました。

 もちろん、監督なので簡単に非は認めないとは思いますが、結局、その頑固さみたいなものが4バックに切り替えるタイミングを遅らせたのかもしれませんね。

小澤 同じ3バックでも、その週末(5月6日)にリバプールを破ったチェルシーなどはウイングバックの背後のスペース管理に重点を置いた5バックの守備にして、あえてリバプールにボールを持たせる時間を長くしながらカウンターを狙っていました。

 アグレッシブに出ていく姿勢、哲学は素晴らしいと思いますが、ディ・フランチェスコが次のステージの監督にステップアップするためには、もう少しそういった柔軟性も学ばないと厳しいと思います。

倉敷 では、オリンピコでの第2戦に話を進めます。中山さんはどこにポイントがあったと感じましたか?

中山 まずひとつは、第1戦の反省点を受けて、ローマがシステムを本来の4-3-3に戻したこと。もうひとつは、リバプールが終始受け身でゲームを進めてしまったために、本来の持ち味が発揮できなかったということです。

 リバプールについては、さすがに第1戦で大差をつけていたので、イケイケのサッカーはできないという点は考慮しなければいけませんが、この試合を見て感じたのは、受け身のリバプールはあの3トップを有していても凡庸なチームになってしまうということでした。

 ローマがゴールを積み上げて追い上げられ、結局最後までリズムを取り戻すきっかけをつかめなかったことは、決勝戦に向けてよいサンプルになったのではないでしょうか。

 とはいえ、よい入りをしたローマは、大事な立ち上がりの時間帯でラジャ・ナインゴランのミスパスから先制ゴールを与えてしまったのはいただけませんでした。それを見逃さずにしっかり決めたサディオ・マネもすばらしいと思いますが、後半に追い上げるにせよ、準決勝でこういうミスを犯してしまうと勝つのは難しいですね。

倉敷 開始9分でしたからね。この先制点についてもサラーの存在がありました。コラロフが行こうとしたところにサラーがプレスをかけ、ナインゴランはパスコースを失い焦ってしまった。そのあとのパスミスです。

 サラーは古巣ローマの本拠地ということもあってか、目立たないように遠慮がちにプレーをしていましたが、逆に”縁の下の力持ち”としてのプレーが需要な先制点をもたらしたわけです。”持っている”選手なんでしょうね。

 ただファイナルに挑むリバプールの不安材料になりそうなのがローマ同点ゴールのシーンです。デヤン・ロブレンの余裕のないクリアが味方のジェイムズ・ミルナーに当たってオウンゴールになりました。それ以外の場面でもロブレンのプレーは不安でしたし、ラグナル・クラヴァンもそれほど安定していない。ジョエル・マティップがいないので計算できるCBはフィルジル・ファン・ダイクだけ。クロップは彼を誰と組ませるでしょうかね。

中山 第1戦もそうでしたが、確かにローマのエディン・ジェコに何度も脇のスペースを狙われて、簡単に裏をとられるシーンが目立っていましたね。

 それと、ローマ側ではコーナーキックなどセットプレーの守備の雑さが2試合を通して目につきました。この第2戦でジョルジニオ・ワイナルドゥムが決めたリバプールの2点目もコーナーキックからで、あれだけ第1戦でよくなかったコーナーキックの守備対応を、なぜ修正できなかったのかが不思議で仕方ありません。

小澤 そういうことも含めて、ディ・フランチェスコはいい意味でも悪い意味でも頑固なのでしょうね。ゾーンで守るとなったら、そこは絶対に変えない。あれだけゾーン対応が破綻していれば高さのあるキーマンはマンマークにした方がよかったと思いますが、変えずにずっと同じ対応をしていました。そういう頑固さはこの試合で裏目に出たということでしょう。

倉敷 背景のひとつとして考えられるのが、チャンピオンズリーグの出場権を争うライバルチームの存在です。出られるのはこの3チームのうち2チーム。同じ街のライバル、ラツィオのシモーネ・インザーギは3バックでひとつのスタイルを作り上げた。今季の印象はとてもいい。

 インテルを率いる監督はローマ前監督のルチアーノ・スパレッティです。ここでも比較される。ディ・フランチェスコにとっては実績も重要でしたが、自分の色を出すことも必要だったのではないでしょうかね。

中山 たしかにディ・フランチェスコの頑固な一面が目立った2試合でしたね。ただ、ローマも5-2から最終的には1点差まで追い詰めてトータル6-7にまで持っていったことは評価したいと思います。ベスト4に残ったことは、きっと来シーズンにもつながるのではないでしょうか。

倉敷 ファイナルに進んだリバプールの話はこのあともできますので、グッドルーザーだったローマの話を最後にしましょう。ローマは来シーズンの上積みを期待できますか? ディ・フランチェスコとローマはサイクルの途中にあるとお考えでしょうか?

小澤 ローマのスポーツディレクターのモンチにとっては就任1年目なわけですから、そういう点ではサイクルはまだ始まったばかりと見ていいと思います。

 彼の目利き、スカウティング能力からすれば、今後も安くて優秀な選手を次々と獲得するでしょうし、逆に高く売れる選手は高く売ってクラブの財力をアップさせるというセビージャ時代の実績通りの仕事をすることは間違いありません。来シーズンのチャンピオンズリーグ出場権も獲得しましたし、今後のローマは期待できると思います。

 気になるのは、センターバックとデ・ロッシのところです。守備と攻撃のビルドアップのところで肝となるトライアングルですが、どうしても守備で脆さを見せているので、そこは来シーズン以降、特に欧州の舞台で勝ち抜いていくためには補強が必要になってくると思います。

中山 ディ・フランチェスコの話でいえば、今回初めてこういう舞台を経験して、今後どのような監督に成長していくのかに注目したいと思っています。ここ数年、イタリアでは若手監督で他国のビッグクラブと張り合えるだけの人が育っていない。彼は着実にそのステップを踏んでいる数少ない人材ですから、期待しながら見守りたいですね。

倉敷 そうですね。ここ数シーズンでみればユベントス以外にこのような印象的な戦いを見せたイタリアのチームはなく、国内リーグによい刺激を与えたことは間違いありません。バルサを倒すなどローマの健闘の意味は大きいでしょう。来シーズンのイタリア勢が欧州のコンペティションでどう飛躍するか、期待したいですね。

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