入場口からコートへと歩む足跡が、きれいに整地された赤土の上にひとつ、またひとつとくっきり刻まれていく。その足跡にかぶさるように、客席からは錦織圭の名を呼ぶ声が次々と降り注いだ。フェリシアーノ・ロペスをストレートで下した錦織圭 ローマ・…

 入場口からコートへと歩む足跡が、きれいに整地された赤土の上にひとつ、またひとつとくっきり刻まれていく。その足跡にかぶさるように、客席からは錦織圭の名を呼ぶ声が次々と降り注いだ。



フェリシアーノ・ロペスをストレートで下した錦織圭

 ローマ・マスターズの大会2日目。錦織vs.フェリシアーノ・ロペス(スペイン)の一戦には、センターコートの第1試合が用意される。ケガでランキングを落としている元世界4位と、36歳を迎えてもなお衰えぬサーブ&ボレーの名手の顔合わせは、今大会の1回戦屈指の好カードだった。

 その観客の期待に、ふたりの選手はプレーで応える。サウスポーから放たれるロペスのサーブは常時200キロを計測し、文字どおり”切る”ように繰り出されるスライスは、時に風に乗って鋭く伸び、時にネットぎりぎりに落とされた。

 対する錦織は、快足を飛ばし幾度もドロップショットをすくい上げては、硬軟自在の展開からフォアの強打を叩き込んだ。コートを軽やかに駆け、空間を広く使う錦織のプレーに、ロペスの技が芳醇(ほうじゅん)な風味を加えていく。多彩なショットの競演の末に、第1セットはタイブレークにもつれこんだ。

 一進一退の攻防となったタイブレークで、最終的に錦織が勝った要因は、やはり展開力だった。バックの鋭角なクロスからストレートへと切り返すパターンは、赤土の上で特に効力を発揮する。後に錦織は「もう少しミスを減らすべき」だったとタイブレークを省みたが、それでも勝負どころでプレーの質を上げ、勝利への道筋を拓く第1セットを奪い取った。

 第2セットに入ると錦織は、サウスポー特有の変化を見せるロペスのサーブに、徐々に適応し始める。

 鋭いバックのリターンで最初のゲームをブレークすると、以降は試合の流れを掌握。第6ゲームでは、やや集中力が抜けたかのようにミスを重ねて失うも、直後のゲームでふたたびブレーク。長い打ち合いのなかで相手を崩す術(すべ)を模索し、届かないと思われるドロップショットやスマッシュを最後まで追う姿勢が、ストレートでの勝利を引き寄せた。

 約半年の戦線離脱を経て、今、ふたたび世界最高峰の舞台で頂点を目指し戦う日々を、錦織は「楽しんでます」と言った。

「毎試合入るのが楽しみですし、たとえ内容が悪くても、ここからは上がるだけ。自分の調子が上がってくれば、この前(モンテカルロ)みたいにマスターズやグランドスラムでも上に行けると思うので」

 上に行ける――。その言葉を発したとき、一層語気が強まった。チャレンジャーとしての気持ちでコートに向かえていることも、試合を楽しめている理由だという。

 ならば2回戦の相手にも、錦織はチャレンジャーとして、楽しみを抱きながら向かっていくことができるだろう。世界4位のグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)は、錦織が戦線離脱した昨年8月からトップ10に定着。昨年末にはATPツアーファイナルズのビッグタイトルを獲得するなど、キャリア最高の時を迎えている26歳だ。

 2回戦で世界4位と当たるのは、ノーシードのつらさである。その点に関しては錦織も、「厳しいですね。1回戦か2回戦で必ずシード選手と当たるので、楽ではないです」と否定しない。だが同時に、彼はこうも続ける。

「優勝するにしても、どこかしらでシードとやらなくてはいけないので。ま、厳しいっちゃあ厳しいですが、ここから這い上がっていかなくてはいけない」

 今の彼が目指すのは、2回戦や3回戦進出ではない。優勝であり、ふたたびトップ8シードのつく位置まで戻っていくこと――。その錦織の意志や覚悟は「今は復帰過程か、それともケガを言い訳にできないところまで来ているのか?」と問われたときの、次の返答にも映された。

「まったくできないですね、言い訳は。(モンテカルロで)決勝まで行ってるので……あれで復帰過程と言ったらありえない」。そしてその準優勝の結果があるからこそ、「ディミトロフやトップ10との対戦も、あまり怖くなくなった」のだと言った。

 ふたたびトップ10に戻る日は、「遠くないと思う」と彼は言う。そのための足がかりは「いいプレーを持続するところ」と、「自信をつける意味でも、今日も試合に勝てたように、より上に行く」こと。ならばそれらを獲得するうえで、2回戦は格好の相手となったとも言える。

かつては錦織の背を追い、錦織を破ることで今につながる自信と地位を獲得したディミトロフ。その2歳年少の世界4位から、今度は錦織が完全復活へのカギを奪いにいく。