それは”人海戦術”と言ってもいいほどの、なりふり構わぬ必死の守りだった。 J2第13節、ジェフユナイテッド千葉が大宮アルディージャを1-0で下した。FWシモヴィッチを中心に次々とチャンスを作り出す大宮に対し、千…
それは”人海戦術”と言ってもいいほどの、なりふり構わぬ必死の守りだった。
J2第13節、ジェフユナイテッド千葉が大宮アルディージャを1-0で下した。FWシモヴィッチを中心に次々とチャンスを作り出す大宮に対し、千葉の選手がペナルティーエリア内で体を投げ出し、シュートを防いだシーンは一度や二度ではなかった。それでも千葉は、虎の子の1点を最後まで守り切った。
10シーズンぶりのJ1復帰を目指す千葉が見せた、”裏の顔”である。
第13節の大宮戦で、アウェーでの今季初勝利を飾った千葉
昨季、フアン・エスナイデル監督が就任して以来、千葉のサッカーは「ハイプレス・ハイライン」が代名詞となった。
高い位置からのプレッシングでボールを奪って速攻。途中、ボールを失っても、すぐに守備へと切り替え、ボールを奪い返して速攻。効果的なプレスを素早く繰り返すには、フィールドプレーヤーが互いの距離を縮め、コンパクトな陣形を維持しておく必要があるが、そのためにDFラインは、敵陣まで入っていこうかというほどに高く押し上げた。
極端な戦術は、さすがに浸透までの時間がかかった。だが、ひとたびハマれば、相手を完全に無力化させるほどの威力を発揮した。昨季はリーグ戦を7連勝で締めくくり、大逆転でJ1昇格プレーオフへ進出。最終的に昇格はならなかったが、来季、すなわち今季への期待を高めるには十分な結末だった。
ところが、期待された新たなシーズンが始まってみると、ハイプレス・ハイラインが思ったように機能しない。理由は単純。DF増嶋竜也曰く、「ハイラインの裏に蹴られて、後ろ向き(自陣ゴール方向を向いて)で守備をすることが多くなった」からだ。増嶋が「(後ろ向きの苦しい体勢で)クリアしても、そのボールを相手に拾われて二次攻撃、三次攻撃を受けてしまう」と話すように、対戦する各チームの千葉対策は確実に進んでいた。
プレッシングの強度を高めるのと引き換えに、DFラインの背後に広大なスペースを生み出す戦術は、常にリスクと背中合わせ。プレッシングを避けられ、ボールをDFラインの背後に蹴られてしまえば無力となる。
もちろん、背後に蹴られたボールを拾い、再び自陣からつないで、敵陣まで入っていけるほどのボールポゼッションができるなら問題はない。だが、千葉にそこまでの力はない以上、プレッシング封じが進むのは当然だった。
とりわけ深刻だったのは、アウェーでの脆(もろ)さである。千葉は第10節のアビスパ福岡戦までの間、アウェーゲームは今季5戦全敗。しかも5試合の総失点が16と、大量失点を重ねていた。
はたして舵が切られたのは、第11節。アウェーでのヴァンフォーレ甲府戦だった。
この試合、千葉は前からのプレスを捨て、自陣でリトリートする(守備組織を整える)戦術を選択。これが功を奏し、1-1で引き分け、今季アウェーゲームでの初勝ち点を手にした。
こうして、引いて守るという新たな戦術を選択肢に加えた千葉は、ついに第13節の大宮戦で、今季アウェー初勝利を挙げるのである。増嶋が語る。
「チーム全体としてやることがはっきりしていたので、以前のように後ろ向きではなく、前向きで(相手の攻撃を)つぶせる回数が増えた。(DFが前向きでプレーすることで)ボランチがプレスバックできるようになり、センターバックとボランチの関係でうまく守れていることには手ごたえを感じる」
昨季から一貫して追求してきた自分たちのスタイルを変えてまで、結果を求めた試合である。もしも敗れていれば、悪い流れが一層加速していた可能性もある。
それだけにこの試合は、千葉にとって今季の行方を大きく左右するほどの意味を持っていた。MF矢田旭は「戦い方は違っても、ゼロに抑えたことは自信になる。ジェフの特長として攻撃的に戦って大勝することを期待されるかもしれないが、守備が安定すれば強いチームになれる」と、胸をなでおろす。
エスナイデル監督もまた、「自分たちはより実践的、効率的にプレーすることを学び始めているところだ」と語り、新たなオプションによって得た勝ち点3を喜んだ。劣勢の展開が続いた薄氷の勝利ではあったが、これまでの悪い流れを変えるという意味では、非常に大きな1勝である。
とはいえ、この現実路線で最後まで戦い抜けるとは考えにくい。大宮戦を見ても、無失点で終えられたことが不思議なくらいにピンチは多かった。リトリート策はあくまでも一時しのぎのオプション。根本的な問題の解決にはならない。アルゼンチン人指揮官も「順位表がそうさせた(戦術を変えさせた)が、自分たちがやりたいことをやめた、ということは一切ない」と語る。
実際、大宮戦の3日前に行なわれた第12節のホームゲームでは、現在2位につけるファジアーノ岡山を相手に、従来どおりの積極策で1-0と勝利している。「これが我々のやり方。去年つかんだアイデンティティをここ(ホーム)で披露しない手はない。うまくいくときもいかないときもあるが、やり続ける」とは、試合後のエスナイデル監督の弁である。
13試合を終えて、5勝6敗2分けの14位。理想と現実の狭間で苦しむ千葉は、ふたつの顔を使い分け、今季初めて3試合連続無敗(2勝1分け)と復調の兆しを見せる。エスナイデル監督は当面、ホームとアウェーで表と裏の顔を使い分けるのだろう。
だが、あくまでも裏の顔は裏の顔。頼り過ぎれば、せっかくの魅力が失われるばかりか、おそらく成績の向上にもつながらない。
千葉は今後、表の顔でどれだけ多くの試合を戦い、どれだけ多くの勝ち点を得られるのか。浮沈のカギを握っているのは、やはり「ハイプレス・ハイライン」である。