5月3日~4日、富士スピードウェイで2018スーパーGTシリーズ第2戦が開催された。GT500クラスを制したのは「日産のエース」松田次生/ロニー・クインタレッリ組。MOTUL AUTECH GT-R(ナンバー23)が今シーズン初優勝を…

 5月3日~4日、富士スピードウェイで2018スーパーGTシリーズ第2戦が開催された。GT500クラスを制したのは「日産のエース」松田次生/ロニー・クインタレッリ組。MOTUL AUTECH GT-R(ナンバー23)が今シーズン初優勝を飾った。



表彰台で握手を交わす坪井翔(左)とヘイキ・コバライネン(右)

 昨年から今年にかけて、日産勢は苦戦を強いられてきた。それだけに、序盤からトップに立つなど終始アグレッシブな走りを見せての優勝は、今後に光明をもたらす内容だった。

 しかし一方で、そのレースにおいて彼らに「快進撃を許さなかったルーキー」がいた。それが今回、GT500クラス初参戦で2位表彰台を獲得した坪井翔(DENSO KOBELCO SARD LC500/ナンバー39)だ。

 今シーズンの39号車は、2016年のGT500王者であるヘイキ・コバライネンに加え、参戦2年目の小林可夢偉をドライバーに起用。元F1ドライバー同士がコンビを組むとあって、開幕前から大きな注目を集めていた。しかしながら、第2戦の富士ラウンドは小林が参戦している世界耐久選手権(WEC)の開幕戦と重複したため、スーパーGTへの出場を辞退。その代役として、チームは22歳の坪井を抜擢した。

 2015年に「若手ドライバーの登竜門」として新しく始まったFIA-F4選手権でシリーズチャンピオンを獲得した坪井は、翌年から全日本F3選手権へとステップアップ。2017年は第10戦の鈴鹿でF3初優勝を飾ると、同シーズン後半は7連勝を含む9勝をマークしてランキング2位になった。今シーズンもF3に参戦し、さっそく開幕ラウンドの鈴鹿では2連勝を飾っている。

 また、スーパーGTには昨年からGT300クラスにフル参戦を開始し、中山雄一とのコンビでシーズン2勝をマーク。スーパーGTシリーズ初年度ながらランキング3位という好成績でシーズンを終えた。そして今シーズンは「町工場のGT王者」として知られる名門つちやエンジニアリングに加入。開幕戦の岡山では3位に入る好スタートを切った。

 このように今シーズン、坪井はつちやエンジニアリングからGT300クラスにレギュラー参戦している。ただ、第2戦のみ前述の理由で39号車にレンタル移籍する形となり、GT500クラスを経験することになったのだ。

 坪井はシーズンオフ、チーム土屋の86マザーシャシーのテストを行ないながら、同時にGT500マシンのテストにも参加した。ただ、基本的にはレギュラーであるコバライネンと小林が乗る機会が多く、空いた時間に少しずつ乗る予定だった。

 しかも、その数少ない機会だった3月末、富士スピードウェイでの公式テストで、不運にもエンジントラブルが発生してテストは中断。坪井は走り込みがほとんどできないまま、GT500クラスのデビュー戦を迎えることになった。

「走り込めていないのが不安要素です」

 レース前にそう語っていた坪井に、さらなる不運が襲いかかる。予選日の朝に予定されていた1時間45分の公式練習セッションが濃霧による視界不良のため、突如中止となったのだ。

 天候が回復したお昼過ぎに30分の走行時間が与えられたものの、その後の予選でタイムアタックを担当するコバライネンの走行時間を優先するため、坪井が走れたのはわずか3周のみ。まさに「確認走行をする程度」だった。

「基本的にレギュラーが乗ることがメインなので、空いた枠にちょっと乗った程度。富士の公式テストでもエンジントラブルが出てまったく乗れていないですし、昨日も3周しか乗れなかった。何もわからない状況で、ただ(GT500車両に)乗っただけというレベルです」

 決勝を想定した連続走行(ロングラン)もできず、新品タイヤを履いてタイムアタックのシミュレーションも未経験――。そんな状況で決勝レースを迎えた坪井に、いきなり重要な場面で出番が回ってくる。5番手からスタートしたコバライネンが渾身の追い上げを見せてトップに浮上し、首位をキープしたまま坪井にバトンタッチすることになったのだ。

「(ドライバー交代する前は)超プレッシャーでした。事前準備がしっかりできていれば自信を持って臨めましたけど、正直不安しかなかったです。

 しかも、トップ争いという責任重大なところで(自分の出番が)回ってきて……。第2スティント(レース中盤の坪井のパート)で流れが決まると思っていたので、正直『乗りたくない』と思うくらい緊張しました」

 事前に走り込めていないのに、この大役は荷が重すぎるだろう――。現地でレースを観ていた筆者も、思わずネガティブな考えが浮かんだ。ところが、いざマシンに乗り込んだ坪井はそんな思いをあっさりと裏切る快走を見せる。

 トップのままピットアウトすると、タイヤが温まっておらずコントロールが難しい1周目を難なくクリア。この時点で2番手の23号車とは2秒差だったが、坪井は周回を重ねるたびに安定感を増し、後続との差を7秒にまで広げた。

「(後ろとの間隔は)ずっと見ていました。でも、そんなに背後に迫ってくるほどの差ではなかったですし、単独で走っていれば(39号車のほうが)速そうだったので、GT300との混走で(遅いマシンに引っかかって)タイムを落とさないことのほうが大事だと思い、自分のペースを落とさないようにしました」

 坪井の冷静な走りに対し、23号車をドライブしていた松田は驚いたという。

「タイヤのウォームアップやGT300との混走の処理を見ていると、とても新人とは思えない走りで、後ろから追いかけながら感心してしました」

 また、坪井の走りをピットで見守っていたコバライネンも大絶賛した。

「彼はテストでクルマに乗る機会がなくて、ほとんど走り込めなかったんだけど、とにかく強いし、自分の走りに自信を持っている。レース中もまったくミスがなかったし、重要なポイントをちゃんと理解しながら走っていた。

 だから正直、そんなに心配していなかった。後ろとの間隔をしっかり保っていたし、ときどき後続を引き離す走りも見せてくれた。ぜひ、彼の名前を覚えておいてほしい。きっと将来、とても手強いGT500ドライバーになると思うよ」

 悪いものは悪いとはっきりと言うコバライネンが、ここまで誰かを絶賛したのは初めてのことだ。それだけ今回、坪井がレースで残した印象は強烈なものだったのだろう。

 結果はレース終盤のピットストップで23号車に逆転を許し、コバライネン/坪井組は2位となった。だが、レース後の表彰式でふたりは満面の笑みを見せていた。レース後、坪井はこう語る。

「(収穫は)かなり大きいと思います。GT500のトップチームで乗ることができて結果も出せたので、それは自信につながるし、モチベーションにもなります。GT500で経験したことを25号車(つちやエンジニアリング)に持ち帰れば、さらによくなると思います。2クラスの混走のなかで、追い抜く側と追い抜かれる側の両方を経験できたのもよかったです。

 GT500はプロの人たちが集まっているので、そんなに簡単にはいかないだろうと思っていました。ですが今回、本当にいいクルマといいタイヤが用意されて、ヘイキ(・コバライネン)さんもいろいろ教えてくれたおかげで、しっかり走れました。本当に感謝です」

 第3戦以降はふたたび、つちやエンジニアリングに戻ることになる。ただ、GT500クラスでの経験を糧(かて)に、GT300クラスでもひと皮向けた走りが期待できそうだ。そして、坪井がGT500クラスにフル参戦して大活躍する日が来るのも、そう遠くはなさそうである。