5月6日、味の素スタジアム。試合終了の笛が鳴ると、東京ヴェルディのスペイン人指揮官、ミゲル・アンヘル・ロティーナは、ドカッとベンチに座り込み、腕を組んだ。相手監督が挨拶に来たときだけ握手をかわすために立ち上がったが、再び座り込むと、つ…
5月6日、味の素スタジアム。試合終了の笛が鳴ると、東京ヴェルディのスペイン人指揮官、ミゲル・アンヘル・ロティーナは、ドカッとベンチに座り込み、腕を組んだ。相手監督が挨拶に来たときだけ握手をかわすために立ち上がったが、再び座り込むと、つかの間、ひとりで沈思黙考していた。
東京ヴェルディで2シーズン目となるミゲル・アンヘル・ロティーナ監督
ロティーナは世界最高峰のラ・リーガにおいて、オサスナなどを1部昇格に導き、エスパニョールではスペイン国王杯に優勝し、セルタではチャンピオンズリーグの決勝トーナメントを戦っている。その手腕に疑いの余地はないだろう。
しかしスペインの名将の日本での挑戦は、まだ道半ばである。
昨シーズンからJ2東京ヴェルディを率いるロティーナは、着々とそのフットボールを植えつけ、その名声を高めている。「魔法」といわれる采配の中身は、基本の徹底だった。
まずはポジショニングを改善し、これによって守備の破綻は大きく減っている。セカンドボールも拾えるようになったし、相手よりもいい状態で1対1に臨む機会が増えた。ポジション的優位を高めることで、前年18位だったチームを2017年は5位に押し上げ、昇格プレーオフにも進出している。
顕著な変化が出たのは、スペイン語でいう「Salida de Balon」だろう。直訳すると「ボールの出口」となるが、攻撃の組み立てを指している。どのようにボールを運んでいくべきか。ゴールから逆算して正しいポジション、取るべきポジションを徹底。戦力的に恵まれているとは言えないチームは、「正しいプレー回路」を手にすることで優位に立っている。
そして今シーズンは開幕戦でジェフ千葉に勝利して以来、4月21日まで10戦負けなしを続けていた。当然ながら、大いに期待が高まった。
ところがその後、予想外の事態が起こっている。第11節の大宮アルディージャ戦から、この日の第13節ツエーゲン金沢戦まで3連敗。みるみるうちに9位まで順位を下げている。
金沢戦の内容は0-1というスコア以上に不甲斐ないものだった。MF梶川諒太の右足のキックはFKも含めて可能性を感じさせ、交代出場のカルロス・マルティネスはゴールの匂いを漂わせたが、どれも不発に終わっている。そして失点シーンはボールホルダーをフリーにし、縦パスをエリア内で簡単に通され、シューターにはあっさりと入れ替わられ、叩き込まれた。3回続けて局面で敗れている。
「失点はボールを後ろから追う形になってしまい、必然だった。試合を支配した時間もあったが、チャンスを作るのに苦労し、決定機はほとんどなかった。チームは自信を失った状態で、心配だ」
金沢戦後、ロティーナはそう洩らしながら、こう続けた。
「大宮戦で負けてから、選手たちのプレーに迷いが出てしまった。(連戦も)フィジカル面の問題はそれほど大きくはないのだが、負けが続いていたことで、今日は選手がナーバスになっていた。1対1の戦いも勝てなかったし、クロスも精度を欠いた」
一度の敗戦で自信を失ってしまったということか。
メンタルの強化は、どんな名将でも時間がかかる。まして東京Vには経験の浅い選手が多く、どこかに脆さを抱える。勝敗に対し、まだまだナイーブなところがあるのだろう。未成熟なチームである証だ。
一方で、ことさら落ち込むべきではないだろう。
「ヴェルディは10戦無敗できたから、負けたことをどうしても消化できていない。ただ、これはなにも、日本のクラブに限ったことではないよ。世界中、どこのクラブでもある話さ。メンタル面が影響するスポーツだからね」
そう説明したのは、スペイン人FW、カルロス・マルティネスだ。
「(連敗中に)今日のように先制されると、どうしても後手に回って厳しくなってしまう。Jリーグは後ろに人を揃えて守るし、プレスも速いからね。ただ、悪い時期というのはどこでもあるものさ。下を向かず戦い続ける、それだけだよ」
戦力を考えれば、ロティーナ・ヴェルディは十分に健闘している。
「スペインのようなクロッサー(サイドアタッカー)がいない」
ロティーナはそう語る一方で、マイナス面に目を向けるのではなく、日本人の敏捷性や規律正しさ、両足を使えるテクニックなどを活かすやり方も見つけている。そのため、システムもこだわらない。「選手ありき」という柔軟さが奏功してきたのだ。
自分たちを信じ、雄々(おお)しく戦えるか。このような不振を克服することで、真の強さは身につくはずだ。
「自信を回復する方法? それはひとつだけだよ。物事をシンプルにすること。難しくしない、難しく考えない。日々のトレーニングがすべてだから」
別れ際、ロティーナは笑みを浮かべながら言った。実直な発言が、派手さを好まぬ彼らしい。
スペイン時代から「堅守」が代名詞だったが、それはポジションを整備することによって生まれたもので、単なる人海戦術ではない。「守備において正しいポジションを各自が取れたら、必ずそれは攻撃にも恩恵をもたらす」という信条である。
コツコツと積み上げる。そこにロティーナ流の眼目(がんもく)はあるのだ。