4月21日~22日、国内最高峰フォーミュラカーレース「全日本スーパーフォーミュラ選手権」の2018シーズンが幕を開けた。舞台となった鈴鹿サーキットを制したのは、スーパーフォーミュラ(前身のフォーミュラ・ニッポン含む)参戦8年目の山本尚…

 4月21日~22日、国内最高峰フォーミュラカーレース「全日本スーパーフォーミュラ選手権」の2018シーズンが幕を開けた。舞台となった鈴鹿サーキットを制したのは、スーパーフォーミュラ(前身のフォーミュラ・ニッポン含む)参戦8年目の山本尚貴(TEAM MUGEN)。2年ぶり通算4勝目を挙げ、TEAM MUGENのエースとしての貫禄を示した。



表彰台で優勝トロフィーを掲げる山本尚貴

 TEAM MUGENは昨年、新進気鋭の若手ピエール・ガスリー(現F1トロロッソ・ホンダ)を迎え入れてシーズン2勝をマーク。チームランキング2位を獲得する活躍を見せた。その一方で、長年エースとしてチームを引っ張ってきた山本は苦戦を強いられ、シーズン未勝利という不本意な結果に終わっている。それだけに今回、レース後に何度もガッツポーズを見せていた姿は実に印象的だった。

 2016年、山本はテレビ東京アナウンサーの狩野恵里さんと結婚。今年の2月には第1子・第2子となる双子の女の子が生まれ、二児のパパになった。

 レース後の記者会見では、父親になって初めて優勝した心境を聞かれ、「家族が増えて、子どもができて、がんばる力が増えたのは確かです。……いい報告ができるのは、幸せなことかなと思います」と照れながら答えていた。

 ただ、彼の心のなかにはもうひとり、「この勝利を報告したい人」がいた。実は子どもが生まれた数日後に、山本のことをずっと応援してきてくれた最愛の祖母が他界していたのだ。

「子どもが生まれた直後に大好きな父方のおばあちゃんが亡くなって……。”命の誕生”と”命の別れ”を1週間の間に経験することになり、精神的には相当つらくて……正直、おかしくなりそうな状態でした」

 山本がレーシングカートを始めたころから、祖母はずっと孫の活躍を気にかけてくれていた。地元のツインリンクもてぎでのレースにも毎回、応援に駆けつけていたという。小さなころから”おばあちゃん子”として育ってきただけに、この別れは山本にとって非常につらいものだった。

 しかし山本は、祖母の他界を周りに打ち明けることはしなかった。

「子どもが生まれて、おめでたいタイミングだったので、ずっと(周りには報告せず)心のなかにとどめていました」

 周囲への気遣いを欠かさない、山本らしい配慮だった。

 山本は今年、スーパーGTでジェンソン・バトンと組むことになった。元F1王者とともに戦う開幕戦を、誰よりも楽しみにしていたのも祖母だった。

「JB(ジェンソン・バトン)と組むということを、すごく喜んでくれました。おばあちゃんはずっとレースを見てくれていたから、『F1のチャンピオンと組めるなんてすごいね!』と言ってくれて……。スーパーGT開幕戦の岡山もすごく楽しみにしてくれていたんです」

 バトンと一緒に活躍する孫の姿を誰よりも心待ちにしていた祖母だったが、残念ながらその思いは叶わなかった。

 4月7日~8日に行なわれたスーパーGT開幕戦。山本は左腕に喪章をつけて臨んだ。「このレースを一番楽しみにしていたおばあちゃんのために、いいレースがしたい」。その思いを胸に、山本はマシンに乗り込んだ。

 レース序盤、スタート直後の混乱でバトンの順位が下がったのを見た山本は、自らタイヤ無交換作戦をチームに直談判する。その決断は功を奏し、9番手から2番手まで挽回することに成功。さらにはレース終盤、タイヤの消耗が限界まで達しているのを知りながら、山本は果敢にトップの塚越広大(KEIHIN NSX-GT)を追いかけ続けた。

 結果は2位。天国の祖母に勝利をプレゼントすることはできなかった。だが、同時に「もっと努力しないと勝てない」と、さらに自らを追い込む原動力にもなったという。

 そして迎えたスーパーフォーミュラ開幕戦。今年からF1のように異なるスペックのタイヤをレース中に履き分けなければならないルールとなり、各チームは予想以上の暑さの影響もあってセッティングに苦しんだ。そんななか、鈴鹿を得意とする山本は底力を発揮し、予選でポールポジションを獲得する。

 迎えた決勝も、決して楽なレースではなかった。ほぼすべての周回でトップをキープしたものの、序盤は塚越広大(REAL RACING)が背後まで迫り、終盤も関口雄飛(ITOCHU ENEX TEAM IMPUL)が猛烈に追い上げてきた。だが、山本は「絶対に勝たなきゃならない」と意地を見せ、最後までトップの座を死守したのである。

 レース後の表彰式。山本は何度も空を見上げ、優勝者を讃える国歌演奏の場面では涙があふれた。そのとき、山本はこんなことを考えていたという。

「勝てない時期が長かったですし、昨年は特に苦しい思いをしてきました。勝ち方としてはギリギリでしたけど、ここでひとつ勝てたということで、込み上げてくるものがありましたね。

 今回の勝利はもちろん、チームとホンダのがんばりが支えとなっていたのは確かです。ただ、個人的な思いとしては……最後におばあちゃんが僕に勝利をプレゼントしてくれたのかな、と思います」

 優勝トロフィーを受け取ると、山本は高々と天に掲げた。

“おばあちゃん、勝ったよ!”

 心のなかで、そう叫んでいるようだった。

「(この勝利を)報告したい人はたくさんいるけど、今回の勝利は一番におばあちゃんに報告したいなと思いました。早くお墓に優勝した写真を持っていって、『勝ったよ!』と報告してあげたいですね。これからも天国で見守ってくれていると思うので、今度は僕がおばあちゃんにプレゼントできるようにがんばります」

 そのプレゼントの中身こそ明言しなかったが、それは間違いなく「2018シーズンの年間チャンピオンを獲得すること」だろう。大好きだった祖母に最大の恩返しをすべく、山本は最高のスタートを切った。