ずいぶん久しぶりに”イタリアの意地”を見た気がする。バルセロナに劇的な勝利を収め、CLベスト4に進出したローマ アズーリは2006年に4度目のW杯優勝を遂げた後、続く2大会はグループステージで敗退。そしてロシア…
ずいぶん久しぶりに”イタリアの意地”を見た気がする。
バルセロナに劇的な勝利を収め、CLベスト4に進出したローマ
アズーリは2006年に4度目のW杯優勝を遂げた後、続く2大会はグループステージで敗退。そしてロシアW杯の予選ではプレーオフで散り、60年ぶりに世界の檜舞台(ひのきぶたい)への出場権を逃した――この夏、フットボールファンの多くは、イタリアのいないW杯を初めて観ることになる。
計画性のないサッカー協会、枯渇するタレント、競争力に乏しい国内リーグ……。さまざまな問題を抱えるカルチョの国は、凋落(ちょうらく)へ突き進んでいるように見えた。
クラブレベルでも、2010年にインテル・ミラノが欧州を制して以来、イタリア勢は他国のビッグクラブの戴冠を眺めてきた。近年のチャンピオンズリーグ(CL)で唯一、トップレベルの強豪と渡り合ってきたユベントスも、昨季と3年前の決勝で完敗。準優勝の最多記録を7に伸ばし、悔しさを募らせている。
かつて栄華を誇ったイタリアが、代表とクラブの至高のステージで主役を演じる姿はもう見られないのではないか。カルチョを取り巻く根深い問題を見聞きするたびに、そんな懸念さえ頭をもたげた。
しかし彼らは死んでいなかった。いや、死の淵から蘇ったというほうが適切かもしれない。現地時間4月10日の夜、イタリア勢が久しぶりにトップレベルの戦場でメインキャストを張り、欧州全土を揺さぶった。
震源地はイタリアの首都ローマだ。前週のCL準々決勝第1戦で、FCバルセロナに1-4で敗れたASローマは、不可能かと思われたタスクを見事に完遂した。
ホームの第2戦で、今季のラ・リーガとCLで無敗を誇っていた相手から3-0の圧勝を収め、これ以上ないほどドラマティックな形で逆転突破を果たしたのだ。オペラの劇作家でも思いつかないような筋書きだったといったら、大袈裟だろうか。
ローマの本拠地であるスタディオ・オリンピコはその夜、現代のコロッセオと化した。フットボールクラブのアンセムとして、リバプールの『You’ll never walk alone』と双璧を成す『Roma, Roma, Roma』の切なさと高揚感のあるメロディがいつも以上に響き渡り、奇跡を生み出す闘いの舞台を整えた。
キックオフの笛が鳴ると、えんじ色のシャツをまとった選手たちは何かに憑(つ)かれたようにボールを追い回した。彼らの背中を押そうと、大勢のロマニスタたちは一つひとつのプレーに歓声を上げ、口笛を鳴らす。そして異様な空気が支配する闘技場で”グラディエーター”が先陣を切った。
エディン・ジェコ――かのアカデミー賞作品でローマの将軍を演じたラッセル・クロウにも劣らない肉体を持つストライカーだ。慈善活動にも勤(いそ)しむ心優しき勇敢なボスニア・ヘルツェゴビナ代表FWは、相手最終ラインの裏に抜けてダニエレ・デ・ロッシのフィードを引き出すと、巧みにボールをコントロールして次のバウンドで押し込んだ。
夢を信じてもいい。そう思わせる先制点が開始6分で決まった。
ファーストレグでの貴重なアウェーゴールも奪った32歳のストライカーは、今のローマで一番大事なカギを握っている。チームメイトが血走った目で守備に走り続けられるのは、奪ったボールをシンプルに前線に送れば、彼が高い確率で自分たちの時間を作ってくれることを知っているからだろう。
192センチの長身ながら、パワーだけでなく技術も光る。その強くてしなやかな動きは、後半に追加点をもたらした。
後半12分にまたしても浮き球を追って裏に抜け出すと、ジェコをマークするジェラール・ピケがエリア内でたまらずファウル。第1戦でオウンゴールを決めてしまったデ・ロッシがボールを託され、ペナルティスポットからゴール裏のティフォージ(イタリアの熱狂的なサッカーファン)を目がけるように強い弾道を突き刺し、準決勝進出にあと1点と迫った。
さらに終盤には、売り出し中のジェンギズ・ウンデルの鋭いCKにコスタス・マノラスがニアで頭を合わせて3点目。このギリシャ代表DFの驚愕と興奮と誇りが入り混じった表情は、残像として刻まれる種類のものだった。その後はバルサの猛攻を決死の守備でしのぎきり、大逆転劇を締めくくった。テレビカメラは少年たちの涙を映し、世界中のフットボールファンのハートが揺れた。
ローマで起こった奇跡とイタリアの再興を重ね合わせるのは、いささか強引かもしれない。事実、この日のピッチに立ったイタリア人選手はデ・ロッシとアレッサンドロ・フロレンツィ、途中出場のステファン・エル・シャーラウィの3人だけ。ただしチームをCL4強に導いたエウゼビオ・ディ・フランチェスコ監督は、現在のセリエAで台頭する気鋭のイタリア人戦術家のひとりだ。
2001年にフランチェスコ・トッティやガブリエル・バティストゥータ、中田英寿らと共に、ローマ史上3度目のスクデット獲得に貢献したMFは、サッスオーロで示した指導手腕を買われ、今オフに監督として古巣に迎えられた。
この試合ではそれまでほとんど試したことのない3バックと、変形型の2トップを用いて勝利を手繰り寄せた。戦術的な指導力に優れているのはもちろん、あれだけタフなスタイルを掲げて選手たちに走り切らせたところもすごい。
今季の国内リーグでは彼のほか、ラツィオのシモーネ・インザーギやミランのジェンナーロ・ガットゥーゾら、40代の新進監督たちが切磋琢磨している。彼らはきっと、愛する祖国にカルチョのルネサンスを起こそうと決意しているはずだ。
ディ・フランチェスコとローマはその道しるべを立てた。CLの前身であるヨーロピアンカップ時代に1度だけ準決勝と決勝に到達したことはあるが、もう34年も前のこと。今季の4強の相手となるリバプールは、その決勝で対戦し、本拠地オリンピコでPK戦の末に惜敗した因縁の相手だ。クラブは当然、雪辱を胸に誓っている。
昨季まで共にプレーしていたモハメド・サラーは、リバプールで手のつけられない存在になった。また、第1戦が行なわれるアンフィールドは文字通りの敵地となるに違いない。
ただしそこでどんな結果に終わろうと、彼らにはすがる場所がある。アウェーで『You’ll never walk alone』の洗礼を受けても、翌週に永遠の都で『Roma, Roma, Roma』を聞けば、選手たちは再び勇猛な剣闘士になり、目の奥に炎を宿して歴史を覆そうとするだろう。長靴の形をしたフットボールネーションの火が、まだ消えていないことを証明するためにも。