蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.16 2017-2018シーズンも佳境を迎え、各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。 サ…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.16
2017-2018シーズンも佳境を迎え、各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎──。
今回のテーマは、チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝のレビュー。ラ・リーガで首位を独走するバルセロナがローマに、プレミアリーグで優勝したマンチェスター・シティがリバプールに敗れ、予想を覆す結果になった試合を振り返ります。
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――チャンピオンズリーグ準決勝はリバプール対ローマ(第1戦;4月24日、第2戦;5月2日)、バイエルン・ミュンヘン対レアル・マドリー(第1戦;4月25日、第2戦;5月1日)になりました。今回はこの2カードを展望していきたいと思いますが、その前に、まずはリバプールとローマの準々決勝の戦いぶりからレビューしていただきたいと思います。
順当に勝ち上がると思われたバルセロナだったが...
倉敷 まずリバプールです。今季はその緻密さが世界から高い評価を受けていたマンチェスター・シティから複数ゴールを奪うことで、欧州のコンペティションで頂点を目指せるレベルにあることを証明しましたね。勢いをもって相手を凌駕するのが現在のスタイルですから、アンフィールドで完勝できたことがなにより大きかったと思います。
それにしても第1戦は、緩急をつけることに関しては指折りの実力を持つリバプールの3人のアタッカーに対し、シティは4バックで臨み、左サイドバックにアイメリク・ラポルテを起用しました。結局ここがモハメド・サラーに完敗したわけですが、小澤さんは、この起用をどう見ましたか?
小澤 ラ・リーガをずっと見ている身からすると、疑問が残る采配でした。サイドバックとしての適性も含めて、スピードのないラポルテをサラーにぶつけるという発想自体が理解できません。同じく本職ではないとはいえ、サブにはオレクサンドル・ジンチェンコもファビアン・デルフもいましたから。
確かにボール保持局面でのビルドアップでラポルテの左足のフィードを活用する狙いはわかりますが、リバプールのカウンターは最も警戒すべき点でしたから、これはペップ(・グアルディオラ監督)の大きな采配ミスだったと思います。
おそらくペップは、イルカイ・ギュンドアンが右サイドから中央に入って、右サイドバックのカイル・ウォーカーを前に上げて、4バックのかたちをとりながらもビルドアップ時には3バックに変形してボールの保持から前進を図ろうと考えたのでしょう。ところが開始12分で失点してしまうと、その流れのまま失点を続けてしまった。
そんな中、ひとつでもアウェーゴールを奪いたいはずのペップは、ハーフタイムに交代カードを切りませんでした。そこも含めて、ペップにしては珍しく後手を踏んだという印象を受けました。
倉敷 かつてバイエルンを率いていたペップはドルトムントにいたユルゲン・クロップを大変苦手としていましたが、その原因を中山さんはどう分析していますか、それは今回も影響したでしょうか?
中山 ペップは相手陣内でボールを保持したいと考えていて、対するクロップはなるべく高い位置でボールを奪ってからの素早い攻撃に特徴があります。そんな中でどちらも高いプライドを持って「攻撃的サッカー」を標榜しているわけですが、そうなると嚙み合わせとしてクロップのスタイルの方が有利ですよね。シティは前に人数をかけるので、リバプールに速攻を仕掛けられた時に後ろの人数が足りず、カウンターの餌食になりやすいですから。
特に現在のリバプールはサラーとサディオ・マネというスピードと決定力を兼ね備えた強力な両ウイングを揃えているので、お互いのスタイルを貫いて戦った場合、どうしてもペップがやられる確率が高くなってしまいます。
ただ、僕がこの試合で注目したいのは、後半のリバプールの守備でした。アウェーゴールを狙って攻撃的に戦うシティに対して、前からプレッシャーをかけて守るのではなく、わりと低い位置に人数をかけてゴール前のスペースを閉じて守ることができていました。これは今シーズンのリバプールが成長した点だと思いますし、クロップという指導者がドルトムント時代から進化している部分ではないでしょうか。
倉敷 常にクリーンシートをつくるわけではないけれど、働き者のサラーとマネがいることで、リバプールは両サイドバックの負担も軽い。チェイシングにしてもアプローチにしても、スピードを活かして前線からボールを追いかけ回してくれる。中盤のジョーダン・ヘンダーソン、ジェイムズ・ミルナー、ジョルジェニオ・ワイナルドゥムらも守備に関しては相当気が利いているし、センターバックはフィルジル・ファン・ダイクが加入して安定した。
シティ戦では高額で獲得したDFの明暗が分かれたわけです。攻撃がクローズアップされるリバプールですが、守備も高いレベルでできないとここまでは勝ち上がれない。それでもシティが無得点というのは正直に言って予想していませんでした。
小澤 結局2試合を通して見た場合、ファーストレグを3-0で前半を終えて、シティが後半に1点も取れなかったことが大きかった。後半の45分間、もう少し工夫があってもよかったのに、何も起こらずに普通に終わってしまった。そこが勝敗の分かれ目になってしまいましたね。
倉敷 そのセカンドレグですが、ここはレフェリーの話抜きには語れません(笑)。小澤さん、この試合のレフェリーはスペイン人のマテウ・ラオスでしたね。
小澤 ここでマテウが主審を担当することになったのが、シティにとっては不幸でした。そもそもスペイン国内でも、なぜ彼がスペインを代表して国際大会、チャンピオンズリーグのような舞台に立てるのか疑問を呈する人が多い審判ですから
当然、ペップも彼のことはよく知っていますし、昨シーズンもモナコとの準々決勝で疑惑の判定によって苦い思いをしていますから。UEFA(ヨーロッパサッカー連盟)の陰謀論までは唱えませんが、マテウが主審を務めるキャスティングがシティにとっての逆転の機運を潰してしまったのは事実です。
倉敷 ハンドやオフサイドをいくつも見逃され、ペップはイライラしていましたね。あまつさえ、前半終了直後の抗議で退席処分を受けてしまうなんて。
中山 開始2分でガブリエル・ジェズスが先制ゴールを決めたという流れからすると、シティにとって前半42分のシーンは納得できないでしょう。あの場面、ミルナーにボールが当たっていたので、レロイ・サネのゴールは本来認められるべきなのに、オフサイドになってしまった。もし誤審がなく、このゴールが普通に認められていれば、僕はシティが準決勝に進出していた可能性は高いと思います。
倉敷 確かにシティは不運でした。第1戦の直後にはプレミアリーグで優勝をかけてダービーマッチを戦い、2−0とリードしながら逆転負け(2−3)。それでも必死に集中を高めて臨んだ第2戦なのに、あやふやなジャッジが続き、後半は監督まで退席になってしまった。一方でリバプールは冷静に試合を運び、勝利をものにしました。勝ち上がりの要因をお二人はどう見ますか?
中山 僕は、セカンドレグでもリバプールの守備に勝因を感じました。この試合ではシティが3-1-4-2的な超攻撃的な布陣で臨み、開始早々に先制して一気に勝ちムードが漂いましたが、そんな中、防戦一方になったリバプールは、前半の途中で中盤のミルナーとアレックス・オックスレイド=チェンバレンの位置を左右入れ替えたり、その後に前線のサラーとロベルト・フィルミーノの位置を入れ替えたりして、見えた綻びを少しでも修復しようというクロップの工夫が見えました。
もはやリバプールは単なるイケイケのチームではなく、ヨーロッパの舞台を勝ち上がるだけの緻密さ、戦い方のバリエーションを増やしていることが証明されたのではないかと思います。ペップの退席処分がなければ違った展開になっていたとは思いますが、その一方で後半に指揮官不在のシティに対してしっかりトドメを刺して逆転勝利を収めたあたり、このチームの成長と底力を感じますね。
小澤 確かに最近のリバプールは、一発勝負に強いトーナメントタイプのチームにとどまらない成長を見せています。安定感も含めて、シティに押し込まれた時の守備ブロックの作り方やスライドとカバーリングを用いたスペース管理などはとてもよくなっていると思いますし、逆に自分たちのよさを維持しながら、我慢しなければいけない時間帯で戦術的な戦い方もできるようになっています。チームの完成度が高まっているので、CL4強に残ったのは偶然ではないと思いますね。
倉敷 では、リバプールと準決勝で対戦するローマの準々決勝を振り返ります。ファーストレグが4-1でしたからバルセロナが勝ち上がるものと思っていましたが、ミラクルが起こりましたね。ロマニスタには一生忘れられない3−0の勝利。(2試合合計4-4、アウェーゴール差でローマが勝利)。
中山 ある意味では不思議な展開でしたね。カンプノウでの第1戦は、オウンゴール2連発もあって、ローマは何もできずに完敗。ラジャ・ナインゴランを欠いていたとはいえ、ローマらしいアグレッシブさはゼロで、バルサの相手にもなれないという印象さえありました。
ただセカンドレグは、その時の肌感覚も含めてバルサ側の余裕が仇(あだ)となりましたね。もちろん、開き直ったエウゼビオ・ディ・フランチェスコ監督が普段使ったことのない3-1-4-2を採用して、超攻撃的に戦ったことも吉と出たとは思いますが、それにしても普通に戦えばファーストレグのアドバンテージを守り切ることは、バルサにとってそれほどハードルが高いことではなかったはずです。
実際、ローマが先制した後も、バルサは慌てずにロングボールを使ってセーフティに戦うことができていたと思います。ただ、普通に戦えば大丈夫だろうという油断がピケの不用意なファールを生み、そのPKによって1点差に追い詰められた。それでも、試合後のコメントにもあったように、エルネスト・バルベルデ監督は「ピッチにいる選手がしっかり対応してくれるだろう」と考えてしまい、何も手を打たずにズルズルとローマの流れに引き込まれてしまいました。
もしバルサの敗因を挙げるとしたら、後半の静的ベンチワークではないでしょうか。
倉敷 バルベルデはFWに専念する選手の人数を減らし、中盤を厚くすることで昨季よりも守備の負担を軽減させましたが、代わりに攻撃は選手任せ。特にメッシへの依存度は相当高いです。
それでもこれまでは解決できていたのですが、そうでない日もある。もちろん3バックで臨んだディ・フランチェスコの采配やローマの選手たちの勇気を讃えるべきですが、振り返れば今回バルサを窮地に追い込んだ原因は「ネイマール退団のあとをどうするか?」というシーズン開幕当初からの課題がクリアできなかったことだと考えています。
フロントがネイマールを手放したあと、バルベルデはしばらく様々な3人目のFWを探していましたが、デンベレは信用を得るまでには至らず、結局見つからなかった。バルサはローマに攻め続けさせなければ試合を逃げ切れたはずだし、得点をとることも可能だったはずですが、相手の嫌がることを誰もしなかった。
もしネイマールがいればドリブルで突っかけたでしょう。それをやられたらローマもあそこまで集中力を保てたかどうか? 今季、バルサの守備は安定したけれど、やんちゃなプレーは激減した。バルベルデが排除したという見方もできます。今のバルサには少しワイルドな部分が欠けているのかもしれませんね。
それにしても、最近のバルセロナはチャンピオンリーグのアウェー戦でなかなか勝てていません。原因はどこにあるのでしょうか?
小澤 最近のヨーロッパの傾向として「ハイプレスの進化」というものがあって、その耐久性、継続性の部分が各チームに生まれているように思います。それによって90分間継続してハイプレスを受けて立つボール保持型のチームほど、チャンピオンズリーグの舞台では勝ち難くなっているのではないかと見ています。
国内リーグ戦ではある程度優位に立って、相手が引いてくれるので、チームは安定した結果を出すことができますが、逆にこういう一発勝負の舞台ではプレスを受けてしまうことで精神的な面でも受けてしまい、早い時間に先制され、後手を踏む展開を招く傾向が顕在化してきています。ローマとのセカンドレグのバルサがまさにそうでした。
もちろんこの試合のバルベルデの采配もよくなかったと思いますが、ローマはハイプレスを90分間持続させ、82分に3−0にした後も前線からプレッシングをかけ続けていました。実際、ジョルディ・アルバのヒールパスを受けてメッシがエリア内に侵入してシュート性のクロスを入れたシーン以外は、ピンチらしいピンチを作られなかったということも含めて、サッカーがそういう風に進化していると感じています。
中山 確かに2−0になった後、当然バルサは反撃するために前がかりになって流れが変わりかけましたが、ローマはそれをはねのけるように前線からのプレスを持続して、意外と押し込まれる時間帯が短かった。もちろん以前であればそこで1点は返していたと思いますが、今シーズンのバルサはバルベルデが堅実なサッカーを浸透させているので、そういう反発力が感じられません。
それに対してディ・フランチェスコ監督は、ナインゴランを下げてステファン・エル・シャーラウィを投入して布陣を3-4-3に変えて攻撃のアクセルを踏み切る策も用意していました。結局、小澤さんがおっしゃったように、国内では王者の戦い方で勝ち続けたバルサと、開き直って少ない可能性を追求し続けたローマの噛み合わせとして、カップ戦ではチャレンジャー側のチームに軍配が上がったということなのかもしれません。
小澤 4-4-2で戦っているバルサとしては、前線に横幅がない以上、サイドバックを上げてきちんと攻撃の幅を生み出す形をチームのアイデンティティとして保持しておかなければいけないと思いますが、バルベルデが監督になってからは後方にブロックを作ってしまうのでそれができない。
今回の敗戦によって、実際フロントの補強策の問題がクローズアップされていますが、もう一度原点に立ち返って、バルサのエッセンスを再確認した方がいいのではないでしょうか。
倉敷 ビッグクラブは多くの公式戦を戦うためにダブルチームが必要だけれど、サブメンバーにジョーカーを入れる余裕はない、ということもありそうですね。
監督レベルで見れば、決勝ラウンド以降のチャンピオンズリーグにはバルベルデ、ディ・フランチェスコ、ひとつ前のラウンドで敗れたセビージャのヴィンチェンツォ・モンテッラ監督などが、ニューカマーとして名乗りをあげましたが、もっとも評価を上げることに成功したのはディ・フランチェスコでした。ロマニスタたちに語り継ぎたくなるようなゲームを見せ、直後のダービーマッチにも負けずに引き分けた。クラブのステイタスをワンランク上げたのではないでしょうか。
小澤 しかもローマは、セビージャからスポーツ・ディレクターのモンチを獲得して、監督の目利きも含めて、いきなり1年目にしてこの快挙を成し遂げたわけです。改めてフロントの重要性がクローズアップされると思います。実際、現在バルセロナではバルトメウ会長にモンチ招聘を推薦した大物代理人の暴露話をきっかけとして、なぜモンチを獲得しなかったのか、という議論が行なわれています。
倉敷 未来にどんな絵を描くか、そのためには何が必要なのか。それをしっかりとイメージできる人がフロントにいると、監督の人選も含めて方向性が明確になりますね。ファンも納得できるはずです。結局、ファンが望むものを見せるために努力するのが上にいる人たちの仕事です。クラブでも代表でもね。さて、リバプールとローマのどちらがキエフでの未来を見ることになるのかを次回、展望します。
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